第十八話『光芒』
「晶さん?」
声の主を見て純礼が言う。
現れたのは、禍霊対策局第二部隊の副隊長である百々晶。
黒のタンクトップにデニムのショートパンツという露出の多い格好で、白い肌を惜しげもなく晒している。
「おーう! 助けに来てやったぜー! つーかめっちゃ揺れてんだけどー!」
激しく揺れる地面にしっかりと立つ晶。
卓越したバランス感覚と体幹の強さを持っているようだ。
「しかし初任務で癲恐禍霊と出くわすとはなー。天平と夏鳴太もついてねえなぁー」
「しかも逆垂加を使えます」
「まぁ癲恐禍霊なら使えるだろうなー」
花びらの絨毯に乗って下降してきた純礼の言葉に、呑気な調子で返す純礼。
そこに天平を連れて、夏鳴太もやって来る。
「晶さん! 助けにきてくれたんですか!」
「おーう! 頼れる副隊長が来てやったぜー」
「あれ? でも晶さん掛祀禍終できないんですよね? 大丈夫なんですか?」
喜びから一転して不安気な表情に変わる天平。
そんな天平に晶は人差し指を左右に振り「ちっちっちっ」と舌打ちする。
「対処方はちゃんとあるぜー。まぁ、見ときなー」
「なんだ? 一人増えたか?」
天平たちが話している間に、悍埆がもうすぐそこまで迫ってきた。
「虫けらが一匹増えたところでなにも変わらん」
「虫けらだー? 言ってくれるじゃねえかよー!」
四人は花びらの絨毯に乗り上昇。
悍埆と目線を合わせられる高さで止まる。
「掛祀禍終及び逆垂加への対処方は二つ。こっちも掛祀禍終を発動する。でも使える寄処禍は多くない。じゃあどうするか。それが二つ目だ。見とけー」
晶はそう言って胸の前で両手を合わせる。
「"弑逆礼法・式微神籬"」
晶が合掌し、そう唱えると強烈な光が発生。
その光は晶の頭上へ昇ってゆき一定の高さまで上昇すると止まり、空を覆ってゆく。
そしてこちらも一定の範囲を覆うと止まり、今度は下降。
天平たち四人と悍埆を囲う光の結界が完成した。
「これは……」
「よーし。お前ら! アイツに攻撃してみなー!」
「えっ?」
晶の言葉に天平は戸惑うが、夏鳴太は言われた通りに電撃を放つ。
先ほどまでは何度放っても神威に無力化されていた攻撃。
それが、
「ぬううううっ!?」
今度は効いた。
「えっ!? 効いた!」
「当たり前だぜー!」
驚く天平に、晶は腕を組んで言葉を返す。
「この結界みたいなやつの効果?」
「その通りよ。これは弑逆礼法と云う神殺しの結界。その効果は神威を打ち消すこと」
「式微神籬はそれプラス、亜神の能力を低下させるぜー」
それを聞いた天平が下の町を見下ろすと、確かに揺れが弱まっているように見える。
「さあ、フルボッコタイムだぜー!」
「舐めるなぁ!」
悍埆が衝撃波を放つ。
先ほどより威力は弱いが、花びらの絨毯を吹き飛ばすには充分だ。
四人は各々の方法で離脱。
晶は跳躍し、悍埆の頭上へ。
「"蜈厘当"」
憑霊術を発動。
晶の露出の多い腕や足、胸元にムカデのタトゥーのようなものが浮き上がる。
「おらぁ!」
そのまま晶は、悍埆の頭に踵落としを喰らわせる。
「ぬうっ! こんな攻撃っ!」
すぐに反撃しようとする悍埆だが、先ほどと同じ衝撃が再び頭に。
それが一回二回三回……。
何度も何度も同じ衝撃が踵落としを喰らった部位に襲いかかり、悍埆は地面に叩き落された。
「うおおおおっ!」
地面に落下し、地響きと砂埃を撒き散らす。
「すごっ! なんだ今の」
天平が呟く。
彼は地面に降り立ち相変わらず揺れの中でふらふらしていたが、悍埆自身が地面に降り立ったためか揺れは止まり、ようやくまともに立つことが出来ている。
「あれが晶さんの憑霊術よ」
花びらの絨毯に乗って純礼が下降してくる。
「衝撃を与えた場所に、さらに九十九回同じ衝撃を与える能力よ」
「つまり全部の攻撃が百連撃になるってこと?」
「ぬおおおおおっ!」
天平と純礼が話していると、悍埆に雷が落ちる。
それを放った夏鳴太が悍埆に迫る。
「むうううん!」
悍埆は身体を持ち上げ、腹部の手で夏鳴太を掴もうとする。
しかし、雷を掴むことは出来ない。
手をすり抜けた夏鳴太は、そのまま刀を振り下ろす。
そこから発生した雷が悍埆を再び地面に叩き落とす。
「神威が無効化されたら大したことあらへんな」
