8 お題【間取り】 『四畳半のナーロッパ』
※エッセイではありません。
マホガニーの木目が美しい、アンティークな執務机。女王様が座るようなそこで、私は今日も小説を書いている。
執筆に使うのは白鳥の羽ペン……ではなく。
ノートパソコン……でもなく。
古くてうっすいスマホと、人差し指一本だ。
あ、羽ペンも持ってるんだけどね。これは気分をアゲる為のインテリア。ノートパソコンはほんとにない。いつか書籍化作家になったら買おうと思っている。
リサイクルショップで買ったどこぞのお高級ブランドのティーカップで、お紅茶……ではなく、出涸らしのうっすい緑茶を啜る。
あはは、さすがに十回も淹れたら限界か。お徳用のやっすい茶葉だしね。でも、こうしてティーポットで優雅に淹れれば、白湯より気分がアガるでしょ? ナーロッパには、お紅茶を頂くシーンがつきものですもの。おほほ。
間取りは1K。
築ウン十年、風呂無し、トイレ共有の、なかなか趣がある木造平屋のこのアパートは、私にとっては最高のお城だ。
なにせ家賃が安い。小説家になる夢を叶える為、バイトを減らして執筆に専念する私にはありがたかった。
四畳半の部屋の半分は、大きな執務机に占領されているけれど。ほとんど机から動かないのだから、何も問題はない。
蛍光灯はシャンデリア風ランプへ。あちこち擦りきれた畳にはエレガントな絨毯を敷き、押し入れも天蓋付きベッドにしてしまえば、ここは立派なナーロッパだ。
ほら、まずは環境からって言うでしょ? この中に居ると、いいものが書けそうな気がするんだ。
だけど……うーん、難しいなあ。
さっきからずっと悩んでいるのは、ヒロインが準ヒーローとダンスを踊るシーン。
身長差31センチ。向かい合った時の感覚が、どうしてもイメージ出来ないのだ。
某コンテストの受賞を狙うこの作品。出来るだけリアルに描写したいのに。
噛みすぎて味がなくなったあたりめを飲み込むと、馬車……ではなく馬……でもなく、オンボロチャリに股がった。
誰か、何かモデルに……と、近所のショッピングセンターを歩き回る。
スポーツ用品店の前を通りかかった時、私のセンサーがピコンと働く。中に入り、ずんずんと進んだ先には、ランニングウェアを着た素晴らしい体格のマネキンが立っていた。
身長◎ 肩幅◎ 筋肉◎
ナーロッパのヒーローに相応しい、最高のモデルだ。スタッフに訊いたところ、彼の身長は190cmとのこと。おおっ、私とちょうど31cm差じゃないか!
ジャージの上に、ドレス……ではなく中学から愛用しているラップタオルを履くと、マネキンの手を取り、ダンスシーンを妄想する。イメージが整ったところで、職質される前にと急いで店を出た。
タオルを履いたままアパートまでチャリをすっ飛ばし、すぐにスマホを取り出す。
『「1・2・3……1・2・3……」
目線の先、いつもコナ先生の細い首がある場所には、ベストの華やかな刺繍と銀のボタンしか見えない。
腰に添えられる大きな手、長い足から繰り出される大胆なステップ。
コナ先生とは何もかもが違う男性の逞しさや動きに、私は戸惑いつつも必死に喰らいついていった。』
よしよし、いい感じ。この次は……
数日後、今度はヒーローとのダンスシーンで行き詰まっている。身長差はイメージ出来たはずなのに、どうにも描写が難しい。
────彼に会いたい。
タオルを掴んだ私は、焦がれるままにチャリを漕いだ。
『「1・2・3……1・2・3……」
長い足からステップが繰り出されてすぐ、その違いに気付いた。力強く引っ張ってくれるハーヴェイ様に対し、柔らかく寄り添ってくれる辺境伯様のリード。
伝わる体温も全然違う。燃えるように熱いハーヴェイ様より、辺境伯様の穏やかで温い熱の方が、心臓を刺激するのはどうしてだろう。』
よしよし、いいんじゃない?
いや、これひょっとしてひょっとしたら受賞しちゃうんじゃないの? ぐふふっ!
それからも私は、度々彼の元を訪れ、胸キュンシーンを描いていった。
ラストのラブシーンを妄想しながら、彼の首に腕を回していた時、一人のスタッフがすっと横に立つ。胸のネームプレートには『店長』の文字。ああ、とうとうお縄に……と覚悟したが、その口から出たのは意外な申し出だった。
このマネキンは相当古いもので、処分を検討している。よほど気に入られているようなので、破格の値段でお譲りしますよ────と。
えっ、マジで?
なんて親切なの!
もちろん私は、全財産をはたいて彼をゲットした。
ささやかだけど、お礼に新しいラップタオルも購入させていただいた。
裏の畑でリヤカーを借り、彼を縄でくくりつけると、我が城へと連れ帰る。
さあ、ここからが難関。狭い玄関に、彼を押し込まなくてはならない。結構古い物だからか、マネキンとはいえ10kgは優に超えるその巨体を、汗だくで抱え上げる。
階段だったら終わってたな……平屋でよかったよ。ふう。
何とか五体満足のままお迎えに成功すると、執務机の脇に立ってもらった。
リサイクルショップで購入した紳士ものの礼服を着せれば、その素晴らしさに、うおお! と声が漏れる。
よきよき! ランニングウェアだった時より、断然ナーロッパなイメージが湧くではございませぬか!
グランドピアノ……ではなく、スマホから奏でられる大音量のワルツ。耳の遠いお年寄りばかりが住んでいる為、音を気にしなくていいのもこの城のいいところだ。
私はジャージの上に、ピンク色の新しいドレス……ではなくタオルを履くと、裾を優雅に翻す。
『「1・2・3……1・2・3……」
忘れていなかったステップ。初めて踊ったあの夜よりも、もっともっと心が一つに熔けて。踊り疲れ、魔道具で星を見ている内に、やっぱり眠くなってしまう。辺境伯様はそんな子供みたいな私を、優しくベッドまで運んでくれた。』
よしよし、ようしよし!
これ、もう大賞確定っしょ。
その後のシーンも夢見心地で考えていると、どこからか、ミシッと不穏な音がする。
ん?
ミシッ、パキッ、ミシミシ……
バキッ!!!
『彼と共に堕ちたのは、甘い夢の中などではなく、粉塵が舞う湿った床下だった。 ~完~』