剣術指南2
まったり書いてます
それから数日に一回は訓練場に顔を出して、剣の指南をしていた。
と言っても、俺も教えられる程しっかりとした剣術を使っている訳では無く、どちらかというと感覚で戦うタイプなので口で教えられることはそれほど多くない。勿論、敵との読み合いなど色々とあるが、やはりそれも口で説明することは難しい。
なので、俺はその日に何人かの兵士と模擬戦をして、その時に気になったことを指摘するというやり方をしていた。
俺自身もかなり感覚が戻ってきており、日に日に前と同じような感覚で剣を振れるようになっていた。
この数日で俺の実力を見て、もう以前のような態度を取る奴はいない。むしろ、どこか尊敬の眼差しのようなものを向けられているので、少し居心地が悪かった。
「ラクリィさん! 次は自分とお願いします!」
次の兵士が目を輝かせながらお願いしてくる。
勿論やる気を出してくれているのは、教える側としても国としても嬉しいことだ。そのやる気に引っ張られて実力も少しずつ上がっている。
この調子であれば、かなり練度のいい軍となっていくだろう。
ただ、それでも気がかりなこともある。
今の若い兵士達は異能者との戦闘経験が無い。異能者との戦闘は、普通にこうして剣を打ち合うのとは訳が違い、考えることが一気に多くなる。
この先、五芒星の残党などと戦うことになる場合、当然のように異能者は普通に出てくる。その時に、経験が無いというのは大きな弱点となりうる。
「やはり今日は来ていたか。おーい! ラクリィ!」
丁度兵士との模擬戦を終えたタイミングで、今朝も聞いたよく聞きなれた声が聞こえてきた。
「フィオンか、どうしてここに?」
「いやなに、私が通っている研究室も王城内にあるからな。丁度一段落ついたし、こうして顔を出しに来たんだ」
そういえばそうだった。俺は研究室の方には顔を出さないのですっかり忘れていたが、俺とフィオンが互いに通っている場所は同じ王城内にある場所だ。
フィオンはいつものマフラーは付けているが、服装は白衣と研究者らしい恰好をしている。普段家では見れない格好なので新鮮だ。
「何か悩んでいたみたいだが、どうかしたのか?」
「ん? ああ、少しな……こうして兵士達に色々と教えてはいるんだが、いざ異能者との戦闘になった時に、戦闘経験が不足していることを危惧しているんだ」
「そうだったのか……だったら私を呼んでくれればよかったのに。折角こうして顔を出したんだし、ラクリィの悩みを解決することにするか。ラクリィ、グラムを貸してくれ」
どうやらフィオンが異能者として兵士達の相手をしてくれるみたいだ。
あまりフィオンに戦わせたくはないと思ってはいるが、今回は模擬戦だし研究の息抜きにもなりそうなので、素直にお願いすることにする。
フィオンにグラムを手渡し、レイラさんに目配せすると、俺とフィオンの意図を察したようでレイラさんは笑って頷く。
許可も出たことだし、フィオンには思いっ切りやってもらおう。
「ちょっといいか! 今から皆にはここにいるフィオンを相手にしてもらう」
俺が大声で兵士達に言うと、兵士達は一斉に手を止めて俺達の方を見る。
「ラクリィさん、その方は? 研究者のように見えますが……」
「ああ、フィオンは研究者だ」
「研究者の方と接点があったのですね」
「いや、まあ研究者と接点があるというか……俺の嫁だ」
「えっ……奥方様でしたか……」
嫁だと紹介すると、男の兵士達は羨むような声も出している。
まあ、フィオンは贔屓目無しに美人だし、そういう反応がくることも想像出来る。
「んー、女の兵士にはがっかりする様子を見せてる奴もいるな。随分と人気じゃないかラクリィ」
そう言って俺の腕に自信の腕を絡めてくる。
自慢したいのか、自分のだという証明か……後者ならいらぬ心配だな。
「まあ、もし何か聞きたいことがあれば後で聞いてくれ。それじゃあ、誰からいこうか……」
「私も毎日来れる訳じゃないし、纏めてでいいさ」
「大丈夫か? フィオンも戦うのはかなり久しぶりだろ?」
「だから丁度いいんじゃないか」
これくらいの方が丁度いいってことか……出会った時から変わらないな。
まあ確かにフィオンの感覚を戻すという意味であれば纏めて相手した方がいいのかもしれない。フィオンに限って自分がどれだけ動けるか見誤ることもないだろうしな。
「それじゃあ纏めてフィオンと戦ってもらう。色々言いたいこともあるだろうが、結果を見れば分かるから、とりあえずやってみろ」
兵士達は納得していないような表情をしているものの、全員が俺の言うことを聞いて準備を始める。
今この場にいる兵士は約50人程だろうか……兵士全体だと当然もっと多いのだが、全員が来ている訳では無いし、今日は少ない。この人数であれば、全員で纏めて相手することも出来る。
今日来てない兵士達のことはまた今度考えよう。
フィオンはマフラーを締め直し準備完了。兵士達も剣を構えて準備は出来たようだ。
「それじゃあ、始め!」
こうして1対50の模擬戦が始まった……が、その結果は呆気ないもの。
数十分後、その場に立っているのはフィオンのみ。寸止めされたり、打撃により崩れ落ちた兵士達は脇へと掃けていき、今最後の1人の首筋にグラムが添えられて決着が着いた。
はっきり言って勝負になっていなかった。
フィオンが足を叩けば地面が形を変えて襲い掛かり、驚きと対処で足が止まった場所へ得意のアイスブラストが飛ぶ。
フィオンの元に辿り着いても、剣はマフラーで止められ、しかも針のようになったマフラーの一部が致命傷へとなる場所へ迫り、それを数で掻い潜り、ようやく1人が剣を振っても、剣の腕でもフィオンには届かない。
こうして、手も足も出せずに兵士達は全滅したのだ。
勿論、フィオン程強い奴は異能者の中でもいないと言ってもいいが、それでも予想外のことに対する対処は異能者との戦いでは最も大事となり、そして一早くその能力を見破らなければならない。
今回の模擬戦で、兵士達はフィオンの能力が物の形を変えるというものだと予想しただろうが、それはフィオンの異能の一部であり、早めに手の内を引き出しきれないと、更に状況は悪くなっていく。
今回の模擬戦で、兵士達は異能者との戦いがどういうことか分かっただろう。
俺からも後で兵士達に異能者との戦いについて話すつもりだ。
そうして更に強くなり、平和な世界を守れる心強い兵士になってくれることを俺は願っている。