2-3 定番の「ひっかけ言葉」で不利な契約をさせる奴です
「フフフ、オロロッカさんったら、面白いこと書いてありますね」
そういいながら、アンジュはオロロッカから受け取った手紙を読み返しながら、ティータイムを楽しんでいた。
「おや、アンジュ様。どんなことが書かれているのですか?」
メイドのダンクックは彼女にお代わりの紅茶を注ぎながら尋ねる。
「ええ。なんでも今度、地元でサッカー大会を開くそうなんですよ」
「サッカー……ですか?」
ダンクックはこの世界の住民なので、サッカーという競技……というより『スポーツ』という概念自体知らない。
この世界ではまだ、体を動かす=戦争のための鍛錬でしかないためだ。
「ええ。地元の不良少年たちもすっかりサッカーにハマったみたいですね。みんな仲良くやっていて、すっかり更生したみたいですわね」
「へえ……凄いじゃないか」
それを聴いたカイカフルは、後ろからそう尋ねた。
「あれ、カイカフルさん」
「さっかー……というより『すぽーつ』っていう文化はあたしたちは知らないからねえ。けど、開墾も進んで、開拓地の収量も凄い多くなるって話じゃないか」
「ええ。治安がよくなって、治安維持に必要だった火薬を農業に転用出来るようになったそうですから」
この世界はファンタジーの世界だが、一応火薬に関するノウハウはある。
また、この黒色火薬の原料は肥料になることや、それを畑に撒けば作物の収量が増えるということは、農家では常識となっている。
「へえ……。にしても、やっぱり転移者は違うね。さすがだよ」
「えへへ……そういわれると、恐縮しちゃいますね」
『スポーツ』という文化こそ我々の世界では常識だが、カイカフルも同様にスポーツという言葉自体を知らなかった。
そのため、球技を通して地元住民たちとの連帯を深め、そして治安の向上と同時に農地の開墾に必要な人員を集めるというやり方については、アンジュがオロロッカに伝えたと思い込んでいる。
(さすがだよ……。あの地方は国境沿いで防衛的にも大事な場所……。あのバカは一兵士としての役割しか期待してなかったけど、あいつをうまく使っているんだね……)
そう思いながら、アンジュに対して改めて敬意とともに不安そうに見据えた。
そんな風にカイカフルが考えていると、突然呼び鈴がなった。
それを聴いてダンクックはドアを開けると、
「ねえ、カイカフルは居る?」
そういう声が聞こえた。
……黒薔薇姫こと、ノワールだった。
彼女が家に上がり込むなり、カイカフルは嫌そうな顔を見せた。
「ああ、久しぶりだねえ、ノワール」
「そうね。以前舞踏会で顔を合わせて以来ですね。……それにしてもカイカフルさん、本日は素敵な召物ではなくって?」
「そりゃどうも」
カイカフルの屋敷はダンクックしか使用人がいないこともあり、部屋の掃除などはカイカフルも行っている。
それで埃がついている服を皮肉るように、ノワールは笑みを見せてきたことはカイカフルにも分かった。
こんな風に彼女がいつも皮肉を言ってくるため、カイカフルは彼女のことを嫌っていた。
「それで、何の用だい?」
「ええ、ちょっとあなたの家に最近養女に入ったという、アンジュさんを見てみたいと思ってね」
「そうかい……。あんたも物好きだねえ……。まあいいや、こっちにいるよ」
そういうと、カイカフルは部屋の奥にノワールを案内した。
「お久しぶりです。ノワールさん」
部屋の奥に入ると、ダンクックは少し顔を赤らめながら紅茶を淹れなおして注いだ。
ノワールは『黒薔薇姫』という二つ名に違わない美しい容姿をしている。
そのため、男性陣からは比較的人気が高かった。
……まあ、それがまたノワールを増長させる原因にもなっていたのだが。
「あなたがアンジュさんね? 初めまして、ノワールと申します」
「あ、はい……」
「……あなた、最近評判みたいね? なんでも、北西の開拓地をオロロッカさんを使って、発展させていると聞いているけど?」
「いえ、あれはオロロッカさんが頑張ったからで、私は関係ありません……」
彼女は本気でそういっているが、ノワールはそう思っていない。
『ふうん』と、含みを見せた笑みを見せながら、彼女は果物が入ったバスケットを取り出す。
