5 お題【高橋】 『どっちでもよくない?』
「……そう、きくいけの方です。土へんじゃなくて、さんずいの池で “ 菊池 ” 」
「畏まりました。では、きくち様の “ ち ” の漢字を、土へんの『地』から、さんずいの『池』に修正させていただきます。大変申し訳ございませんでした」
「よろしくお願いします」
「修正後のお名前が反映されるまでに数日掛かりますので、既に発送処理済みのお荷物に関しましては、修正前のお名前で届いてしまうことがございます。その旨をご了承くださいませ」
「分かりました。仕方ないですね。あ、失礼ですがあなた様のお名前は?」
「はい。私、『鈴木』と申します」
◇
「『廣』の中、黄色の『黄』じゃないんですけど」
「黄色の黄じゃない……」
「ええと、言ってる意味分かりません? 『廣田』の『廣』の漢字の、なんとかだれの中。そこが黄色の『黄』じゃないと言ってるんです」
「畏まりました。お調べ致しますので、少々お待ちくださいませ」
♪~~~保留中~~~♪
「大変お待たせ致しました。お調べしたところ、仰る通り、廣田様の『廣』の漢字のまだれの中が、黄色の『黄』になっておりました。大変申し訳ございませんでした」
「でしょ? ちゃんと直してくださいね」
「申し訳ございませんでした。では、廣田様の『廣』の漢字を、黄色の方ではない『廣』に修正させていただきます」
「はいはい。というか、中が黄色の漢字なんて存在するんですか? あなた見たことあります?」
「はい。人名漢字として、そちらをお使いになっている方もいらっしゃるそうです」
「へえ、私は見たことないけどね。……まあいいや。変更よろしくお願いしますね」
「畏まりました。修正後のお名前が反映されるまでに……………………私、『鈴木』が承りました』
◇
「ハシゴダカの方なんですけど!」
「……すみません、少々お電話が遠いようで。もう一度仰っていただけますか?」
「だから! 『髙橋』の『髙』の漢字! 普通の『高』じゃなくて、ハシゴダカの方なんですけど!」
「お名前の漢字の修正をご希望ということでしょうか?」
「そうですよ! 人の名前を間違えるなんて、あなた、すごく失礼なことですよ!?」
「大変申し訳ございませんでした。それでは髙橋様の『髙』の漢字を……」
「そもそも何で間違えたんですか? 私はちゃんとハシゴダカの方で書きましたよ?」
「申し訳ございません。こちらはご注文受付の部署ですので、ご登録時の状況は分かり兼ねます。もしご希望でしたら、このままお問い合わせセンターの方へお繋ぎ……」
「ええ、繋いでくださいよ、早く」
「畏まりました。では、お電話を切らずにこのままお待ちくださいませ」
♪~~~転送中~~~♪
「あ、お疲れ様です。受注の鈴木ですが、お客様対応をお願いいたします。お客様番号……の髙橋様。名字の漢字が違うことに大変ご立腹されていて……」
◇◇◇
「あ~~~もう、うっっっせえなあ! タカハシなんて、『高』でも『髙』でもどっちでもいいじゃねえか! タカハシだよ? タカハシ!」
「年輩の人って、名前にこだわる人多いよね。『きくち』と『廣』はまだ分かるけど。タカハシはどっちでもよくない?」
「よく分からんけど、ハシゴダカによっぽど特別感があるんだろうな。私は普通のタカハシじゃないのよ! って」
「ふっ、どっちもタカハシなのにね」
「あーあ、私も普通の『鈴木』じゃなくて、涼しいの方の『涼木』ですとか言ってみたいよ」
「私も。普通の『佐藤』じゃなくて、東の方の『佐東』ですって言いたい」
「あはは。レアな名字の人と結婚してみたいよね。まあ、こんな婦人服の通販の名前が間違ってたくらいで、わざわざ文句なんて言わないけど」
「だよね。荷物が届けばいいよ。あ、そういえば『渡邉』も面倒だよね。中が方角の『方』の字と……」
十二年後────
「お電話ありがとうございます。ペルーナお客様お問い合わせセンター『渡邊』と申します」
「あ、すみません。名前の漢字が間違っていたので、修正をお願いしたいのですが」
「畏まりました。それではまず、お客様番号をお願い致します…………ありがとうございます。どちらの漢字ですか?」
「『髙橋』の『髙』です。普通の『高』じゃなくて、正しくはハシゴダカなんです」
「大変申し訳ございませんでした。それでは髙橋様の『髙』の漢字を……」
ひと月前に結婚して、『鈴木』から『髙橋』に変わった私。
ありふれ度は大して変わらないけど、大好きな旦那様の大切な名字だ。
『普通の『高』じゃなくて、ハシゴダカ』
電話の向こうのオバサンの気持ちが、今は何となく分かる気がする。
それに、『高橋』と『髙橋』では画数が違う。
姓名判断をした時、私の名前とハシゴダカの『髙橋』で大吉になるんだ。『高橋』だと小吉。
だから、ここは絶対に譲れない。
大好きな旦那様の大切な名字で、大吉な一生を送りたいから。
その一年後────
私は『鈴木』に戻った。
タカハシなんて大嫌い。