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「お願い?」
彼女は訝し気に私を見る。
ほとんど関わったことのない人間が突然家に来て、お願いをしてくるのだ。不審者扱いされても仕方がない。
「私をしばらくこの家に泊めていただけないでしょうか?」
「はい?」
リチャードの母は更に怪訝な表情になる。
……ああ、もうこれは通報確定だ。
めげるな、ルナ。リチャード母をなんとか丸め込まないと。
私は事情を説明した。今は家が調査中で入れないことと、王宮騎士団の入団試験を受けたいということを。
最初は親身になって聞いてくれていたリチャード母も私が「入団試験を受けたいので」と言ったあたりから表情が険しくなってきた。
「まって、貴女が入団するの? 王宮騎士団に?」
「はい」
「正気なの?」
「もちろん。……家族も帰る家もなくして、どん底にいましたが、いつまでもこのままじゃダメだと思ったんです。今の私がこの国のためにできることは何かって考えた結果です」
行き場を失った悲劇の娘を演じる。
人の良心につけこむのは良くないことだが、これぐらいなら許されるだろう。
「試験までの間でいいんです。どうかお願いいたします」
私はそう言って、その場で深く頭を下げた。
「そうは言っても……」
戸惑った声だ。……押したらいける?
完全に拒絶されていたら、また違う攻略法を考えるとこだったけど、これならいけそうだ。
私は頭を上げて、彼女の方を強い眼差しで見つめた。
「ご迷惑はかけません。掃除洗濯料理なんだってします」
私は自分で言いながら、「……料理はちょっと言い過ぎた」と心の中でツッコミを入れる。
自分を売り込みに行く時は能力を多少盛っておくぐらいがちょうどいい。「できない」は禁句だ。
「私は助けになってあげたいのだけれど、ジョルジがなんて言うかしら……」
ジョルジというのは、リチャード父のことだろう。
……たしかに夫人だけの判断では無理よね。
「……今日、夕飯食べて行かない? その時にあの人も同席するはずだから、私も一緒に頼んでみるわ」
リチャード母! 良い人! 慈悲深き方!
私は脳内でガッツポーズをした。相手が不快にならない程度に顔をパッと明るくして感謝の意を述べる。
「ありがとうございます! なんとお礼を言えばいいのか!」
「まだ決まったわけじゃないけれどね」
リチャード母は少し困った表情を浮かべる。
私ってば凄い図々しいな。まぁ、図々しい人間の方が生き残れるか、と自分のことを正当化した。




