2-1 黒薔薇姫は、自分を『めちゃ頭がいい才女』と思ってます
それか数カ月の時が経過した。
カイカフルの領地との国境沿いの街道で、2人の男女が話をしていた。
一人は外交官のセドナだ。彼はいつものように若草色のマントに身を包んでいた。
「ねえセドナ。なんですか、ここは?」
「なんだって、カイカフルさんとこの領地との国境じゃん。何言ってんだよ、ノワール?」
ノワールと言われた女性は憤慨したように答える。
「そんなことは分かっているわ! 以前来たときとまるで違うから驚いたのよ!」
「何か変か?」
キョトンとするセドナに、女は尋ねる。
「なんであんなに領民が楽しそうなの? それに、開墾があんなに進んでいるのはおかしいくありませんこと?」
「ああ、最近オロロッカがここに来てから、凄い治安が良くなったんだ。ノワールもアイツのことは知ってるだろ」
女の名前はノワールと言う。
大きな領地を各地に所持している有力な諸侯であり、剣の才能もあるため国軍の騎士団長を務めている才女だ。
彼女は、周りから「黒薔薇姫」と呼ばれている。
そんなノワールは、オロロッカの名前を聞いて、見下すようにフンと笑う。
「オロロッカ? ああ、あのおバカさんのことね? 小さいときには、よく稽古で泣かせてやったのを思い出すわね」
「バカって言い方はひでえな。あいつ、最近すげー頑張ってるんだぜ?」
勿論セドナがいくつか口出しをしたり、周囲の住民との橋渡しをしたりなど、暇を見つけては手を貸しているのだが。
「それでも、あの男がここまでこの地域を平定できるとは思えないわね。そもそも奴は勘当されたと聞いていたけど……」
流石にオロロッカが勘当された理由は、外交官のセドナは伝えていない。
そして、少し考えたあとノワールは尋ねる。
「ひょっとして、この間新しく養女に入った女が、何かしているの?」
そう言いながら、セドナに尋ねた。
「ああ、アンジュのことか?」
「そうよ。あの娘の話は聞いているわ。噂では、恐ろしく怜悧で冷たい笑みを浮かべた『悪役令嬢』と……」
ノワールがそう尋ねるが、セドナは不思議そうに首を傾げる。
「うーん、別にそんな、噂されるような悪いやつじゃないと思うけどなあ……」
「それはセドナ、あなたのようなお人好しにはそう見えるわよね。……そういえば確か、あの子は転移者だったわよね?」
「ああ。オロロッカと同じ『日本』って国から来ているはずだな」
仮にも養女となった身であるためか、アンジュに関する情報はある程度公開されている。
そのためセドナはそういいながらうなづく。
「……そう……。確かアンジュさんって、頻繁にオロロッカと連絡を取ってるそうようね?」
「ああ。まあ、普通の世間話ばかりだけどな。ノワールが気にするような内容でもないと思うぞ?」
手紙の配達人は大抵セドナだ。
オロロッカとは先日の一見以降完全に胸襟を開いた間柄になっているということもあり、友人として一緒に読んでいる。
だが、その発言に対してノワールは訝し気な表情を見せた。
「ふむ……。なるほど、そういうことか。抜け目ない子ね……」
「どういうことだ?」
「……その手紙に、何かしらの符牒を混ぜているのよ。恐らくは切手の裏か、或いは文章の中に『あぶり出し』でも潜ませているか、というところでしょう。あなたには見破れなくても、私の目は誤魔化せないわよ?」
ニヤリと笑うノワールに、セドナは少し苦笑する。
「おいおい、いくらなんでもそりゃないだろ?」
実際、そのような『当事者間でしか分からない符牒を混ぜる』ということをするものがいることはセドナも知っている。
だが、少なくともオロロッカのようなものが、そのようなことをするとも思えなかった。
「フフフ……。外交官であるあなたにそう『思わせる』のが、あの子の得意技なんでしょうね。けど……私くらいになれば、あなたの話を聴くだけで、アンジュの考えは見通せるわ」
ノワールはそういうが、実際にはアンジュは本当に世間話レベルの手紙を送ってるだけだ。
この地域の発展は、主にオロロッカがセドナのいうことを素直に聴くようになったこと、そしてセドナがオロロッカの苦手とする対人交渉を手伝うようになったことが大きい。
……だが、そのことを知らないノワールは、
「悪役令嬢アンジュが、オロロッカを失脚させるだけでは飽き足らず、彼を裏で操り、国境沿いの国防力を高めている」
と誤解をした。
「このままでは、私の計画にも支障が出る、わね……」
また、そもそもセドナには伝えていないが、ノワールはいずれカイカフルの領地に戦争を仕掛け、接収するつもりだった。
このあたりの地域は、ノワールの持つ私兵たちの駐屯地と近いこともあり、絶好の進行ルートだった。
だが開墾が進んだことで、軍を隠す雑木林がなくなりつつあるのを見て、侵攻が難しくなったと感じていた。
「なかなか、脅威になりそうだな、その女は……ここは早めに潰すか……」
彼女は感情が高ぶると、強い口調になる癖がある。
ノワールは、セドナに聞こえないような声で、そう呟いた。




