第1話 しもべにしてください! えっ、ダメ?
年齢イコール苦節歴16年。
どこにも行くあてがなくて困っていた僕だけど、さいっこうの『就職先』を見つけました!
「あなたのしもべにしてください!」
「えっと、頭だいじょうぶですか?」
街から街へと旅をしてきて、やっと……やっと見つけた『運命のヒト』だったのに──
「シュシュはいま、ラブリィちゃんのオモチャ役でいそがしいんです」
白い毛並みにハートの黒ぶちもようの『ラブリィちゃん』をだっこした『運命のヒト』が、トドメの一撃。
「モンスターさまならともかく、ヒトさまはお呼びでねぇってことです。つまりおことわりです、お・こ・と・わ・り!」
「うそぉ~っ!?」
おことわりされました。それも2回。
* * *
さかのぼること、十数分前──
淡いブルーの空をバックに、時計の長い針、短い針が、ピタリとかさなった。
ゴーン、ゴーン。
ぐぅ~、ぎゅるる。
頭の上でひびく鐘の音と合奏して、おなかの虫がけたたましく鳴いたときは、笑っちゃったよね。
「いい天気だなぁ。風もおいしいな、香ばしくてスパイシーで……くんくん……これはミートパイとみました。カリッカリの焼きたて生地! 口のなかでじゅわっとあふれる肉汁!」
頭でっかちな時計塔が振り子をゆらして、午後のはじまりを街のみんなにしらせている。
そんななか、時計塔の足もとでもだえている愉快なだれかさんとは、なにを隠そうこの僕です。
「あぁ、この街にきたからには、ぜひともお目にかかりたかったです……リンゴン名物、焼きたてミートパイさん。でも無理か、だって20ペイだもの!」
所持金が。バッグの底に落ちてたなけなしの全財産じゃ、ミートパイをひときれ買うのに、230ペイも足りない。
「『働かざる者食うべからず』……だけどその前に『おなかが空いて力が出ない』って名言がありましてねぇえ!」
要するに、ピンチというやつです。
まぁ、はじめてやってきたリンゴンの街にはしゃいで、うっかりお財布を落としちゃった僕の自業自得だよね……と、しょんぼり肩を落としたときだった。
ぴゅーんっ!
「あれっ、いまなにかが目の前を横切った気が……」
あと気のせいじゃなかったら、僕のお財布に似たものが見えたような。
「っていうか本物ーっ!」
見間違いじゃなかった。僕のお財布が、地面すれすれを猛スピードでかけずりまわっていたんだ。
というと語弊があるけど、お財布に足が生えたわけじゃない。断じてない。
「ンムム、ムモモモモ!」
まさかのまさか。白に黒ぶちもようの毛並みをしたネズミ型の生き物が、ぽてっとしたおなかにお財布のひもを引っかけていたんだ。
ネズミ型だけどけっこう大きい。ヒトの赤ちゃんくらいのサイズはありそう。
「なんだあのモンスター!? はじめて見る……じゃなくて! 追いかけなきゃっ!」
「モッモッモッ! モォオオオウッ!」
ハラペコだなんて言ってる場合じゃない。
「まって白黒ネズミさん! 僕のお財布返してぇ~っ!」
あっちこっちかけずりまわる白黒ネズミ型モンスターを追って、僕も坂をころげ落ちるようにメインストリートへ駆け出した。
やがてかけっこの舞台は、にぎやかな商店街へ。
「すみません! ちょっと通りま……」
「きゃあっ!?」
「うわーっ! なにも見てませんごめんなさーい!」
白黒ネズミさんがものすごいスピードで道のど真ん中を突っきったとき、その突風で、果物屋さんの前を歩いていた女の子のスカートがめくれ上がった。
悲鳴をあげてスカートをおさえる女の子。
かかえていた紙袋からバラバラとこぼれ落ちるリンゴ。
あわてて目をつむりながら、手をめいっぱい伸ばす僕。
「よっ、ほっ、はっ……っとと!」
右手にひとつ、左手にひとつ、残るひとつは右手で受けとめたものの上にのっけて。
落ちたリンゴはみっつだったと思うけど……もつれた足を立て直して、そろり、と目をひらく。
「よかった、ぜんぶ無事だ。はい、どうぞ」
「えっ? あ、こちらこそ、ありがとうございます……?」
女の子がかかえている紙袋へリンゴをもどして、ペコリ。
そうしたら女の子だけじゃなくて、なんかまわりのヒトからもすごく視線を感じたんだけど、これって。
「ごっ、ご迷惑をおかけしてすみません~っ!」
カァッと顔が熱くなって、猛ダッシュで走り出す。
恥ずかしい! 浮かれてお財布を落としちゃっただけでも恥ずかしいのに、関係ないヒトまで巻き込んじゃうなんて!
「はやく返してもらわないと……って思ったそばからぁ!」
「モモモモ、ンモォオオオ!!」
「ひぃっ! またおまえか! 来るな来るな……あひィッ!」
相変わらず商店街の大通りを爆走していた白黒ネズミさんが、ついにやってしまいました。
道行くおじさんに激突したのです……!
はね飛ばされ、顔面から地面とあいさつをしたおじさんのまわりに、ジャラジャラ、ジャラリ。キラキラしたものがぶちまけられる。
大きさが違う、金・銀・銅貨だ。
「だだっ、大丈夫ですか!? 立てますか!?」
これには血の気が引く思いで、倒れ込んだおじさんへ駆け寄る僕なんだけど……
「ラブリィちゃんみーっけ! ですぅ」
ふいに高い声がひびいて、おじさんに肩を貸そうとした手が、ピタリと止まる。