5
「ルイ、お父さん、お母さん、聞こえる?」
返事はない。
ギリギリまで近づくが、とんでもない異臭に思わず顔を顰めてしまう。
大きな釘で刺された彼らの掌から滴る血が顔に落ちる。こんな惨いことをよく出来たものだ。
……どうして私だけが生き残っているのよ。
私も一緒に殺してくれれば良かったのに。
「ねぇ、ルイ、生きてるんでしょ?」
私はルイに声を掛ける。ルイは俯いたままだ。
この釘を抜いてやる力がない。自分の無力さにこれほど腹が立つなんて……。
「ねぇ、返事してよ」
私は落ちないようにパイプに二階の窓の柵にしがみついて、ルイの元へ行く。
ルイの血で覆われた頬に触れた。その冷たさに悪寒が走る。
……ルイ?
私は必死に手に打ち付けられた釘を取ろうとした。
自分の手が切れる。それでも構わない。こんな痛み、ルイたちが受けた痛みに比べたら……。
「この痛みから解放してあげてよ」
私の大好きな弟を、母を、父を、返してよ。
「もうやめろ」
澄んだ声が聞こえた。
その瞬間、私は何か温かいオーラに包まれた。そして、気付けば地面にいた。
……何が起きたの?
王子が切ない表情で私を見ている。
なにこれ、魔法?
私は自分に何が起きたのか分からなかった。
「あの三人を助けてやれ」
「ですが殿下、町にいたとバレれば」
「それでもいい」
「「はッ」」
王子の言葉に従者二人はその場から消えた。
……なにが起こってるの?
「すぐに助けてやれなくてすまなかった」
まさか王子に謝罪されるなんて……。
周りのざわつきと共にホテルの方へと目を向ける。
王子の従者二人が宙に浮きながら、魔法で私の両親と弟を助けていた。
ようやく手と足の釘が抜かれる。私はその様子をただ見つめていた。
弟と両親を抱えた従者が下りて来る。
私は急いで彼らの元へと向かった。民衆の視線は私の家族ではなく魔法を使った三人へと移っていた。
「ちょっと、あれって……」
「エドワード殿下じゃない?!」
「どうしてここに……」
所詮、私達なんて彼らからしたら他人事なのだと思う。
私は家族の元へと駆け寄り、彼らの脈を確認した。誰一人息をしている人はいない。
医者でない私でも分かる。もうすでに手遅れだということは……。
「置いてかないでよ」
私は三人の遺体にしがみついた。しがみつきながら、声を殺して泣いた。
枯れた声がただ静かにそこに響いていた。
「私が死ぬべきだった」
私は何度も「ごめんなさい」と彼らに呟いた。
どうして私だけが殺されなかったのか分からない。ただ、私だけ生きていることが何よりも苦しかった。
「ねぇ、どうして彼女だけが生き残っているのかしら」
「可愛いからじゃない」
「寝顔を見て、その美しさに殺すのをためらったとか……」
「やっぱり、顔が良いと得なのね」
周りの声が嫌というほど耳に入って来る。
ただ、反論する気力もない。
「おい」と王子が彼らに向かって注意するのを私は「平気です」と小さく言葉を発した。
顔が良いと得。……これが?
一夜にして全て失った女に対して「顔が良かった」で済ませれる世界。
私は顔が良いだけで人格者ではない。
生き残るのは私ではなく、家族の方だった。
私はとめどなく流れる涙を拭いながら、王子の方を見た。
確かに目が合う。その真っ赤な瞳を見据えた。
「言ったでしょ? 顔が全てなの」
王子はなにも答えない。二人の従者たちも私をじっと見つめている。
緊張感漂う空気に私はフッと自嘲気味に笑みを浮かべた。
「顔が良いから私が生き残るのは当たり前なの。家族がこんな目に遭っても、君は可愛くて良かったね、で片づけられるのよ。やっぱり、この世界は顔なの。私は顔が良いだけ。それだけで生きていけるのよ」
偏っている。
自分でも分かっている。けど、それぐらい偏っていないと私は耐えられない。
全て顔のせいにしないと必死に保っている精神が崩れ落ちていく。
「君は……」
王子は何か私に言おうとしたが、その前に私は彼の言葉を遮った。
「私は幸せになる権利を一生放棄するわ」
「そこまで自分を責める必要はない」
「今の私は何の価値もないので」
私はそう言って、その場に立った。
余裕のある表情を王子たちに向ける。弱い女だと思われたくない。王子に縋らないといけないなんて思われたくない。
これまでも「顔だけ」で乗り切ってきたのだ。今回も私は仮面を被る。
悲しみのどん底に突き落とされても、喪失感で胸が潰されても、可愛い顔で笑っていればいい。
「顔があるんじゃないのか?」
「どれだけ性格が腐っていても、それを肯定してくれた家族がいたから……。私は、家族に愛された私に価値があったの」
王子にため口なんて極刑かもしれない。
それでもいい。今、殺されるのなら本望だ。私も家族の元へと行ける。
王子は私の言葉に何も言わなかった。
私は丁寧に彼に向かってお辞儀をして、家族の遺体を残したまま、その場を後にした。