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「『こんなところで美しいお嬢様がお一人でいるなんて危ないですよ』なんて言われたのよ。……一目惚れだったわ。結構怖そうな見た目をしているのに、優しい言葉をかけられたもんだから、そのギャップにやられたのね。……私がね、なんでもするから傍にいさせてくださいって言ったのよ」
驚いた。
まさか彼女からのアプローチだったとは……。てっきり、私は平民のリチャード父が令嬢のリチャード母にぞっこんになったとばかり思っていた。
街一番の大工のイメージがつかない。……もっといかつい人なのかと思っていたけれど、彼女の話を聞いていると紳士的な感じもする。
「まるで今のあなたみたいね。行く当てもないのに、どこか自信に満ち溢れているの。……ああ、でも貴女は別にリチャードに好意を抱いているわけではないんでしょう?」
全てお見通しかのようにリチャード母はそう言った。
この夫人、恐るべし。ちゃんと見る目がある。……もしかして、今から息子の好意を利用するなって怒られる?
急に心拍数が上がる。私は「はい」と素直に答えた。
「リチャードはあなたにぞっこんなのに、可哀想に」
「すみません!」
私はその場に頭を下げた。
リチャード母がどんな顔をしているのか分からなかった。けれど、さっきの言葉からは怒りが感じられなかった。
言い訳などできない。……というか、リチャード母、息子の恋路を把握してたのね。もしかして、私、試されてた?
少しの間、部屋が静寂に包まれる。
「謝ることじゃないでしょう」
沈黙を破ったのはリチャード母だった。
私はその言葉に頭をゆっくり上げた。彼女は穏やかに笑っていた。
「貴女を責めているわけではないわ。目的があるのならば、それに突っ走ればいいのよ。若さは価値よ」
憤りを感じるのかと思ったが、これは予想外の反応だ。私は言葉に詰まった。
その瞬間だった。廊下をドンドンッと走る音が部屋に響き、ガチャッと扉が勢いよく開いた。私は思わず体をビクッと震わせてしまう。
……噂をすれば!!
息を切らしながらリチャードが立っていた。
「ノックもせずに乱暴に入ってくるなんて行儀が悪いですよ、リチャード」
突然のリチャードの登場に冷静すぎない? 流石母だわ。
「ルナ!! どうしてここに!?」
リチャードは母親の言葉を無視して、私へと視線を向けた。
彼は目を大きく見開いて私を見つめている。私がいると知ってここに来たはずなのに……。まさか本当にいるとは思わなかったのかしら。
たしかにあんな事件があった後に、少しの間行方をくらませて、突如現れたかと思えば自分の家だなんて信じられないか……。
私はリチャードに向かって、笑みを浮かべた。




