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1-6 サイダーってそもそも「どの国」の言葉だったか覚えてるのか?

「あれ、オロロッカさん!」

「ア、アンジュ!?」



オロロッカが酒場に入ろうとすると、そこにはアンジュがいた。

といっても、ちょうど食事を終えて帰り支度をしていたところだったのだが。



(しまった……。まさか、俺の計画を読んでいる……? まさか、マスターと繋がっているなんてことがあるのか……?)



当然、そんなことはない。

そもそも、この酒場を最初に案内したのは自分であることをオロロッカは忘れていた。



だが、悪だくみをしているときには人間は『周りが自分のたくらみを見破っている』という邪推に駆られてしまうものだ。

そのため、オロロッカもアンジュに対して内心で身構えながらも平静を保つ。



「オロロッカさんも、今日はここで食事をするんですか?」

「あ、ああ。アンジュは……もう帰るところか?」

「ええ。マスターとも楽しくお話をさせていただきましたし」

「そ、そうか……」



彼女の笑顔に、自分が考えていることを見透かされているような気がしたのだろう。

アンジュの切れ長の眼を見て、オロロッカはますます警戒を強める。



「それじゃあ私は先に帰りますけど……。オロロッカさんはゆっくり過ごしてくださいね?」

「そ、そうだな……」


そういうとアンジュが去っていったのを見て、オロロッカは気を緩める。



(ふう……。やっぱりあの目は怖いな……。まるで、俺の計画を最初から最後まで読んでいるんじゃないかって思ったよ……)



そう思いながらも、オロロッカは席に座ってメニューを見た。



「久しぶりじゃんか、オロロッカ」

「ああ。マスターも元気だったか?」

「あったりまえだろ!? お前に心配されるほど脆くはねえよ」


マスターの種族はドワーフだ。

豪快で細かいことを気にしないタイプであり、オロロッカに会えたことを楽しそうに笑った。



「ところで、さっきの嬢ちゃんはお前さんの知り合いか?」

「そうだよ。最近うちで雇った、アンジュっていう『転移者』なんだ」

「へえ……。しかし、おっそろしい娘だな。あの目で見つめられると、殺されるんじゃないかってひやひやしたよ……」



彼女は一見すると非常に恐ろしい『悪役令嬢』に見えるのはドワーフも同様だ。

そのため、マスターはそういいながら少し身震いする様子を見せた。



(やはり、マスターと知り合いになってたか……なら、猶更今日は酒を控えないとな……けど、炭酸が飲みたいな……)



