第十九話『夏越の大祓』
六月三十日。
青鶯高校ではこの日、クラス対抗の球技大会が行われていた。
天平たち一年生男子の種目はサッカー。
「こんな暑い中サッカーとかようせんわ〜」
「まぁ、もう少し暑くなる前にやって欲しいよな……」
「お前ら! やる気出してけよ!」
整列の段階になってもやる気の感じられない態度の天平と夏鳴太に菅原が檄を飛ばす。
「あいつはなんであんなやる気あんねん」
「菅原はサッカー部だからな」
話している間に試合が開始される。
天平はフォワードで2トップの一角。
夏鳴太は右サイドバックのポジションを任されている。
「よっと」
夏鳴太が相手チームのパスをカット。
奪ったボールを右サイドハーフの菅原にパス。
「よっしゃあ行くぜぇ! 青鶯のラミン・ヤマルとは俺のことだぁ!」
菅原がドリブルで敵陣に切り込む。
シザースフェイントで相手ディフェンダーを抜こうとするが失敗。
ボールを奪われる。
「あっヤベッ」
「なにしてんねん!」
相手チームはすぐさまパスを繋ぎ、攻め込んでくる。
相手チームの選手がドリブル突破を試みる。
夏鳴太との一対一。
夏鳴太は見事、ボールを奪い取り勝利。
「おお! やるな帶刀! お前を青鶯のジュール・クンデと呼ぼう!」
「誰やねん! ええからはよ点取ってこい!」
「よっしゃ!」
夏鳴太からパスを受け、菅原が再びドリブルで切り込む。
先ほどの失敗の反省から派手なフェイントは使わず、シンプルに抜いて行く。
「ハッハッハッー! 見よ! 俺の華麗なドリブルを!」
ドリブルで相手の守備を突破し、ペナルティエリアに侵入。
そこでパスの出し先を探す。
サッカー部員はシュートを撃つのは禁止というルールがあるため、菅原はシュートを撃つことが出来ないのだ。
「お!」
菅原の視線の先にはフリーの天平。
「よしお前に決めた! 青鶯のロベルト・レヴァンドフスキになれ! 帚木ー!」
菅原が天平に浮き球のパスを送る。
天平は右足を上げながらジャンプ。
そして右足を振り抜く。
しかし、見事に空振った。
「あ」
「帚木ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
菅原のパスはグラウンドに落ち、相手のディフェンダーに掻っ攫われる。
そのままカウンターで、ゴールを決められてしまった。
☆
「いや〜弱かったな〜。俺たち」
球技大会が終わり、下校する天平たち。
初戦はあのまま0対一で敗北。
その後の試合も全敗し、天平たちは最下位に終わった。
「最初の試合はお前が決めとけば多分勝てたけどな」
「サッカー難しいよ」
「あっこは普通にヘディングせえや。なんで素人がジャンピングボレーかまそすんねん」
「いけると思ったんだけどなぁ〜。女子は二位だったんだよね。すごいな〜」
「一位以外は最下位と同じよ」
「いや意識高過ぎやろ。球技大会ガチ勢?」
天平の言葉にそう返す純礼に、夏鳴太がツッコむ。
一年生女子はバスケで、純礼の活躍で二位だった。
「でも寄処禍に覚醒して身体能力が高くなって逆にやりにくいよ。人間離れした動きなんかしたら騒ぎになるだろうし」
「それはあるな。やから体育ダルいねん」
喋りながら駅へ向かう三人。
今日は球技大会以外にもう一つイベントがあるのだ。
電車で霞が関へ向かい、拝揖院本部へ。
一階のロビーに入ると、大勢の人がいる。
「おうお前ら来たか」
三人を見つけた喬示が手を挙げながらやって来る。
その後には晶の姿。
「晶さん! もう大丈夫なんですか?」
「おー! 完全復活だぜー!」
晶は腕をぐるぐる回し全快をアピールする。
「聞いたよ〜。癲恐禍霊と出くわしたんだって〜?」
そこに梓真もやって来る。
「まさか、癲恐禍霊なんて早々出くわさねえよって言ってすぐとはな」
「でも帚木くんが祓ったんでしょ? 凄いな〜」
「いえ。晶さんが来てくれなかったら無理でしたよ。純礼ちゃんと夏鳴太の二人も」
「まぁーなー! 頼れる副隊長だからなー!」
晶はそう言って上機嫌に天平と肩を組む。
その際に天平の腕が晶の胸に触れる。
柔らかな感触にぎょっとした天平はその部分を凝視。
それを純礼が冷たい目で見ている。
「あっ、あ〜靴紐ほどけてる!」
その視線に気付いた天平は、わざとらしい声を出しながら慌ててしゃがみ込む。
