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プロローグ3 アンジュが賢いんじゃない。お前たちがアホの子すぎるんだ

これは襲撃事件が起きる数日前。



「あの女……気に入らないな……」



そう、バカヤネンは思っていた。

彼女『アンジュ』は数カ月前にこの世界に転移したと噂で聞いていた。


だが、一見すると魔力はまったく帯びておらず、さらに剣の才能はない。

……また、体格も小柄でいかにも『弱そうな少女』だった。


にもかかわらず彼女はここ数カ月でいきなり貴族の養女となり、またその家の地位も名声も急激に増してきている。


そんな様子を見て、彼はあまりいい気分になっていなかった。



「やはり、転移者というところか……。ひょっとしたら奴は、恐ろしいチートスキルを持っているのかもしれないが……」



そう思いながら、アンジュと黒薔薇姫が二人で談笑しているのを見つめていた。

黒薔薇姫はニコニコと楽しそうにアンジュに尋ねる。



「ねえ、アンジュさん? あなたが羨ましいわ?」

「そうですか?」

「ええ。いつも健康そうでいいわね? 私ったら領地の視察が最近忙しくってね。すっかり肌荒れが酷くてなってしまってね……?」

「は、はあ……」

「あなたはそういうの、ないわよね? 視察は午前中で終わりそうだし」

「ええ……そ、そうですね……」

「しかも最近、領民の人数がすっかり増えて、悩みの直訴も多くて……」

「悩み、ですか……」

「ええ。あなたの領地ではそういうの、なさそうね。悩みがなさそうな、あなたが羨ましいのよね……」



(ったく……。今度は騎士団長に取り入る気かよ……。なるほど、ああいう『人たらし』な能力が、彼女の出世の秘訣か?)


バカヤネンはそう思っているが、実際には一連のやり取りは、黒薔薇姫による『自虐風マウント』だ。



彼女に対して暗に『領地が小さいし、領民も少ない上に悩みの相談もされないあなたは、暇そうだな』とバカにしている。


無論女性陣はみな『騎士団長はアンジュのことを嫌っている』ということなど、すでに見透かしている。


……だが、鍛錬バカのバカヤネンには、彼女たちのような『裏に一物抱えたやり取り』の経験をしたことがなかった。

そのため、権力を持つ黒薔薇姫とアンジュの二人が急激に距離を深めているように感じ、危機感を感じたのだろう。



バカヤネンは、妨害するように二人の間に割り込んだ。



「なあ、アンジュ」

「え? あの……」

「あんたの親父さんが呼んでたぞ? ちょっと顔出したらどうだ?」

「あ、え、ええ……」


そう言われたアンジュは、助け船を出されたような気分になったのか、


「ありがとうございます、バカヤネン様」


そういって立ち上がり、ペコリと頭を下げた。



「……ちっ。バカヤネン。お前も役者だな」



一方の騎士団長はそう、バカヤネンを睨みつけてきた。

無論彼女の本心は『マウントできるサンドバッグを逃がした』ためだった。

だが、バカヤネンはこの一睨みについて、



「自分の親友と話をする機会を奪ったから、自分に敵意を向けている」


と勘違いした。



(やばいな……。黒薔薇姫は、王国一の騎士団長で、この一帯では一番の権力者だもんな……。彼女とあいつがこれ以上仲良くなると、もう俺たちは彼女に逆らえなくなる……。やっぱり、やるか……)



