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私は顔が良い。
兎にも角にも顔が良いのだ。
顔が良い女は得をする。
悲しきかな、これは世の真理である。
顔が良いと、人生は潤うのだ。……だから、私は人生勝ち組!
絶対に王子と結婚する。それぐらいの美少女だと自負している。中身が空っぽでも外見が良ければなんとかなる世の中だ。
ずっとそう思っていた。
「ルナ!」
母が私を呼ぶ声に私は目が覚める。
朝ごはんのトーストを齧りながら、また軽く寝てしまっていた。
毎日、家の手伝いをしている。私の家はホテル業をしている。
平民の割にはそれなりにお金を持っている方だと思う。生活をしていく上で、何不自由なく暮らしてきた。
……ただ、私はもっと贅沢したい。
絶対に貴族になってやるんだから! それも王子の隣!
貴族世界は華やかなものだと信じて疑わない私に対して親は馬鹿だねと苦笑するが、どれだけドロドロの世界であっても私はあの世界に足を踏み入れたい。
私の顔は平民として終わらせるには勿体ない。
生まれてから散々「可愛い」「綺麗」「美少女」など言われて、周りにちやほやされて生きてきた。
どれだけ性格が悪くとも「かわいい」は正義なのだと実感しているのだ。
「食べ終わったのなら、二階の客室の掃除してね」
「はーい」
私は最後の一口を口に放り込み、その場を後にした。
階段を上る途中にある壁に掛かっている鏡で自分の顔をチェックする。
神秘的に吊り上がった美しい目、瞳は薄い緑と淡い青が混ざった色。シュッとした高い鼻に整った小さな唇。
我ながらに美しい顔をしていると思う。これから先、苦労することはないと顔で語っているようなものだ。
化粧したら、もっと綺麗になるのかも……。
私はそんなことを思いながら二階の各部屋を掃除し始めた。ここは三階までしかない小さなホテルだ。
一階は受付だが、その奥では私と両親、そして弟の四人で生活している。
客室は二階と三階だけ。大衆用のホテルだが、それなりに上質な空間ではあると思う。
「私が看板娘になってるから、このホテルは繁盛してるのよ」
独り言を呟きながら、私は二階の廊下を掃き掃除し始める。
こんなに自分の顔を好きだと嫌な女になって友達が少ないだろうと思われがちだが、そんなことはない。
……まぁ、けど、女には嫌われているかもしれない。
私に好きな人を奪われるらしい。……私は奪ったりしない。ただ、男が勝手に私を好きになるだけだ。
「こんな性格の悪い女やめときゃいいのに……」
低い声で嫌味なことを言ってくるような人間は一人しかいない。
「あんたに言われてもねぇ」
私は振り向いて、弟の方を見る。
ルイも端正な顔立ちをしている。彼も私同様モテる。
……誰がこんなクソガキを好きになるっていうのよ。
「おい、今、失礼なこと思っているだろ」
「え、なんのこと?」
「顔に出過ぎなんだよ。俺も性格良い方じゃないけど、ルナよりかはましだ」
呆れた様子でそう言う二個下の弟に私は軽く睨む。
「私の魅力が分かんないなんて、まだまだおこちゃまね」
「十六歳の捻くれた小娘に魅力なんてないだろ」
「十四歳のませた坊やに言われてもね~~」
「そんなに性格歪んでると誰もルナのことなんて貰ってくれねえぞ」
箒で殴りたい衝動をグッと抑える。
私なんて引く手あまただ。やれやれ、何を言っているのだ、この弟は……。
……弟も両親も美形ではあるが私とは全く似ていない。
私だけがこの家族の中で異質なのだ。深堀はしないでおく。そもそも、私は生まれた時からずっとこの家の子だし……。
突然変異ぐらいのマインドで過ごしている。
両親も弟も薄い茶色の瞳にクリーム色の髪だ。私の髪の色は不気味なぐらい黒い。烏の濡れ羽色と言えば聞こえはいいが、黒い髪は非常に珍しい。
この国では不吉なものだと思われるぐらいに……。
ただ、何と言っても私にはこの顔がある! 髪の色が黒だからって愛されないわけがない。
「きゃああああ」
突然、下の方から母の叫び声が響いた。
な、なにごと!?
私とルイは急いで階段を下りる。
「母さん、大丈夫?」
ルイがそう言ったのと同時に、一階の様子を見て私も叫びそうになった。
だが、私の場合は驚きのあまり声が出なかった。
母が「ええ、だ、大丈夫よ」と震えた声でルイに返答した。ルイも一階の様子を悟ったのか目を見開いて言葉を失っている。
「驚かせてしまってすみません」
見たこともない美男子が受付前に立っていた。
この人だ!! この人の隣に立つ人間こそ私だ!
私の直感がそう叫んでいた。身なりからして、ただ者ではないことは一瞬で悟った。
というか、彼はきっとこの国の王子だ。
従者は二人しか付いていない。もしかしたら何か事情があるのかもしれない。というか、王子がわざわざうちの宿に寄るなんてありえない。
…………こんな奇跡ってある?
「ようやく私に相応しい人を見つけたわ」
「ルナ、馬鹿な真似だけはやめろよ」
私の小さな呟きにルイが眉間に皺を寄せる。
何を言ってるのよ、ルイ。こんなチャンス逃す方が馬鹿でしょ。
私はルイを無視して、受付の方へと足を進めた。