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「傷をつけなさいよ」
「……ちょっ、やめて」
カレンは私から手を解こうと手に力を入れるが、私は逃がさなかった。彼女の瞳から恐怖の感情を抱いたことが分かった。
「教えてあげる。私はこの顔のせいで友を一人失ったの」
「え……」
「幼い頃、私は誘拐されたの。その時、一緒にいた女の子も攫われた。絶望と恐怖に包まれていたけれど、その子と二人なら少し強い気持ちでいられた。……私たちはどこか山奥の小屋に連れていかれて、暴行を受けた。…………彼女だけ」
私がそう言い終えた後、少しの間、沈黙が流れた。私は息を吸い込み、この重い空気を破るように作り笑いを浮かべた。
「さて、ここで問題です。どうして私は殴られたり蹴られたりしなかったでしょうか~?」
明るい声とは裏腹にカレンは暗い表情で答えた。
「可愛かったから」
「せいか~い! そう、可愛かったから。私は可愛かったから、得したということですね。…………私は、あの子の恨みに満ちた表情を忘れない」
私も殴られれば良かった、とどれだけ願ったことか。そしたら、まだ友だちでいられたのかもしれない。……無理ね。もう、彼女はいないんだもの。
またこの場が静寂に包まれた。
それでも私はこの話を最後までしたかった。
「……私はどこかに売られる予定だった。私だけが馬車に乗せられて、小屋を離れた。あの子は小屋に閉じ込められたまま。犯人は二人。一人は私を売りに出して、もう一人は小屋で見張り。私は叫んだわ。必死に叫んだの。あの子の名前を……。だけど、小屋から出てくることはなかった。ぼろくて汚い馬車に揺られながら思ったの。……死にたくない。家に戻りたいって。その思いだけで私は馬車を飛び降りた。全身痛かったけど、必死に走って、助けを求めた。……そこからはよく覚えてない。ただ私は保護されて、大人たちが小屋に戻るとそこには誰もいなかった」
「いなかった……?」
「そう。争った跡もなく、ただ二人は消え去った。馬車を運転していた男は無事に捕まったようだけど、その男も彼らの行方は知らないって。……行方不明になった少女は今も見つかってないわ」
私がそう言い終えた後、カレンは悲愴な目を私に向けていた。オーカスは険しい表情のまま黙っていた。
「誘拐した理由は私が可愛かったから。友だちは巻き込まれただけ」
私は笑いながら、そう付け加えた。
両親やルイはあの事件は私のせいじゃないと何度も言ってくれた。けれど、なんの気休めにもならなかった。私の心に決して外れない枷がつけられたような気がした。
この事件は私が美少女だという理由で大きく広まり、色々な意見が飛び交った。私の感情など誰も気にも留めない。この外見だけで、人々はあることないことをぺちゃくちゃと喋る。
ならば、私もそれに従った。「素晴らしく顔が良い」という理由で私は楽に生きる道を選んだ。
……そして、次は家族を失った。
「『顔が良い』を一番嫌ってるのは私よ。こんなの呪いだわ」
 




