表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

10 お題【犬】 『たぬきの教室』

 

「おはよう、ポチ先生!」

「おう、おはよう」

「ポチ先生おはようございます」

「おはよう。みんな、水分ちゃんと摂れよ!」


 真っ赤な顔で教室に入る子供たちを見て、『ポチ先生』は冷房の温度を下げる。


「マスクは涼しくなってからでいいからな! 無理するなよ!」


 夏休み直前の猛暑日。朝からかんかんに照りつける太陽で、子ども達は皆ぐったりしていた。

 そんな中、まだ汗が引いていないのに、急いでマスクを着けようとする子達もいる。家に高齢者や赤ちゃんがいる為、『感染予防対策』を徹底しているらしい。


 ポチ先生は、そんな子ども達が不憫でならなかった。

 現代の教室は冷房が効いているとはいえ、こんなに暑い日も一日中マスクが手離せないなんて。



『未知のウイルス』


 得体の知れないそんなもののせいで、冷たいプールや縁日、花火大会などの夏の楽しみが次々に失われていった。


 何より先生が心配しているのは、給食の時間だった。机をくっつけることも、おしゃべりすることも出来ず、前を向いて黙々と食べなければいけない。

 三月には小学校を卒業してしまう六年生達。毎日の何気ないふれあいが、かけがえのない思い出に繋がるというのに。

 歌をうたうこともリコーダーも禁じられているこのごろ。卒業式は一体どうなってしまうのだろうと、日々胸を痛めているのだった。


 不自由な毎日の中で、ポチ先生は子どもの自由を常に探している。『感染予防対策』を心がけながら、新しい授業を試みたり、教室で手作りの縁日を楽しんだり。

 そうした思い出を少しずつアルバムに収め、卒業式の日、一人一人に手渡そうとしていた。



 今日は一学期最後の給食。


(窮屈な食事風景だが、一応記念に撮っておくか)


 ポチ先生はそんな風に考え、子ども達に気付かれないように、こっそりカメラを構えた。


 ……あっ!


 思わず声が出そうになる。

 覗いたファインダーの中には、黙々と手を動かしては咀嚼する、沢山の子だぬきがいたからだ。


 マスクを外すと、目の部分だけが黒く日焼けしている子ども達。そんな可愛い姿に、夢中でシャッターを切った。


(何故今まで気付かなかったのだろう。僕の心も、いつの間にか不自由になっていたのかな)


 先生は少し悲しくなり、大切なカメラをそっと鞄にしまった。




 三月。

 沢山の不自由の中で迎えた卒業式。

 保護者の人数制限、たった一曲だけの合唱。それでも子ども達全員でこの日を迎えられたことが、ポチ先生は何より嬉しかった。



 教室に戻ると、先生は「まだ開けるなよ」と念を押しながら、例のアルバムを一人一人に手渡していく。


「ようし、じゃあいくぞ! いっせーの……」


 せ! で開いた最初の写真に、子ども達は目をみはる。

 なんとそこにいたのは給食を無表情で食べる子だぬき達。目や耳が可愛く描き込まれたその31匹に大笑いした。


「いつ撮ったの!?」

「この目と耳、先生が描いたの!?」


 質問攻めにあうポチ先生。

 一つ一つ、笑いながらも丁寧に答えていく。


「ねえ、たぬきじゃなくて、犬の教室じゃないの?

 三組の担任はポチ先生なんだし」


 誰かのその言葉に、どっと笑いが起こる。


「……いいんだよ。たぬきはイヌ科だから」


 少し大人びた白い子だぬき達を見ながら、先生は堂々と涙を拭った。




 それから数年が経ち、あの騒動はなんだったのかというくらい、世界は平穏な日常を取り戻していた。

 大人になった六年三組の元児童達は、ポチ先生の手作りアルバムを開いては、あの不自由だった日々をよく振り返る。

 最初の写真に添えられたメッセージは、いつだって、優しい未来を彼らに示してくれた。




『たぬきの教室』


 ~いつかこの子だぬき達が、自由に泣いて笑えますように~


『六年三組担任 小犬丸 保智』



ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
想像したらめっちゃ可愛いな! たぬきの教室。 本人たちはイヤだし大変だったろうけど。 甥っ子姪っ子の写真をフォトショップでたぬきに加工したい! そんな、気持ちが湧き上がる~。
完走お疲れ様でした! よき〜。 うん、あの時、コロナ禍で過ごした、子どもたちは窮屈だったでしょうね。 きっと不自由な思いをしていたはず、先生や友達といっぱい喋って、遊びたかったたろうし、思いっきり歌…
完走おめでとうございます!\(^o^)/ そしてお疲れ様でした(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ぺこ たぬきみたいに日焼けした生徒たち、かわいい(*´艸`*) そして遂に最後までクォリティーが落ちることありません…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