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「その……、えっと……」
「俺が許可するまで部屋の中にいてろ」
侍女が口ごもっていると、後ろから王子の声が聞こえた。私は驚いて振り返る。
……一体いつ現れたのよ、朝から眩しいわね。
「おはようございます」
私は動じることなく、軽くお辞儀をして笑顔で王子に挨拶をした。
この世で生きていく作法は全て身についている。貴族の中なんて小さな虫が戯れているようなもの。
神々の世界にとっては、人間の世界なんて娯楽の一つに過ぎない。
……ってマインドでいれば、強く生きていける。
「朝からどこに行くつもりだったんだ?」
「……私に聞かずとも陰にでも聞いたらどうです?」
私の言葉に王子の顔が曇った。
まさか見つかるとは思っていなかったのだろう。それもそのはず、普通の人間が影の監視に気付くはずない。
ましてや、私は平民。
王子は訝し気な目で私を見る。そんな顔もカッコいい。……が、もう私は王子に媚を売る必要はない。
私は私の為に生きていくんだから!!
男も富も私を幸せにしてくれるわけではないもの。少し気付くのが遅かったけれど……。
「お前は本当に何者だ?」
「逆に、何者でもない人なんてこの世にいます?」
「質問を質問で返すな」
「私はただの顔の良い平民ですよ」
私は苛立っている王子を更に煽るような回答をした。
何者か、なんて質問は難しい。
「聞き方を変えよう。お前は何者になりたいんだ?」
「ん~、今度は面白い質問ですね」
私は神の世界に行ってから、かなり自分に余裕ができたと思う。
きっと、王子も私が「変わった」と勘付いている。じゃないと、王宮になんて招いてくれない。
王子の質問を頭の中でもう一度自分に問う。
『何者になりたいんだ?』
この質問の方が答えやすいが、難易度は上がった。
なりたいものになれるなんて、そんな夢物語はこの世に存在しない。どれだけ足掻いて努力をしても、覆せない世界はある。
一生奴隷のままの者もいれば、一生王族の者もいる。
理不尽な世界だが、そんな世界に産み落とされたということを自覚していなければならない。現実を受け止めずに、道理を反する道へと進むものは愚か者だ。
「そうですね。私は運を味方につける者になりたいです」
私は王子を見つめながら、確かな声でそう言った。
本心だった。運があれば、生き残れる。運があれば、這い上がれる。運があれば、神にだってなれるかもしれない。
「本当に初めて会った時とは別人だな」
「あら、そうですか?」
私は首を傾げてとぼける。
どちらも本当に私だ。ただ時空を超えて、少しばかり修行をしただけ。
「……何て麗しいお二人」
侍女が私達をぼーっと惚けた目で見つめながら、小さく呟いた。
「誉めて頂いているのですから、そんな眉間に皺を寄せないで下さい、王子」
殿下、と言わなければならないところを心でいつも呟いている「王子」呼びをしてしまった。
だが、当の本人はそんなこと少しも気にしていないようだった。
……この感じなら「エド」って口を滑らせてしまっても許してもらえそうだ。
「眉間に皺を寄せても褒められているのだから別にいいだろ」
「も~~、つれないですね。ほら、スマイルを向ければ、更に褒められますよ」
私はそう言って、笑顔を作りながら王子の頬を人差し指で軽く突いた。