そう思った彼は、メニューを閉じて注文をする。


「それじゃさ。今日はサイダーを一つ貰っていいか? それと、ニンニクたっぷりのペペロンチーノを一つ欲しいな」

「おう、サイダーにペペロンチーノだな! 任せときな!」



……だが、賢明な読者は気づいただろう。

彼は元日本人であるがゆえに、とんでもない過ちを犯していることを。




それからしばらくして。



「あいよ、まずはペペロンチーノだ!」


そういってドワーフは自身のパスタをドン! と置いた。

豪快なドワーフらしい、すさまじいまでのニンニクの匂いが周囲に充満する。



「うお、すげーうまそうじゃん!」

「だろ!? それと、サイダーだ! 今日はサービスすっから、好きなだけ飲んでくんな!」

「ありがとうな、それじゃあいただくよ」



そういって、彼はペペロンチーノを口に運ぶ。



「うお、辛! けどうまいな!」



この世界の唐辛子は、日本で一般的に食されるものよりも辛味が強い。

ドワーフは特に豪快な味付けを好むため、塩気も強く匂いもきつい。


だが、それが魅力なのだろう、オロロッカは楽しそうに口に運ぶ。



「ははは、だろ? ほら、サイダーも飲めよ」

「ああ。……へえ、ん、うまいな、これ……。リンゴ味なんだな、この世界の『サイダー」は……」



リンゴ味の『サイダー』を飲みなれていないのだろう、オロロッカは驚いた表情を見せながらもオロロッカはそれを一気に飲み干した。



「けど、うまいじゃんか! よし、マスター。もう一杯貰っていいか!?」

「ああ、うちの特製だからな! ガンガンいきなよ!」

「ありがとな!」


そういうと、マスターはドプドプとサイダーを注ぐ。




……それから30分ほど経過した。



「うひゃっひゃひゃひゃひゃ!」

「それにしても、随分楽しそうだな、あんた?」

「だろだろ? まあ、明日はちょっと隣町に行く予定だからさ!」

「へえ……どうしてだ?」

「あひゃひゃひゃ! さっきあったアンジュがいただろ? ……あいつを連れてくんだ」

「ほう、デートか? あの怖そうな嬢ちゃんと……。あ、いらっしゃい」



そこで、一つの影が店内にふらりと現れたが、オロロッカは気づかない。



「いや、あいつには『用事があるから来てほしい』っていってるけどさ……。実はあいつを吸血鬼のもとに売りに出すんだよ」

「!」


ドワーフの店主はそれを聴いて、驚いた表情を見せた。



「な、なんだって? そりゃマジかい!?」

「ぶはははは! だって、あいつ、絶対にやばい女だって俺の勘が告げてるからさ! だから、今のうちに先手をとって、叩きだしちまおうと思ってさ!」

「おい。そりゃ、いくらなんでも酷くねえか……?」



彼が冗談で言っていることを願うような口調で、ドワーフは眉をひそめるが、オロロッカはその様子に気づきもせずパンパンと手を叩きながら笑う。



「あっひゃひゃひゃ! まあな! けどさ。吸血鬼って若い女を眷属化できるだろ? だから復讐もされないし、俺は念願の『奴隷少女』を買う金をためられるし、一石二鳥なんだよ!」



ぺらぺらと秘密をしゃべってしまうオロロッカ。



……そう、彼はすでにすっかり出来上がっている。



彼にとって不運だったのは、

「和製英語が通じない世界」であれば当然、


「海外で意味が異なる単語は、当然海外の意味で使われる」


世界であるということを知らなかったことだ。



「サイダー」というのは、一般的に日本では『アルコールの入っていない、砂糖入りのソーダ』を指すが、イギリスなどでは『リンゴ酒』を指すのだ。



「あっひゃっひゃっひゃ!」



……つまり彼は、今までずっとノンアルコールだと思い込んで、酒をがぶ飲みしていたのだ。

しかも、ドワーフが作る酒が弱いわけもない。



匂いの強いペペロンチーノを食べていたせいで、アルコールの匂いに気づけなかったのが、彼にとっては二重に災いした。


彼は自分の計画をぺらぺらとしゃべっていると、後ろから、ある女性の声が聞こえてきた。



「へえ。それで、あんたは奴隷を買ってどうするつもりだったんだい?」

「え? そりゃ、あれよ。奴隷に優しくしてあげるのさ。そうすりゃ『ご主人様、素敵! お嫁さんにして?』って言ってくれるだろ? それで結婚して、うちに入ってもらうのさ!」

「そんなことのために、アンジュちゃんを売りに出すってのかい?」

「そりゃそうだろ。というか、あの女がいると、いつか跡継ぎの座を乗っ取られるだろうしさ。吸血鬼に『眷属化』させれば、復讐もされないしな」

「へえ……。まったく……。私の育て方が間違ったのかねえ……なあ、オロロッカ?」



その言葉を聴いて、びくりとオロロッカの体が跳ねる。



「……え?」

「あんた、どうやら相当酔ってるみたいだね。……ちょっと、私の方を向いてごらん?」



そしてゆっくりと彼は振り向く。

そこには、当然彼が今一番会いたくない女性の顔があった。



「え? ……あ……か、母さん!?」



そう、そこにいたのはカイカフルだった。

流石に酔いがさめたのか、真っ赤だった彼の顔は一瞬で真っ青になる。



「ああ、そうだよ。あんた、酔うと本音をしゃべる悪癖、変わってないんだねえ……」

「そ、そんな……マスター! まさかあんた、騙したのか?」

「はあ? 何言ってんだよ、俺はあんたの言う通り『サイダー』を出したぞ?」


きょとんとするドワーフに対して、オロロッカは歯をギリギリと言わせるようにしながら、うなだれた。



「嘘だ……くそ……嵌められた! ……アンジュ……なんて奴だ……!」



無論、オロロッカは『サイダーとはイギリスなどでは一般的にリンゴ酒を指す』ということを知らない。

そのため『アンジュに頼まれて、マスターがわざとアルコールを出した』『そしてカイカフルを呼び出して罠にはめた』と思ったのだろう。



「はあ……」



カイカフルは、彼に対して失望したような表情を浮かべた。



「……あんたはバカだけど憎めない息子だって思ってたけど……バカに加えて内面もクズだったのかい?」



元々、彼は色々と失敗を繰り返しており母親からの信頼を失っていた。

それでも親子の情が残っていたため家に置いておくつもりではあったのだが、今回の発言で完全に彼を見限ったようだった。



「クズ? 母さん、そこまで言わなくても……」

「アンジュちゃんを売りに出して、その金で奴隷を買うってんだろ? そりゃ、クズ以外になんて呼べばいいのさ? ……ったく。もう、あんたはうちには置いとけないね……」

「そんな……ちょっと、母さん!」

「うるさいな。もう母さんなんて呼ばないでくれよ! ……あんたは今日を限りに勘当するからね!」



そういうと、カイカフルは怒りの表情で、ガツン! とオロロッカをぶん殴った。



「ぐあ……」


その一撃は強烈で、彼は壁まで殴り飛ばされ、そして気を失った。

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