「ねえ、アンジュさん? お土産にうちの領地で取ってきたブドウを取ってきたの。よかったらいかが?」
「え? いいんですか?」
ブドウは元の世界ではアンジュの大好物だった。
そう思いながらアンジュはブドウを手に取る。
「いただきます。……美味しいですね、これ!」
「フフフ、よかったわ。山ぶどうは私の領地での特産品なのよ」
この世界の山ぶどうは、本来非常に酸味があるものが多いだが、アンジュに渡したブドウは例外的に現代のブドウ並みに甘いものだ。
アンジュが嬉しそうに食べているのを見ながら、ノワールはフフフ、と含みのある笑顔を見せた。
「アンジュさんは、果物はお好きなのね?」
「ええ。……正直この世界の果物は酸っぱくて苦手なんですけど……このブドウは本当に美味しくて驚きました」
「そうでしょう? これはうちの自慢の品だからね」
そういうと、アンジュは連れのものに目くばせをすると、にこりと笑って尋ねる。
「ところで、今の食べ方を見ていて思ったんですけど……。アンジュさんは武道はお好きかしら?」
この時ノワールは、意図的に「武道」という言葉にアクセントをつけないで尋ねてきた。つまりアンジュ側は……、
「はい、ぶどうは大好きです!」
そう笑って答えた。
「やっぱりそうだったのね? なら、今度うちの領地で武道に関する大きなイベントがありますの」
「へえ……ぶどうのイベント? なんか、美味しそうですね……」
そういったのを見て、ノワールはニヤリとわらう。
「ええ……。そのイベントでは美味しい出店も沢山出ますし、きっとあなたも楽しんでいただけると思いまして」
「へえ……楽しそうですね!」
ノワールの発言は嘘ではない。彼女が開こうとしている『武道大会』には沢山の出店が出るのは事実だからだ。
アンジュがそのことに気づいていない様子を見て、ノワールはわざとらしく困ったような表情を見せた。
「……ただ、ですね……今、ちょっと困っていますの……」
「どうしたのですか?」
「実はこのイベント、集客には成功したのですが、参加者側になってくれる人が居なくてですね……」
「そうなんですか?」
そういうと、ノワールはアンジュの手を握って上目づかいで甘えるような表情を見せる。
「それで、アンジュさんにも『参加者』になって欲しいの。……武道が好きな方ならきっと、お客さんも喜んでもらえるでしょうし……」
「え? けど私は料理はそこまで得意な訳じゃ……」
「大丈夫よ! 別にアンジュさんがやる仕事は料理の技術は必要としないから! ……ちょっとした肉体労働だから、安心してくれない?」
これも確かに嘘ではない。『ちょっとした』の定義を決めなければ、だが。
アンジュはそれを聞いて、少し安心したように笑みを浮かべる。
「そ、そうですか? ……それなら、参加しても良いかな……」
そういうと、ノワールは安心したような表情を見せた。
「良かった……。実は、私の婚約者であるアホードが困っていたから……。彼に言い報告が出来て良かった……」
「へえ……ノワールさんには婚約者がいるんですね」
「ええ。料理が凄い得意なのよ。……私は彼の食事を食べるのが一番の幸せなの」
「そうなんですね。だから今回のイベントにも参加したわけですか?」
「……フフフ、どうかしらね」
.
勿論、これも嘘ではない。
アホードは転移前の世界では飲食店で働いていたこともあり、料理は比較的得意としている。
そういうと、おつきのものは分厚い契約書を出して、アンジュに渡す。
「それではアンジュ様。このイベントの参加者として尽力していただける件について、この書類にサインをお願いいただけますか?」
「ええ……。にしても、随分分厚い契約書ですね?」
「ごめんなさいね。色々細かい取り決めを書いておかないといけないのよ、こういうイベントはね」
当然だが、この契約書の中でアンジュに不利益なものは非常に小さい字で書かれている。
そしてざっと読んだだけだと、
「料理関連のフェスに参加するための契約書」
に見えるように作られている。
……そのことを知らないアンジュは、
「武道大会の出場者として参加するための契約書」
にサインをした。