それと同時に女性の声で集合を促すアナウンスが流れる。
それにより天平たちも含め、その場にいるすべての人間がロビーの中心部分に集まる。
中心部分は大きな吹き抜けがあり、太陽の光が降り注いでいる。
「それではこれより、夏越の大祓を執り行います」
先ほどのアナウンスと同じ女性がそう告げる。
夏越の大祓とは神道における儀式の一つで、心身の罪穢れを祓うものだ。
拝揖院では毎年こうして執り行われている。
参加は自由だが、常日頃から禍霊と相対している禍隊の隊員に関しては原則参加となっている。
「まず、斌柳寺様によるご挨拶です」
一人の男性が前に出る。
高級感溢れるスーツを着た、四十代くらいの男性。
その後ろには、スーツ姿に顔を布で隠している人物たち。
まるでSPのように斌柳寺と呼ばれた人物の背後に控えている。
「あの人誰?」
天平が隣にいる純礼に小声で尋ねる。
「斌柳寺 博臣。拝揖院を創設した霊能者たちの末裔の一つである斌柳寺家の当主で、評議会の一人よ」
「つまり凄く偉い人ってことね」
天平はそう言って、斌柳寺を見る。
斌柳寺は禍隊の隊員を労う言葉をすらすらと述べている。
「あの後ろにいる変な人たちは?」
「変な人たちって……。あれは磬折隊。評議会直属の、いわば親衛隊よ。普段は本部の守護についてるわ」
「へ〜」
「それでは、夏越の大祓を執り行おう。楚乃香くん」
「はい」
二人が話している間に斌柳寺の挨拶も終わり、彼の呼びかけで一人の女性が前に出る。
凛とした雰囲気の黒髪の女性。
粂舂 楚乃香。
禍霊対策局第三部隊隊長だ。
「"杣聳"」
楚乃香が憑霊術を発動。
植物が発生し、それが巨大な輪となって鎮座する。
「それでは一人ずつ順番に」
場にいる者たちに人形が配られる。
「これに息を吹きかけて、あの輪を潜った後に、輪のどこかに挟むのよ」
純礼が天平に儀式の手順を説明する。
一人一人儀式を終えてゆき、天平の順番が回ってくる。
天平は前の人たちの見様見真似で輪を潜る。
まず輪の正面に立ち、一礼。
その後、左足で輪をまたいで潜り、輪の左側を通って正面に戻る。
再び輪の正面に立ち、一礼。
その後、今度は右足で輪をまたいで潜り、輪の右側を通って正面に戻る。
さらにもう一度、輪の正面に立ち、一礼。
その後、一度目のように左足で輪をまたいでくぐり、輪の左側を通って正面に戻る。
計三週し、最後に人形を輪の空いている場所に挟む。
最後の人が輪を潜り終わると、また最初の形で集合。
「燈悟」
斌柳寺が名を呼ぶと、今度は男性が前に出る。
剃り込みが入った坊主頭の厳つい男性。
撰 燈悟。
禍霊対策局第一部隊隊長だ。
「"恚燬"」
燈悟が輪に手をかざし、憑霊術を発動。
一瞬で輪が燃え上り灰になる。
お焚き上げが完了し、これで夏越の大祓は終了。
なおこれは拝揖院独自のものであり、一般の神社で行われる夏越の大祓とはかなり違う。
「やっぱ楚乃香さんと燈悟さんがいると早く済んで良いよね〜」
大祓は終わったが、まだ多くの人間がロビーに残り、世間話に花を咲かせている。
激務な拝揖院の職員は、普段全く顔を合わせない同僚も少なくない。
その為、久し振りに顔を合わせた同僚と話込んでいるのだ。
そしてそれは、隊長たちも変わらない。
隊長四人で集まり、世間話の最中だ。
「あれがお前のところの新人か。喬示」
離れた場所で話している天平たちを見ながら、燈悟が喬示に言う。
「はい。夏鳴太は言うまでもないし、天平のほうも中々見どころありますよ」
「なんせ癲恐禍霊も祓っちゃうしね〜」
「だが若すぎる」
「重要なのは素質と能力でしょ」
「未熟なままで力を振るっても碌なことにならない。俺は……」
「燈悟さん」
燈悟の言葉を喬示が遮る。
「過去の出来事から慎重になるのは分かりますよ。でも失敗したのはアンタであって俺じゃない」
喬示の言葉に雰囲気が凍りつく。
「……喬示ぃ〜。それはないだろ〜。あれは……」
「いい。梓真」
梓真を制止して、燈悟は三人に背を向ける。
「お前の言う通りだ喬示。きちんと誘掖しろよ」
そう言って、去って行った。
「誘掖ね。難しい言葉使うな」
「喬示ぃ〜。お前な〜」
「先ほどの発言は、些か不適切かと」
梓真と楚乃香に咎められ、喬示は舌を出した。