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私は素早くジョルジの懐に入り込み、彼の剣を振り落とす。そして、首元に剣先を当てた。
ほんの一瞬の出来事だった。
まさか私がこんな機敏に動くと思っていなかったのか、ジョルジは目を丸くして「な……」と蚊の鳴くような声を出す。
なめられては困るわ。私は本気で騎士への道を歩みだそうとしているんだから。
私はゆっくりと彼の剣を下ろす。
「もう一本いたしますか?」
「どこで……、どこでそんな動きを身に着けた?」
神界です。
「日々の鍛錬は嘘をつきませんから」
私は笑顔でそう言った。
嘘は言っていない。けれど、質問に答えたわけでもない。
「何も言うことがない。……無駄のない美しい動きだ」
「お褒め頂きありがとうございます」
「私は君のことを誤解していたようだ。……君なら王宮騎士団に入ることが可能だろう」
「試験までは気を抜けませんが」
できれば貴族枠が良いというのは心の中にしまっておいた。
ジョルジは地面に落ちた剣を広い上げて、私の方を見た。指導者の目をしていた。
「剣術は素晴らしい。技術面は問題ないだろう。……体力と知力の方は?」
正直、体力はそこまで自信がない。五年間必死で体力をつけ、女性の中では上になった。だが、騎士を目指している男性の足元にも及ばないだろう。
「体力は……」
「誰にも負けない体力が必要だ」
私が言いよどんでいると、強い口調でジョルジはそう言った。
私は大きな声で「はい!」と返答する。それ以外の選択肢なんてないのだから。
「これから、毎日私がいうメニューをするように」
彼は淡々と、走り込み、筋肉トレーニング、剣の素振り、などの鬼のメニューを言っていく。
思わず顔が引きつりそうになった。神界でもそんなトレーニングをしたことがない。というか、ジョルジが言っている内容って、丸一日かかるよね? 私をトレーニングで殺そうとしているの?
「……知力の方は問題ないだろう。毎日一時間ほどでなんとかなるだろう」
私の何を知ってくれているのか分からないけれど、確かに筆記試験は難なくパスできる自信がある。
そう問題は体力だ。それは私も自覚していた。
しかし、まさかここまでの過酷なメニューを出されるとは思わなかった。……絶対弱音だけは吐かないでおこう。
「分かりました」
「早速走り込みだ。屋敷の周りを百周」
ひゃく? 言い間違いかな?
けれど、さっきも「百周走り込みした後は~」なんてことを言っていた気がする。信じたくなくて、脳が勝手に現実逃避をしていたんだわ。
私は「はい!」とまた元気よく返答した。そして、軽くストレッチをした後、走り出した。
「彼女は類稀な逸材かもしれない」
ジョルジがボソッと何かを言っていたが、聞き取れなかった。




