1-4 海外旅行経験者は、もうオチが薄々わかるかもしれない
それからしばらくして、行きつけの喫茶店にアンジュとオロロッカは到着した。
「ここが俺の好きなカフェでさ。エルフが経営しているんだ。それとメニューは、現実世界のものに近いものが出るから、安心してくれ」
そう、オロロッカは付け加えた。
「へえ……エルフがこの世界にはいるんですか?」
「ああ。エルフやドワーフ、吸血鬼やハーフリング……。基本的なファンタジーの種族は全部いると思っていいかな」
「そうなんですか……楽しくていいですね! ……それにしても、ここはゲームの世界みたいですけど……なんのゲームなんでしょうね?」
そうアンジュが不思議そうに尋ねるが、それについてはオロロッカも首を振った。
「さあ……。正直俺には分からないな。せめて知ってるゲームの世界に転生できていれば、攻略しやすかったんだけどな……。ただ、ゲームの世界なのはこの大陸だけみたいだな」
「そうなんですか?」
「ああ。人間が希少種でエルフが80%を占めるの大陸や、日本妖怪が出る大陸、色々あるみたいだな……まあ、俺たちには関係ない話だけどな」
実際、もしも我々が『ゲームの世界』に転生したとしても、それが『何のゲームなのか』を本人たちが知らなければ、現代知識を武器に戦うしかない。
そしてオロロッカはその現代知識をうまく使えずに失敗したため、現地の住民と同じような生活をせざるを得ないのである。
唯一の幸いは、言語体系が日本のそれと同一なことと、時間の流れなどが現実世界と同じことだけだろう。
そんな風に話をしていると、エルフの店員がやってきた。
(うわ、綺麗……)
エルフの御多分に漏れず、彼は秀麗な容姿をしているのを見て、思わずアンジュはつぶやいた。
「注文をお取りしたいのですが、よろしいですか?」
「えっあ、はい……」
突然そういわれたこともあり、アンジュはメニューを見ないで尋ねた。
「……そうだ、ホットケーキとか、あります?」
「ほ、ホット……?」
「ないなら、ソフトクリームなんかあると嬉しいですけど……」
そのアンジュの注文に、エルフはきょとんとしていた。
「あ……すみません、その、えっと……それは……どんな料理ですか?」
困惑の表情を浮かべるエルフ。
「ええ? ここって喫茶店ですよね、このお店? ソフトクリームがないんですか?」
「ああ、ゴメン、アンジュ。実はさ……えっと……」
それを見て説明しようとするオロロッカだが、詳しく解説するのは彼の頭では難しい。
だが、そこに横から、端正な容姿をした青年が声をかけてきた。
「この大陸ではさ。『和製英語』は伝わらないんだよ」
(うわ、この人も綺麗……。どこかの俳優さんみたい……)
そうアンジュは思わず思って、彼を見据えた。
そしてその男は、にっこりと笑ってオロロッカに手を振る。
「よう、久しぶりじゃんか、オロロッカ!」
「セドナ! 珍しいじゃんか、うちの領地の方まで来るなんて!」
普段は仏頂面をしていることが多いオロロッカが、珍しく嬉しそうにセドナと呼ばれたその男に声をかけた。
セドナはアンジュに向き直り、
「ホットケーキって言葉は和製英語だからな。『パンケーキ』なら大丈夫だ」
厳密には両者は微妙に違うものだが、アンジュは突っ込むことはせずにエルフに少し申し訳なさそうな表情で答える。
「あ、そうなんですね。すみません、パンケーキを一つください」
「ああ、パンケーキのことですね? かしこまりました」
アンジュがそういうと、エルフの店員は納得したらしく去っていった。
「ありがとうございます、えっと……」
「ああ、こいつはセドナ。俺の数少ない友人でさ。すっげーいい奴なんだよ」
そうオロロッカは自慢気に答える。
そしてセドナは、興味深そうにアンジュのことを見つめた後、嬉しそうに笑う。
「へえ……あんたは転移者なんだな。初めまして、俺はセドナっていうんだ。俺も異世界から転移してきたから、ある意味仲間だな」
「そうなんですか! ……私はアンジュって言います。結構この世界には転移者や転生者の方ってが多いんですか?」
そういわれて、セドナは少し首をかしげて考えるそぶりを見せた後、答える。
