episode6 安息地
「グリジア様!!グリジアさまぁ!!」
腹部を抱えてラリウッドは教会の教祖、グリジアの元へ向かった。
そこには鋭い瞳でラリウッドを見下ろす、教会で最も権力を持つ教祖、グリジアの姿があった。
「…話は聞いてる。孤児一人を取り逃がしたってな…。」
「も、申し訳ございません!」
グリジアの圧にラリウッドは恐怖し、震え上がった。
「その女…シレネは異常な力を有していて…!」
「黙れ。」
グリジアの冷たく低い声が耳を貫き、ラリウッドは萎縮し口を閉ざした。
「…しかしその女…魔術は覚醒したはずはない…覚醒者はすぐ伝わるはずだ。」
グリジアには特別な力がある。グリジアは血を飲ませて支配し、支配した者がもし魔術を覚醒させれば、グリジアはすぐ感知できる。
「シレネ…か。」
グリジアは名を呟いて手を顎にのせて考え込んだ。
「…ラリウッド、騎士団に通達しろ。シレネを捜索し、見つけ次第に『殺せ』。」
「は、はぁ!」
ラリウッドは逃げるようにその場を去り、部屋を出ていった。
グリジアは空っぽになった部屋を眺めてため息をついた。
「はぁ…厄介者が現れたな…。まぁよい、『この力』があれば誰も俺を超えられない。『バグ』は全員滅ぼす。」
グリジアの自信に満ちた声が静かな部屋の中で響いた。
夜は明け、暖かな日差しが差し込んだ。
シレネは目が覚めると、地面で寝ていたはずの体は、柔らかな布に包まれていた。
ふと右手に違和感を感じ、手を上げると傷まみれの手は包帯が巻かれていた。
(…誰?こんなことをしたのは。)
起き上がると木造りの壁に囲まれており、ほのかに埃っぽいにおいがした。
まだほのかに頭痛がするが、昨日より体の痛みが引いて、雑音も聞こえなくなった。
…グリジアの支配に逃れられた…のか?
すると、静粛した空間を突き破るように、扉が開いた音がした。
そこにはふくよかな女性が立っていた。
「あら?起きたの?大丈夫?あなた、森の中で倒れてたのよ。」
女性は微笑みながらシレネに近づいた。
「…どうして?」
「ん?」
「どうして、私を助けてくれたの?」
教会で過ごし、日々苛まれたシレネにとって人に優しくされることは、疑心暗鬼になるしかなかった。
「なんでって…ほっとけないでしょ?」
「…。」
女性の言葉にシレネは何も話せなかった。
無条件で助ける人が本当いるのか、何か裏があるのか疑いつつも、心のどこかでその優しさに浸っていた。
「さぁ、お腹空いたでしょ?温かいスープ持ってきたわ。」
女性はお盆に乗った木目の皿に湯気が立ったスープを膝の上に乗せてくれた。
湯気と共に野菜の良い香りが鼻をくすぐってきた。
おそるおそる一口運ぶと、冷え切った体に染み渡った。
…美味しい。いつぶりだろうか、こんな暖かくて美味しい食べ物は。
教会では固いパンに、冷え切った薄いスープが良い方で、食べない日もあった。
…母以外でこんな落ち着けるのは…初めてかも。
シレネは初めて、警戒を解いた。
油断すると命を奪われかねない。そんな環境で過ごしていて、安心していい場所なんて考えたくなかった。
祈りに手を抜くと叩かれ、食事を抜かれ、シスターにも道具にされる。
暖かいスープが硬くなった心を溶かし、視界が歪み始めた。
「あ、あれ…?おかしいな…。」
悲しくなんてない、悔しくもない、初めてそれ以外で涙が溢れた。
その様子を見た女性は、一瞬驚いていたが、察して部屋を出ていった。
声を上げることなく、声を抑えて涙を流した。
「うっ…ひっく…なんで…。」
止まらない。早く抑えたいのに、感情が抑えきれなかった。
この世に私なんかに優しくしてくれる人がいるなんて信じられなかった。
ゴーン……ゴーン……
脳を揺らす重低音が、家中に響いた。
いや、これは街全体で鳴り響いている。
教会で散々聴いた『祈りの時間』だ。
この鐘が鳴った時、信者は全員祈りを捧げていた。
その音を聞くたび、私の奥底で吐き気を催した。
特に今、この落ち着く環境にいたせいでさらに教会の酷さが浮き彫りになり、今にも喉が裏返りそうだ。
……しばらくすると、音が鳴り止んだ。
少しずつ落ち着きを取り戻すと、扉が開いた。
女性はさっきより煌めきに満ち溢れた笑顔で口を開いた。
「あなた、お祈りした?」
「いや…してないですけど…。」
あんなのしたって意味がない、神への祈りという名の縛り行為だ。
すると、にこやかだった女性の顔がみるみるうちに怒りに溢れた。
「は…?してない…?」
持っていた花瓶が手から滑り落ち、ガシャーンと鋭い破砕音が鳴り響いた。
そこにあったのは、無機質で、冷徹な、狂信者の瞳だった。




