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1-3 女の子と手を繋げるなんて、本当は嬉しいイベントなのにね

それから数日が経過した。


「おはようございます、オロロッカさん」

「あ、ああ……おはよう……」



少なくとも事務仕事については、完全にカイカフルの信頼を得たアンジュはニコニコと笑みを浮かべながらオロロッカに声をかけてきた。



「随分母さんに気に入られているみたいだな、アンジュは」

「ええ。カイカフルさまって、とっても素敵な方なんですね? お話していて、楽しいですわ?」



その発言に、すでにアンジュが母親に取り入るのに成功したのかと思い、オロロッカは少し警戒心を強めた。



「そういえば、母さんに聞いたけど、アンジュはジャムを作るのが趣味なのか?」

「ええ。ジャムを作るのが好きで、よくイチゴを摘んでは作っていたんですよ。……カイカフルさんもジャムを作るのがお好きなんですよね、確か?」

「あ、ああ……」



そういうと、オロロッカもうなづく。



「実は今度、カイカフルさんと一緒にジャムを作ることになりましたの。出来たら、オロロッカさんも一緒に食べてくださいね?」

「そ、そうだな、楽しみにしてるよ……」



そうにっこりと笑うアンジュ。

だが、外見がいかにも悪役令嬢のアンジュの笑みは、オロロッカにとっては恐怖を感じさせるものだった。



「それにしてもカイカフルさんを見ていると、転移前の世界の母さんを思い出します……」

「母さん?」

「ええ。それにオロロッカさんを見ていると、兄を思い出しますし、なんか嬉しいです。皆さんとは『家族みたいに仲良くなれたら』嬉しいですよ?」

「……え……家族……?」



彼女にとって、4つ年が離れた兄は、顔も性格もいいかなりのハイスペックであり、アンジュにとっては自慢の兄だった。

そのため、彼女は何の悪意もなく、オロロッカのことを褒めたつもりだった。



だが、彼女のその寒気を感じる笑顔は、そんな印象をオロロッカには与えなかった。



(これはつまり……。私はこれから、お前の家の家族として入り込むぞ、という意思表示か……恐ろしい女だ……)



オロロッカは頭は悪い癖に、そういう自分の保身にかかわることについては頭がそこそこ回る。……まあ、実際には空回りなのだが。



(やっぱり、この女は……遠ざけないとだめだ……絶対に、俺の立場を乗っ取る気だ……いや、下手すれば、実子である俺を消して家督を奪う……くらいやりかねないな……)



そこで少し不安を覚えながらも、決心したようにオロロッカは尋ねる。



「そ、そうだ! もしジャム作ってくれるならさ! お礼に明日、お昼奢ってあげるよ! ……ほら、まだアンジュはこの辺の街とか行ったことないだろ?」

「え、ええ! いいんですか? ……それなら嬉しいですけど……お金とか、大丈夫なんですか?」

「気にすんなよ! 俺、アンジュとご飯食べたいんだ! 美味しいレストランあるから、案内したいんだよ!」



無論これには下心がある。

……彼女を味方に付けるためではない。


普段から気軽に食事に誘える関係になることで、『隣町の吸血鬼のいるところまで、彼女を連れ出す』というミッションをこなせるようにするためだ。



吸血鬼は、やろうと思えば血を吸った相手を隷属できる力がある。

いくら転移者でも、まだこの世界に来たばかりの少女であれば、流石に負けることはないとオロロッカは判断していた。


もはや彼にとっては、これは単なる『奴隷を買うための資金稼ぎ』ではなく、自らの生き残りを賭けた一つの勝負となっていた。



「ありがとうございます、オロロッカさん! 私も美味しいジャム作るために頑張ります! ……明日楽しみにしています!」



だが、そのことを知らない彼女は、ぱあっと顔を輝かせると、屋敷に戻っていった。






そして翌日。

オロロッカは自分の仕事である、周辺の荘園の人たちのご機嫌伺いを兼ねた商品の受け渡しを午前中に終わらせた。



「ふう……ま、本気でやればこんなもんか……」



オロロッカは、その気になれば基本的に午前中になれば終わる程度の仕事しか任されていない。だが普段はサボりながら仕事をしているため、夕方くらいまでかかるのだが。



「こんにちは。お仕事は終わりですか?」



因みにアンジュは、カイカフルに事情を説明して早めに仕事を上がった。

実際にはカイカフルも彼女のことを『恐ろしく有能で冷徹な女性』と思っているので、提案を断れなかったのだが。


彼女はカイカフルから譲り受けたであろうかわいらしい余所行きの服を広げて、にこりと笑って見せた。



「あ、ああ……すごい、綺麗だな、アンジュは」

「え? アハハ、ありがとうございます、オロロッカさん」



(いいか、絶対に気を抜くな、俺……。彼女に『隣町に連れ出すために手なずけようとしている』なんてことがバレたら、間違いなく殺されるんだからな……)


そんな風に思いながら、オロロッカはぎくしゃくしながらも、行きつけのレストランに案内する。


アンジュはそんなオロロッカの様子を見ながら、冷徹な(ように見える)笑顔でくすくすとオロロッカのほうを見据えてくる。

そんな彼女の様子に、



(やばい、俺のことをじろじろ見て、品定めしている……。まさか、俺の考えている計画がバレた……? いや、もしそうなら何か言っているはず……緊張するな、落ち着け、俺!)



オロロッカはそんな風に思いながら心臓を高鳴らせていた。

まあ、実際にはアンジュのほうは、




(フフフ、緊張しているのね、オロロッカさん。……ひょっとして、女の人とデートするの、初めてなのかな? もしそうなら、ちょっと嬉しいかも……どんなご飯、食べさせてくれるのかなあ……甘いものがあるといいなあ……)



そんな風に思っているだけなのだが。

そして、自分より少し年上であるオロロッカがぎくしゃくしているのをかわいらしいと思ったアンジュは、



(そうだ、折角だからちょっとくらい、私からアプローチしてあげようかな……)



そんな風に思った。




一方のオロロッカは、彼女のその笑みを見て冷静さを失っていた。



(ぜ、絶対に裏通りには行かないようにしないとな。そ、そうだ、護身用のナイフは……あったっけ……)



彼女に対して不信感を持つオロロッカは、護身用に短剣をポケットに忍ばせていた。

不安を紛らわす意味もこめて彼はそれを握りしめようとポケットに手を入れようとした。



……だが。




「ねえ、オロロッカさん? ……手、繋ぎません?」

「うひょう!」



手を握られたオロロッカは、そんな愉快な叫び声とともに、びくりと体を震わせた。



(な、ななななな……なんで分かった? 俺がナイフを持っていること……)



もはや彼の頭の中にある『冷徹な悪魔の化身・アンジュ』のイメージは、完全に実物のそれとはかけ離れていた。そのため、今の行動も偶然ではなく『護身用のナイフを忍ばせていることに勘づき、牽制した』と誤解してしまっている。



そんなオロロッカの震える手をそっと握って、笑みを浮かべるアンジュ。



「フフ、そんなに緊張しなくていいんですよ、オロロッカさん? 別に、取って食ったりしませんから?」

「あ、ああ……そ、そそそそうだな……」



だが、オロロッカはこの「取って食ったりしない」という言葉すら信じられていない。

そのため、彼はしどろもどろになりながら、そう答えた。

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