「そうだな、一万人に一人ってところかな。かなり珍しいけど、一年に一回は会えるってくらいかな。……まあ、転移前の俺は、あんたらみたいな『日本人』じゃないんだけどさ」
「そういえばセドナさん、ちょっと日本人っぽくないですものね」
セドナが笑みを浮かべると、アンジュも納得したようにうなづく。
彼の人懐っこい笑みを見て、警戒を解いたのかアンジュはニコニコと笑って尋ねる。
「ところセドナさんは、普段何をされてるんですか?」
「え? ああ。俺は、この世界では外交官として、あちこち飛び回ってるんだ」
「セドナは、頭いいからな。羨ましいよ」
「あはは、そうか? ……正直俺は、今の仕事より介護や福祉の仕事をしたいんだけどな……。頼まれると、断れなくてさ」
オロロッカが少し羨望の目を向けたのに対して謙遜するように、セドナは答える。
「それじゃ、俺はまだ仕事あるから。また、何かあったら宜しくな?」
「ええ、今度は一緒に食事でもしましょうね、セドナさん?」
「……いや、俺は……まあいいや、じゃあな、オロロッカ」
「ああ、またな」
そういうとセドナは、ニコニコと笑って去っていった。
その様子を見て、少し驚いた様子でアンジュは尋ねる。
「凄い素敵な方でしたね、セドナさんって……その……見た目も綺麗ですし……」
「ああ。あいつは裏表がなくってさ。あちこちに友人がいるらしいんだ。あと、めちゃくちゃ頭がいいから、いろんな国で仕事しているよ」
「頭がいいんですか?」
「ああ。……正直『こっちの世界』の男の中ではナンバーワンかもな」
この大陸の男性は、転移者や転生者を含め、基本的に頭が悪い。
……だが、セドナは例外的に高い知力を持っている上に身体能力も高いため、領主から大変重宝されている。
加えて、利己的な性格のオロロッカですら友情を覚えるほど、彼の社交性は高い。
以上の理由もあり、オロロッカは彼と友人であることを誇りに思っていた。
「セドナさん、彼女とか、いらっしゃらないんですか? モテそうなのに……」
「どうもあいつはそういうのは苦手みたいでな。基本、恋愛には興味ないんだよ」
「へえ……珍しいですね……あ、パンケーキ来ましたね?」
そういうとアンジュはパンケーキを口にした。
「へえ……。あ、これ、美味しいです……」
アンジュが顔をほころばせるのを見て、少しだけオロロッカは安堵した。
彼女の機嫌を損ねてしまったら、命はないとでも思っているのだろう。
「な、なら良かったよ。……けど、悪かったな、アンジュ。その……この世界で使えない言葉があるの、伝えていなくて……」
「あ、いえ……。それにしても、和製英語が使えないなんて、珍しいですね」
「俺たち転移者は普通に使うからな。だから、ハンバーグとかフライドポテトって言葉も使えないんだよな」
その発言に、少し驚いた様子でアンジュは手を止める。
「そういう言葉も使えないんですね!?」
「そうなんだよ! 後は『ライトノベル』ってのも伝わらないな」
「どうしてなんでしょう……なんか、不思議ですね?」
そういわれたオロロッカは、少し考えた後につぶやく。
「……多分だけどさ。この世界は『洋ゲーをローカライズしたもの』なんだろうな」
ゲームになじみの薄いアンジュは、少し考えた後に答える。
「……洋ゲー? ああ、日本のゲームじゃないってことですか?」
「そうだな。それで和訳チームがサボって、和製英語を使わなかったからって思ったら、不思議じゃないんじゃないか?」
「アハハ! 確かにそう考えれば納得できますね!」
そんな風に楽しそうに笑うアンジュ。
一瞬だけその姿を見て『楽しい』と思ったオロロッカは、そんな自分に驚いていた。
(……いけない、彼女は恐ろしい女だったんだ。つい、気を抜いちまうな……)
そう気を引き締めなおすと、オロロッカはその日のデートは聞き役に徹した。
……その甲斐もあってか、デートは無難に過ごすことが出来た。
だが、元の世界では海外旅行に行ったことがないオロロッカは、知らなかった。
『和製英語が通じないレベルで和訳がきちんとされてない世界』には、もう一つ大きな『言葉の罠』が隠されていることを。