そして、そう思いこんだバカヤネンは、こっそりとその日の夜に密書をしたためた。





そして数日後。

街道から少し外れた茂みの中。


「……あんたが依頼人か?」

「ああ」


この近くで山賊をやっていた一団は、茂みの中から小声で声をかけた。

そしてバカヤネンは彼らに対してつぶやく。


「気に入らない女がいるから、消してほしい」

「なるほど。……そいつはどんな奴だ?」

「アンジュって女だ。ターゲットはこいつだな」



そういいながら、彼は自分で描いた彼女の肖像画を見せた。彼は周囲から『天才絵師』と言われており、本人は画力に自信があった。

そしてそれを受け取った山賊は尋ねる。



「なるほど。注意点はあるか?」

「そうだな。……噂ではあいつは、転移者らしい。だから何かしらのチートスキルがあるかもしれないな」

「ふむ……チートスキル?」

「そうだ。……だが、彼女はどうやら『レベルアップ』が出来ないという問題があるらしい。つまり肉弾戦は不得手のはずだ」



そうバカヤネンは噂で聞いていた。

この世界はいわゆる『ゲームの世界』であり、この世界の住民たちは鍛錬によって『レベルアップ』することで強くなることが出来るシステムだ。



これは転移者も同様なのだが、アンジュの場合はなぜか『どんなに鍛えてもレベルが上がらない』ということは、すでに公然の秘密となっている。


これは、黒薔薇姫たちが何度も鍛錬に誘った結果明らかになったことだ。



「だから、妙なスキルを使わせる前に、体ごと押さえつけてしまえ。そうすれば、奴は抵抗できないまま命を落とすだろう」

「……分かった」

「では、頼んだぞ?」



そういってバカヤネンはアリバイ作りのつもりか、王都に戻っていった。

……だが、彼は致命的なミスをしていたことに気づかなかった。




「なあ、ターゲットって……どんなんだい?」


山賊の一人は、そういって肖像画を受け取った男に声をかけた。




「ああ……って、なんじゃこりゃ!?」





だが、一同はその肖像画を改めて見た後に、思わず息を漏らした。




……そう、バカヤネンが描いた肖像画が下手すぎて、個人を識別することが出来なかったのだ。彼は自身の画力について『天才絵師』と言われていたが、それを皮肉と知らなかったである。




「こりゃ、酷いな……ゴブリンにでも書かせたのか? 目の数と鼻の数は……かろうじて分かるけど……耳が描かれてない……のか? いや、ひょっとして顔の横に張り付いた半月が耳か?」

「ええ……後は分かるのは、装備と髪の色くらい、ね……」

「幸い、割と珍しい装備をしているからな。これで何とか相手を狙うしかないだろうな」

「だな……。幸い、この街道は民間人は使わない。万一人違いでも大事にはならんだろう」



彼ら山賊たちも本来なら、何が何でもバカヤネンのもとに戻り、アンジュの素性について確認しなおすべきだった。


そもそもバカヤネンは『ターゲットはあの女だ』とかっこつけて言っただけで、『身長や体格、年齢』などの肝心な情報を伝えていないのだから。


……逆にバカヤネンは『元騎士』であり、実際に剣の腕も決して低いわけではない彼らが、なぜ山賊に身を落としたのかを考えるべきだった。




「そうだよな、多分次に来る女がアンジュだよな」

「多分間違いないわね。まあ、今から依頼主のもとに行くのは面倒だし」

「ええ。きっと間違えたりしないから、ヨシ!」




こいつら山賊どもは『報告・連絡・相談』を面倒がり、独自の判断で行動してしまうという悪癖があった。

……それが原因で不祥事を起こし、騎士団をクビになったのである。そして今、同じ問題を繰り返そうとしている。




そんな風に3人の愚か者たちが話していると、一人の女性の影が見えた。



「来たわね……髪の色と装備品から考えて、きっとあいつがアンジュよね?」

「ああ。……多分間違いないな。いいか、合図したら一斉にかかるぞ?」

「勿論だ。……さっさと勝って、祝杯にしような?」

「いいな。たまには揚げ物たっぷり喰おうぜ?」

「私はワインが欲しいわね。頑張りましょ?」



更に悪いことに、彼らの頭はすでに『今夜の晩飯を何にするか』で頭が一杯になっており、今の状況についてまともに考える余裕もなかった。



……『夜の街道を一人で歩けるような女』がどんな身分と実力を有する奴なのかについて、真面目に考えれば分かるだろうに……。



そして、その街道を歩く女の影が、自分たちの間近に迫った。




「いくぞ、かかれ! ファイヤアアアアアア!」

「突撃するわよ! わあああああ!」

「うおおおおおおおおおおおおおお!」


「なに、賊……? フン、舐めるなよ!」



……そして彼らは、雄たけびを上げながら、アンジュと間違えて騎士団長を襲ってしまったのだ。






それが、今回の『山賊傀儡化事件』の真相であった。




一方そのころアンジュは何をしていたのか。



「うーん……。明日は、お魚食べようかな……。そうだ、バカヤネンさんを誘おうかな。こないだ、騎士団長さんのマウントから助けてくれたし……」



今日の晩飯についてのんびりと考えながら、帰途についていた。


いうまでもないが、彼女はチートスキルなど持っていない。

また『どんなに鍛えても強くなれない』というのも事実だ。



だが、彼女がチートスキルを持っておらず、更にレベルアップも出来ないのは『それに見合うだけの知力・体力を彼女が持ち合わせているから』ではない。



……この星の男たちが、転移者を含めてあまりに『アホの子』なため、せめてものハンデとして神が能力を与えなかっただけだったのだ。

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