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4 お題【成層圏】 『成層圏で洗濯を』

5/17 投稿


 じめじめじめじめ


 耐えきれずに押したエアコンのスイッチ。

 リモコンに表示された室内の湿度にウンザリする。


 梅雨時の土曜日。

 浴室乾燥などない古いアパートの室内は、家族七人分の洗濯物が、所狭しとぶら下がっている。


「ぎゃははっ!」

「とおっ!」


 そららいとのカマレンジャーごっこが白熱し、さっき干したばかりの洗濯物が、ピンチハンガーごと落っこちる。


「こらあ! 大人しく遊べっっっ!」


 小憎らしい顔で、私になんたらビームを送る二人。

 ううっと胸を押さえ迫真の演技で倒れてやると、満足したのか、隣の部屋へ行ってくれた。

 まあ隣も洗濯物だらけなんだけどね。昨日干したヤツだから、こっちよりはまだマシだ。


「母ちゃん! あかりが牛乳こぼした!」


 こうの通報にダイニングを見れば、あかりのピンクのカップがテーブルに転がり、白い雫が床にポタポタと落ちている。


 あーあーあーあー


 叫ぶ間もない。

 とりあえずあかりを風呂場へ連れて行き、濡れたワンピースを手早く脱がせる。

 よりによって牛乳かあ。すぐ洗わないと臭くなるし。

 ったく、レンジャーごっこなんかに付き合ってる場合じゃなかったぜ。


 着替えさせ事故現場へ戻ると、こうがさっき畳んだばかりの綺麗なタオルで、汚い床をゴシゴシと拭いてくれちゃっている。


「母ちゃん! 俺、綺麗にしたよ!」


 あーあーあーあー……


「ありがとよ」


 ドヤッと笑う坊主頭を、泣きながらぐりぐりと撫でた。



 雑巾でさりげなく床を拭き直し、乳臭いワンピースとタオルを処理した途端、急激な睡魔に襲われる。

 兄弟達はテレビやお絵描きに夢中で、珍しく大人しい。

 布団で昼寝しているあかりの横へ転がると、私も忽ち夢の世界へ吸い込まれていった。




 ……ん? ここは……


 カラッと晴れた青空。

 足元にはふかふかの曇。

 それだけがどこまでも続いている不思議な空間。


 ああ、なんだっけ、ここ。

 この間Eテレでやってたな。

 ええと……確かなんとか圏ていうの。雲の上だから、雨も雪も降らないんだよね。


 雲にゴロンと寝転がり、宇宙に繋がる濃い青空を見上げる。


 いいなあ。こんな所で洗濯物を干したら、すぐに乾くんだろうな。さっきのワンピースも、タオルもあっという間に……


 そんなことを考えていた時だった。

 突然長い竿がスルスルと現れ、青い空に掛かる。

 どこからどこまで続いているのか、端が見えないほどに長い。


 うわあ! 最高!

 干し放題じゃない!

 ああ、ここに洗濯物があれば……


 するといつの間にか、部屋中を埋め尽くしていた我が家のピンチハンガーが、空の竿にゆらゆらと揺れている。

 昨日の生乾きのも、今日干したばかりのも。

 それだけじゃない。洗濯機とカゴに溢れるお代わり分と、洗面器の中の乳臭いヤツ。おまけに布団や枕まで!


 わあっ、うわあ!!

 天国か!!!


 やっほいと雲の上を飛び跳ねる。

 これで明日一日くらいは、じめじめと洗濯から解放されるかな。

 電気代も浮く!


 乾け~乾け~一気に乾け~!


 ふんふんふ~ん♪




 パチリと目を空けると、青空ではなく、古い木目の天井と蛍光灯が私を見下ろしている。


「……あかり?」


 隣で寝ていたはずの姿はどこにもなく、他の兄弟達の声もしない。

 やたらと静かな部屋。時計の針を確認すれば、もう夕方の六時を回っている。


 やだ、私どれだけ寝ちゃったの!?

 早く夕飯の支度を……


 ガバッと飛び起きると同時に、玄関のドアがガチャリと開く。


「ただいま~」


 (太郎)の呑気な声より先に、子供達の騒がしい足音が部屋になだれ込む。


 あれ、今日は仕事のはずなのにと慌ててそちらへ向かえば、作業着姿の(太郎)が、沢山の袋を車から下ろしている。涎を擦る私に気付いて、にこりと笑った。


「早く帰れたから、子供達と出掛けてきたんだ」

「そうなの。ごめんね、全然気付かなかったわ」

「これ洗濯物。全部コインランドリーで洗ってきたよ。生乾きのも乾燥してきた」

「ええっ!」


 袋の中に手を突っ込めば、まだほこほこと温かい布に触れる。


「こんなに沢山……お金掛かったでしょう?」

「僕の小遣いだから大丈夫。ふっ、牛乳こぼして大変だったらしいし、たまにはいいじゃん」


「ママぁ、これ見て」


 あかりの手には、ブリキュアの食玩。

 兄弟達も、ガチャガチャのカプセルや本をわいわい見せに来る。


「部屋もスッキリしたことだし、今日はホットプレートで焼きそばでも作ろうよ」


「俺も焼く!」

「ウインナー!」

「俺ピーマン食えるよ!」


「よし。みんな手伝え~」


 スーパーの袋をガサガサと開け、材料を取り出す(太郎)

 じめっと汗ばんだその背中にくっつき、「ありがとう」と呟いた。




 香ばしい煙が立ち昇るダイニング。

 当分臭いが残りそうだけど、楽しいからいいか。

 ホットプレートと格闘する(太郎)の口に、冷たいトマトを放り、ふふっと笑う。


「ママね、さっき昼寝していた時、面白い夢を見たんだよ」

「どんな夢?」

「雲の上の、よく晴れたとこで洗濯するの。空が真っ青で、雲がふかふかですごく気持ちよかったよ。ええと、なに圏て言うんだっけ」


「成層圏でしょ? お母さん。雲の上には乗れないけどね」


 塾から帰って来たはるが、曇った眼鏡をくいっと上げた。



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― 新着の感想 ―
洗濯竿の虹ですね(๓´꒳`๓) カラッとした爽やかな青空が思い浮かびました。 身体は疲れて大変だけど、心はぽかぽか♪ 読んだこちらもぽかぽかしました♡
子どもたちに囲まれながら、家族七人分の洗濯物と格闘する日々…賑やかだけれど、大変さがとても伝わってきます。そして、雲の上から見る青空、気持ちよさそうですね。 ラストがまた塾帰りの子どもらしくて、面白…
これから成層圏で思う存分洗濯物を干したいと夢見る日々が来るのだわ……。今年は到来が早いとも言っていたし。
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