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私は顔が良いだけ  作者: 大木戸 いずみ
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「ルイ、お父さん、お母さん、聞こえる?」

 

 返事はない。

 ギリギリまで近づくが、とんでもない異臭に思わず顔を顰めてしまう。

 大きな釘で刺された彼らの掌から滴る血が顔に落ちる。こんな惨いことをよく出来たものだ。

 ……どうして私だけが生き残っているのよ。

 私も一緒に殺してくれれば良かったのに。


「ねぇ、ルイ、生きてるんでしょ?」

 

 私はルイに声を掛ける。ルイは俯いたままだ。

 この釘を抜いてやる力がない。自分の無力さにこれほど腹が立つなんて……。


「ねぇ、返事してよ」


 私は落ちないようにパイプに二階の窓の柵にしがみついて、ルイの元へ行く。

 ルイの血で覆われた頬に触れた。その冷たさに悪寒が走る。

 ……ルイ?


 私は必死に手に打ち付けられた釘を取ろうとした。

 自分の手が切れる。それでも構わない。こんな痛み、ルイたちが受けた痛みに比べたら……。


「この痛みから解放してあげてよ」


 私の大好きな弟を、母を、父を、返してよ。


「もうやめろ」


 澄んだ声が聞こえた。

 その瞬間、私は何か温かいオーラに包まれた。そして、気付けば地面にいた。

 ……何が起きたの?

 王子が切ない表情で私を見ている。 

 なにこれ、魔法?

 私は自分に何が起きたのか分からなかった。


「あの三人を助けてやれ」

「ですが殿下、町にいたとバレれば」

「それでもいい」

「「はッ」」


 王子の言葉に従者二人はその場から消えた。

 ……なにが起こってるの?


「すぐに助けてやれなくてすまなかった」


 まさか王子に謝罪されるなんて……。

 周りのざわつきと共にホテルの方へと目を向ける。

 王子の従者二人が宙に浮きながら、魔法で私の両親と弟を助けていた。

 ようやく手と足の釘が抜かれる。私はその様子をただ見つめていた。 

 弟と両親を抱えた従者が下りて来る。

 私は急いで彼らの元へと向かった。民衆の視線は私の家族ではなく魔法を使った三人へと移っていた。

 


「ちょっと、あれって……」

「エドワード殿下じゃない?!」

「どうしてここに……」


 所詮、私達なんて彼らからしたら他人事なのだと思う。

 私は家族の元へと駆け寄り、彼らの脈を確認した。誰一人息をしている人はいない。

 医者でない私でも分かる。もうすでに手遅れだということは……。


「置いてかないでよ」

 

 私は三人の遺体にしがみついた。しがみつきながら、声を殺して泣いた。

 枯れた声がただ静かにそこに響いていた。


「私が死ぬべきだった」


 私は何度も「ごめんなさい」と彼らに呟いた。

 どうして私だけが殺されなかったのか分からない。ただ、私だけ生きていることが何よりも苦しかった。


「ねぇ、どうして彼女だけが生き残っているのかしら」

「可愛いからじゃない」

「寝顔を見て、その美しさに殺すのをためらったとか……」

「やっぱり、顔が良いと得なのね」


 周りの声が嫌というほど耳に入って来る。

 ただ、反論する気力もない。


「おい」と王子が彼らに向かって注意するのを私は「平気です」と小さく言葉を発した。

 顔が良いと得。……これが?

 一夜にして全て失った女に対して「顔が良かった」で済ませれる世界。

 私は顔が良いだけで人格者ではない。

 生き残るのは私ではなく、家族の方だった。

 私はとめどなく流れる涙を拭いながら、王子の方を見た。

 確かに目が合う。その真っ赤な瞳を見据えた。


「言ったでしょ? 顔が全てなの」


 王子はなにも答えない。二人の従者たちも私をじっと見つめている。

 緊張感漂う空気に私はフッと自嘲気味に笑みを浮かべた。


「顔が良いから私が生き残るのは当たり前なの。家族がこんな目に遭っても、君は可愛くて良かったね、で片づけられるのよ。やっぱり、この世界は顔なの。私は顔が良いだけ。それだけで生きていけるのよ」


 偏っている。

 自分でも分かっている。けど、それぐらい偏っていないと私は耐えられない。

 全て顔のせいにしないと必死に保っている精神が崩れ落ちていく。


「君は……」


 王子は何か私に言おうとしたが、その前に私は彼の言葉を遮った。


「私は幸せになる権利を一生放棄するわ」

「そこまで自分を責める必要はない」

「今の私は何の価値もないので」


 私はそう言って、その場に立った。

 余裕のある表情を王子たちに向ける。弱い女だと思われたくない。王子に縋らないといけないなんて思われたくない。

 これまでも「顔だけ」で乗り切ってきたのだ。今回も私は仮面を被る。

 悲しみのどん底に突き落とされても、喪失感で胸が潰されても、可愛い顔で笑っていればいい。


「顔があるんじゃないのか?」

「どれだけ性格が腐っていても、それを肯定してくれた家族がいたから……。私は、家族に愛された私に価値があったの」


 王子にため口なんて極刑かもしれない。

 それでもいい。今、殺されるのなら本望だ。私も家族の元へと行ける。

 王子は私の言葉に何も言わなかった。

 私は丁寧に彼に向かってお辞儀をして、家族の遺体を残したまま、その場を後にした。

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