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彼女のその気迫にその場の空気は一変した。
平民の娘一人に俺たちが気圧されている。
なんなんだ、この女は……。
最初出会った頃の彼女はもっと浅はかで愚かな女だった。
……一晩でここまで変わるものなのか?
それとも、俺が彼女の性質を見抜けなかっただけなのか?
この女は「顔が良いから」という理由で今までなんでも許してきてもらえたのだろうと思った。けど、今思えば「顔が良いから」という理由で今まで解決したくなかった問題もそう処理されてきたのだろう。
確かに初めて彼女を見た時は、この世の者だとは思えないぐらい美しい人だと思った。
黒髪が不吉とされていることを忘れてしまうぐらいに、その容姿に見惚れてしまった。
しかし、彼女に話しかけられてすぐにその印象は変わった。なんて中身のない傲慢な女なのだろうと……。
関わりたくない人種だとすぐに思った。一晩だけ泊まりたかっただけだし、これから関わらないと思っていた。
彼女が家族を殺されて、俺に助けを求めてきた時、俺は思わず目を逸らしてしまった。
その瞬間、彼女が俺に対して失望するのが分かった。
それがなぜか俺の中に鋭くつき刺さった。この中で彼女の家族を助ける者は誰一人いなかった。
そんな中、一人の少女が必死に塀をよじ登り、手から血を流しながら見世物にされている家族を解放しようとしている。
それなのに、俺が王子だという立場が邪魔をしている。
助けてやれ、と気づけば口に出していた。ここにいることがバレたら大変なことはわかっている。
彼女もきっと「王子はその場にいたのに助けてくれなかった」など言い散らすような人ではないだろう。
それでも、俺は助けたかった。
それからだ。彼女の本質が分かったのは……。
あの時、「顔が良いから生き残ったのは当たり前」だと言い「幸せになる権利を一生放棄する」と断言した彼女を見て、思わず抱きしめたくなった。
それぐらい俺の瞳に映った少女は孤独に見えたのだ。
……それなのに、今はその少女に圧倒されているのだ。
戻ってきた彼女の風格があから様に変わっていた。本当に何があったのだと思うほどに……。
彼女のままなのに、彼女でない。
なんとも不思議な少女だ。俺は今まで色んな人間を見てきたが、彼女のようなタイプは初めてだった。
己の美顔に自信過剰になり、破滅する者も腐るほど見てきた。逆にそうでない者も沢山知っている。
だが、彼女だけは異質なのだ。
言葉に表すのは難しい。ただ、俺の勘が「この女は違う」と言っている。違うというより「危険」に近いかもしれない。
「お前は殺される覚悟があるのか?」
俺の言葉に彼女が振り向く。
真っ黒い髪がサラッと靡く。緑と青が混ざった透明感のある瞳が俺を捉える。
「もちろん」
彼女はそう言って、俺に微笑んだ。
その笑顔に思わず釘付けになってしまった。
これほどまでに強くて美しい女を俺は知らない。俺の知っているこれぐらいの女は皆途方に暮れて泣き喚くだろう。
「名は?」
「ルナです」
女に名前を聞いたのは人生で初めてだった。




