15
私は宿に入った瞬間、思わず顔を顰めてしまった。
その場にいた全員が顔を歪めた。それぐらいこの宿は異臭を放っていた。
あの日の朝は衝撃で匂いを感じていなかったけれど、改めてはいると鼻がもげるぐらい異臭を放っている。
この血の匂い……。当たり前だけど、あの日のままなのね。
自分の時間感覚がおかしくなりそうだった。
神界ってすごいのね。
「ここのお嬢さん、初めて会った時と別人みたいですね」
「……ああ」
従者が王子にコソッと話しかける声が聞こえた。
別人だけど、別人ではない。
あれから私の中では五年経っている。その五年を無味に過ごしていたわけではない。
毎日死に物狂いで何かを得ようと学んでいた。
その五年間が彼らの中ではたったの数時間ってことよね……。それは別人だと思われてもしょうがない。
「弟の部屋はどこだ?」
「その手前の部屋です」
王子は弟の部屋の前で立ち止まった。
客室には鍵があるが、私たち家族の部屋には鍵がない。
もし鍵をつけていれば、家族は殺されなかったのかもしれない。……今更「たられば」の話をしたところでしょうがないのだけど。
「開けるぞ」
「はい」
空気がピンと張り詰めたような緊張感に包まれながら、王子はゆっくりと扉を開けた。
「嘘でしょ……」
私は扉の奥の光景に思わず目を疑った。
荒れた様子はそのままだったが、あの血の海の様子が微塵も残っていなかった。
血など最初からなかったかのように綺麗なままだ。ただ、部屋の中が散乱している状態。
「どうして……。こんなんじゃなかった」
「どういうことだ?」
困惑する私に王子は怪訝そうに私を見る。
「こんな部屋じゃなかった。ルイの部屋はもっと血だらけだったんです」
「見間違いじゃ……」
王子の従者が疑うように私の方へと視線を向ける。
この状況なら信じてもらえなくても仕方がない。けど、確かにあの日の朝、私は血で覆われたこの部屋を目にした。
忘れるわけない。
「見間違いなんかじゃないです。この部屋は真っ赤に染まってました。血の匂いがまだ残っているでしょ?」
「……嘘を言っているとは思えない。だが、その血はどこに行ったんだ?」
「それが謎なんです。この中で一番驚いているのは私です」
「じゃあ、やっぱり記憶違いなのかもしれない。ショックで勝手にそう思い込んでいただけとか」
いきなり血が消えることなんてありえない。
従者が私の話を信じられないのは理解できる。逆の立場だったら私も同じことを言っているだろう。
真実なのに、真実だと証明できるものが何もない。
「殿下、あの時の私の無礼をお許しください。……最初の印象が全て。私に対しての不信感はあると思います。ですが、この状況で嘘をつけるほど私は道を外しておりません。確かにこの部屋は血の海になっていたのです」
私は確かな声で王子にそう伝えた。
その瞬間だった。バタンっと家の扉が大きな音を立てて開いた。
駆け足でもう一人の従者が入ってきた。
「殿下!! 大変です!! 遺体が燃えました!!」




