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「ようこそいらっしゃいました」
母が私に「ここに出て来るな」と目で訴えていたのと無視して、私は王子の前にやってきた。
ゆっくりと彼に向かってお辞儀をする。
この宿に最高級のVIPがやって来るなんて……。これは運命だわ。
神様が私に王子と結婚しろと言っている。
「ああ、一泊でいいから泊めてほしい。金はいくらでも払う。ただ、俺が来たことは」
「もちろん口外いたしません」
私は笑顔で応える。
口の軽い女は嫌われる。それにしても、王子は私の顔を見て何一つ表情を変えない。
……私、こんなにも可愛いのよ?
「お部屋をすぐに用意いたします。いくつご用意いたしましょう?」
「二部屋で頼む」
私は母の方へと向かい「三〇四と三〇五のカギをちょうだい」と言った。
この宿で最も大きいのが三〇五だ。きっと、従者たちと王子は部屋を分けて過ごすのだろう。
まぁ、まだ王子って確定したわけではないけれど……。
透き通るような艶のある長い金髪に、燃えるような真っ赤な瞳。なによりもこの美形。
彼が王子でないなら誰が王子というのだ。
金髪で赤い瞳のイケメンがこの世に何人もいたら困る。それに、このただ者ではないオーラ。
誰が見ても王子でしかない。
「ねぇ、ルナ」
「何?」
「どうしてエドワード様がこんな宿に」
「知らないよ。けど、悪いことじゃないでしょ」
母は王子が来た喜びよりも不安が勝っているようだ。
確かにエドワード・ジュリーがこのホテルに来るなんて誰が想像できただろう。
しかし、こんな意味の分からない状況でも平静を保っておくのが大切だ。
「では、ご案内いたします」
私は彼らに笑顔でそう言って、三階まで案内した。
案の定、三〇四には従者たちが入って行った。三〇五の前で王子に鍵を渡す。
「ありがとう」
「いえ」
「……まだ、何か?」
なかなか去らない私に王子は訝し気に私を見た。
がめつい女だと嫌われたくないけれど、こんな機会はもう二度と来ない。
チャンスは逃すためにあるものではない。掴みに行くものだ。
「あの、私、王子の隣に相応しいと思うんです!」
私は王子をじっと見つめながらそう言った。
我ながらに出しゃばった言葉だと思ったが、もう言葉にしてしまった以上、突っ切るしかない。
王子はさらに眉間に皺を寄せる。
これは……、私に対する「嫌悪感」だ。
「何を言ってるんだ?」
「私ほどの美少女はこの世にいません」
「はぁ?」
露骨に王子が顔を顰める。
この反応はまずい。だが、私とて引くわけにはいかないのだ。
「こんなにも可愛い私を手に入れたいと思わないのですか?」
「俺には女の顔の違いなど分からない」
何ですって??
私とその他の女ぐらいの区別は分かるでしょ。
「顔だけ良いからって調子に乗るな。中身がペラペラな人間と話すのは時間の無駄だ、早くどっかに行ってくれ」
王子は私を蔑むような目で見る。
……どうして私がそんな目で見られないといけないのよ。
「容姿が全ての世の中でしょ?」
「お前、何歳だ?」
「十六歳です」
「十六年間も生きてきて、学んだことがそれか」
心底私を軽蔑するような表情だった。
自分のことを恥ずかしいと今まで思ったことがなかったのに……。突如生まれた羞恥心の対応の仕方を私は知らない。
「私とって、顔は全てなんです」
「何も持っていない人間に興味はない」
私の言葉を一蹴された。
顔以外に何が必要だというの?
勇敢な心? 優しさ? 勤勉さ? 要らないでしょ。
好意を持つか否かは、第一印象で決まる。顔が良い女は得をする世の中なの。
それなのに、どうしてこの王子はこんなにも嫌悪に満ちた瞳で私を見ているのよ。
「今すぐ目の前から消えてくれ」
「申し訳ございませんでした」
私は今の状況を理解出来ないまま、弱々しい声でそれだけ言ってその場を後にした。