プロローグ1 彼女は「最凶の悪役令嬢」と呼ばれている。のだが……
謁見室の玉座で、一人の国王がある男に対して憤怒の表情で睨みつけながら叫んだ。
「貴様が……先日の『黒薔薇姫』襲撃事件の首謀者なのだろう、バカヤネン!」
「な……!」
バカヤネンと言われた男は、驚いた表情で顔をあげる。
「そんな……な、なぜそんな……」
「貴様が山賊どもに襲撃の依頼をしたこと、すでに割れておる! 彼らは皆、貴様が下手人だと吐いたぞ! ……来い!」
そういうと、国王はパンパンと手を叩いた。
すると、衛兵たちに連れられて、数人の男女が縄で縛られた状態で現れた。
「な……お前たち……」
「悪い、バカヤネンさん……。あの女、めちゃくちゃ強かったっす……」
「つーかあんた、酷いよ……。相手はただの無力な少女って言ってたじゃないのよ……聴けば、あの女、騎士団長だって話じゃないか……」
彼らはみな応急処置こそ受けているが、傷は見るからに深く、それだけ黒薔薇姫との戦いが激しかったことが伺える。
さらに、彼らの表情を見た後、国王は納得したようにうなづく。
「やはり、見覚えがあるようだな、この山賊どもに。……そして今のその貴様の態度も証拠の一つだ。……物的証拠が揃うのも時間の問題だ。観念したらどうだ?」
「く……」
バカヤネンは苦悶の表情で、観念したようにつぶやく。
「はい……。確かに彼ら山賊に襲撃の依頼を出したのは事実です……」
「やはりな……」
「ですが! 一つだけ言わせてください!」
「ほう?」
「私は、決して騎士団長……黒薔薇姫殿を狙ったのではありません! 私が狙ったのは……!」
「お黙りなさい!」
だが、今度は国王の隣にいた王妃が叫んだ。
その表情は『その名を出してはいけない』という恐怖にも歪んで見えた。
「仮に襲うべき相手が誰であったとしても、あなたは貴族の身でありながら、山賊を用い罪もないものを襲おうとしたのは事実。そんなことも分からぬのですか!」
「あの、その……」
「……それに、貴様が誰を本当は狙ったのか……大方の予想はついています。聴くまでもありません」
そういいながら、王妃は横目でちらりと、この謁見室に招かれた少女『アンジュ』を恐ろし気に見据えた。
彼女は元来吊り目なうえ「笑顔になると顔の上半分が黒ずむ」という、いわゆる『悪役令嬢顔』をしている。
そしてアンジュはニコニコと冷たい(と周囲が印象を受ける)笑みを浮かべ、国王だけでなく全員を見据えている。
それを見た周りの貴族達も、戦慄の表情を浮かべる。
(考えれば分かるよな……本来政敵である、黒薔薇姫殿が襲われて、一番得するのは誰か……少なくともバカヤネンじゃない……つまり……)
(バカ! アンジュ……いや、アンジュ様の耳に入ったら死ぬぞお前!)
(あ、ああ……!)
そう恐怖に怯えるように、周囲の貴族たちはアンジュのことを見つめていた。
「あ、あの……」
「なんだ? くそ……」
そんな周囲の様子をまるで気にしないように、アンジュはバカヤネンに歩み寄る。
そして彼女は、寒気がするほどの綺麗な笑みを浮かべて、
「ありがとうございました、バカヤネン様。……私のために、彼女を排除しようとしてくれたんですよね?」
そうバカヤネンに語りかけた。
一見すると、何の悪意も下心もなさそうな表情のアンジュ。
彼女がにんまりと笑ったのを見て、周囲は戦慄した。
「う……うわああああああ!」
そしてバカヤネンは絶望と恐怖の表情で、そう叫び泣き崩れる。
(そんな……)
(やっぱり、あの襲撃事件の黒幕は……)
(バカヤネンも愚かな奴だ……あの『最凶の悪役令嬢』アンジュ様に刃向かうなど……)
そう小声で貴族たちが恐ろし気に口にするのに対して、バカヤネンはアンジュに怨嗟の思いをこめて吐き捨てる。
「くそ……くそ……! アンジュ……。まさか、山賊どもをペテンにかけるとはな……一体どんなチートスキルを使ったんだ?」
「あら、私は何も知りませんわ?」
(……くそ……とぼけやがって……。お前ごときにしっぽは出さない、というつもりか……)
その純粋な程綺麗な笑みできょとんとしたのを見て、バカヤネンは、彼女に対して底知れない恐ろしさを感じていた。
バカヤネンは王妃や貴族たちが思っている通り、近年急激に地位と名声を高めている、この少女『アンジュ』を山賊に襲撃させようとしたのだ。
だが、なぜか山賊たちは彼女ではなく、大陸一の剣士である女騎士団長を襲ってしまったのだ。
そして彼らはあっけなく返り討ちに遭い、更に身柄まで拘束されたことで自分の行動が明らかになったのだ。
(これで、また彼女の権力が増大するというのか……なんて恐ろしい女だ……!)
また、この騎士団長『黒薔薇姫』も同様に、この娘アンジュのことを嫌っており、一種の政敵でもあったのだ。
つまり、貴族たちは一連の行動について、
「この『最凶の悪役令嬢』アンジュは、自身を襲おうとする山賊とバカヤネンを逆に利用して、逆に自分の政敵である騎士団長を始末させようとした」
と理解しているのである。