「おのれえええええっ!」
悍埆は叫びながら、猛スピードで上昇。
しかし、そこには晶が待ち構えている。
彼女は能力の応用で、擬似的な浮遊が出来る。
「お行儀よくしとけー!」
晶が悍埆を殴りつける。
「ぬおおおおおおっ!」
ただのパンチだが、晶の放つソレは自動的に百連撃となる。
悍埆は炸裂し続ける衝撃に吹き飛ばされる。
「あっヤベッ!」
晶が慌てる。
彼女が悍埆を殴り飛ばした方向には、弑逆礼法の結界の縁がある。
結界の強度は高いが、破壊不可能というわけではない。
近づけてしまっては破壊されかねない。
「夏鳴太ー!」
「なにしてんすかもう!」
稲妻と化した夏鳴太が、悍埆の元へ飛んでゆく。
そして体当たりで晶のいる方向へ押し戻す。
「吹き飛ばすのは駄目だなー。んじゃ、これだ!」
晶が悍埆に接近。
そして拳を放つ。
「"蜈厘当・不退転"」
晶の拳が悍埆の額に直撃。
そこに同様の衝撃が連続で炸裂。
しかし、悍埆の身体はそこから動かない。
晶のこの抖擻発動は、攻撃を当てた相手をその場に固定するというもの。
これにより相手を吹き飛ばすことはなく、百連撃以上の攻撃を喰らわせることが可能だ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァ!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
悍埆をその場に固定し、何度も何度も拳を打ち込む晶。
自動的に百連撃となる攻撃が一発二発三発……。
最早トータルでは何連撃になるのか分からない攻撃が炸裂し続ける。
凄まじい衝撃とダメージに悍埆は絶叫。
「こ……この……虫けらがぁっ!」
悍埆が晶へ衝撃波を放つ。
次の瞬間、
「ごあっ!?」
晶が全身から血を噴き出す。
地震とは地下で岩盤が急激にズレることで生じる現象だ。
今、晶を襲ったのは、いわば身体の内部で起きた地震とでもいうべき現象。
体内で正しく配置されている臓器や骨にズレが生じ、内部をズタズタにしているのだ。
「ぐっ……」
「晶さん!」
血塗れで落下する晶を、夏鳴太が救出に向かう。
そこに悍埆の手が迫るが、花びらの刃が阻む。
「邪魔だぁ!」
悍埆が花びらを振り払う。
そして開けた視界に、花びらの絨毯に乗る天平がいた。
「んん?」
天平は指を銃の形に構える。
さらにその前には、五つの球体が五角形になるように配置されている。
「"明星・射光"」
球体の一つから抖擻発動によるレーザービームを放つ。
それは悍埆へではなく、対角に配置されている別の球体へ。
そこからまた別の球体へレーザービームが放たれ、それを繰り返し、やがて光で出来た五芒星が完成する。
これは純礼との特訓で完成させた、射光のいわば上位版ともいえる技。
天平は最初この技にペン◯ラム・ファ◯ガという名を付けていたが、漫画のパクりであることが発覚し、純礼によって別の名を付けられた。
その名は──
「"光芒桔梗"」
五芒星状の光線が放たれる。
悍埆に直撃し凄まじい大爆発が起きる。
周囲が強烈な光に照らされ、爆発の余波で地上の建物が吹き飛ぶ。
「こんなの現世じゃ絶対撃てないな……」
フルパワーで撃つのは今回が初めて。
その威力に天平自身も驚いている。
煙が晴れると、悍埆は完全に消滅していた。
☆
「いやー。まいったぜー」
悍埆を祓除し、現世に戻った天平たち。
現在いるのは祝由病院。
病室のベッドに横たわる晶と、丸椅子に座る天平と純礼が談笑している。
「助けに来た奴が一番大怪我してちゃ世話ねえなー」
笑いながら晶が言う。
彼女の負った傷は身体の内部だったため村崎では治せず、ここ祝由病院に送られたのだ。
外傷を負っていた夏鳴太は一人、村崎の元へ送られ、ここにはいない。
「晶さんが来てくれていなかったら私たち、そんなものじゃ済んでいませんよ」
「そうですよ」
晶の言葉に純礼と天平が言葉を返す。
二人は幸運なことに治療が必要なほどの怪我は負わなかった。
「しばらく入院ですか?」
「おう。まぁ、一週間もかからないらしいぜー」
「またお見舞いに来ますよ」
「おー。見舞い品はビールで頼むなー」
「まず買えないですよ……」
それからしばらく談笑し、病室を出る。
こうして天平の初任務は終わった。