第4話 鉢植えトレントはモンペです
「いったぁ! なにっ……なにが起きたの!?」
とっさに腕を引っ込めると、鞭で打たれたみたいに右手の甲が真っ赤に腫れていた。
シュシュさんが持ってるのはハンマーだ。それに、シュシュさんもなにが起きたのか、わかってないみたいだった。
オレンジのクセっ毛で目が隠れてるし、やっぱり素顔は見えない。でもポカンと口があいてるから、それくらいはわかったよ。
「……ウゥウ!」
うなり声が聞こえてくる。シュシュさんのうしろのほうからだ。
するとハッとしたように、シュシュさんが声を半音高くする。
「助けてくれたんですね! トッティ!」
「ウゥ……ウウウ!」
「うわぁん! いつもシュシュを助けてくれるのはキミですよーう! トッティ~!」
「えっ、なにかいる……どこにいるの!?」
「おバカさんですねぇ、トッティならここにいるじゃないですか、はじめから!」
『なにか』に話しかけていたシュシュさんが、くるっとターン。
「へっ……あぁっ、そんなところに!」
たしかに、いた。シュシュさんの背中にくっついていた。
いや、背負われていたって言ったほうが正しいかな?
「ウァアアア……!」
青々としげった葉っぱに、両腕みたいに生えた枝。
幹のところにあるみっつのくぼみは、両目と口。
とんがったトゲみたいなのは、鼻かな。
トッティは、木のすがたをしたモンスターだった。
「『トレント』……!?」
「ノンノン、『ポット・トレント』です。鉢植えサイズに品種改良された、ペット・モンスターですよ。お仲間に『ポット・マンドラ』もいます」
「『ポット・トレント』……」
シュシュさんが言うように、トッティは鉢植えサイズの、ちいさな『トレント』で。
オレンジの布でカバーをされた植木鉢から顔を出していて、シュルシュルと伸ばしたツルを、シュシュさんの両肩へ器用に巻きつけている。
リュックの肩ひもみたいだ。ワンポイントで咲いている白い小花が、かわいらしい。
そう、トッティは植木鉢ごと、リュックみたいに背負われていたんだ。
「はじめからって……ずっといたの?」
「当たり前です。シュシュとトッティは、ずーっといっしょに旅してるんですから」
ってことは、さっきのは、トッティのツルで右手をはじかれた痛みだったのか。
「トッティの根っこで刺されたら、もーっと痛いですよ。これ以上こてんぱんにされたくなかったら、さっさとしっぽを巻いて逃げ出すことですね、どこのだれだかわからないヒト!」
「えっとですね、僕にも名前はありますよ? シュシュさん」
「それくらい知ってますよ、『ソラ』ですよね! ……ってあれ?」
ポカン、と固まるシュシュさん。
相変わらず顔は見えないけど、おどろいてるおどろいてる。思わず口走っちゃったことに。
「ははっ! そうです、僕の名前は『ソラ』です。さすが!」
「ちっ、ちがいます。『ソラ』っぽそうな顔してたから……たまたまです、当てずっぽうです!」
「知ってて当然ですよ。シュシュさんは僕の『運命のヒト』なんだから」
「またそれですか、意味がわかりませんっ! トッティ! あそこの変なヒト、追いはらってください!」
「ウゥウ……!」
「わわっと!」
すかさずツルが飛んできて、危ないところでなんとかかわす。
その隙にシュシュさんがテントへ駆け込んで、カチッと金具の音が。
「あらら……施錠されちゃった」
見たところ冒険者用のテントみたいだし、野生モンスター対策で、それなりに頑丈なつくりをしているはずだ。
これじゃあ、いくら呼びかけても出てきてはくれないだろう。僕がどうこうできるものでもないし。
「信用ないなぁ……僕。急にあんなことを言われたら、そうもなるかぁ……うーん」
そっとため息をついて見上げた空は、うっすらとパープルがにじんだオレンジ色。もうすぐ1日が終わる。
しかたない。あきらめるか。
今日のところは、ね!