#記念日にショートショートをNo.61『ひとすくいの愛』(A Heart of Love)
2021/12/25(土)クリスマス 公開
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なし
彼女は心臓病だ。17歳の彼女のいのちのタイムリミットは、すぐそこまで迫っていた。
「僕が絶対、結生を助けるから。だから早く元気になって、一緒に生きていこうな。」
「うん。約束だよ、翔留。」
小指を絡める。僕は守れない約束をした。
僕は心臓病だ。19歳の僕のいのちのタイムリミットは、すぐそこまで迫っていた。
僕が心臓病であることを、彼女は知らない。僕の心臓は僕の身体には負担をかけるが、彼女の身体には驚くほど適合することが、先日検査で判明した。しかし皮肉なことに、彼女の心臓は僕の身体にはあまり適合しないらしい。そして、僕と彼女の身体に適合する〝別の心臓〟は、存在しなかった。
これを何と呼べば良いのだろう、運命のいたずらとでも呼べば良いのだろうか。神様は意地悪だ。
心臓移植をせずに2人して死を待つべきなのか、僕の心臓を彼女に移植して、彼女だけは生き延びるべきなのか。
心臓病である人の心臓を心臓病の人に移植するなんて馬鹿げているのかもしれないが、僕の身体では拒絶反応を示す心臓も、彼女の身体では見事適合するというのだから仕方ない。
彼女と出会ったのは、彼女が5歳で僕が7歳の時だった。院内を探検していた僕は、病室で一人静かに涙を零す彼女を見つけた。
「私のね、心臓が、悪いんだって。」
「だから、大人になることは難しいんだって。」
クマのぬいぐるみを胸の前で抱えながら、彼女は涙と一緒に、そう言葉を真っ白なシーツの上に落とした。
「僕が、助けてあげる。」
彼女の大きな目がまん丸になったのを見て、僕はいつの間にか自分がそう呟いていたことを理解した。
「名前、なんて言うの?」
「……小…小種…結生。」
「僕は久水翔留。僕が結生ちゃんを助けるから。」
まだほんの子供にすぎなかったが、僕はどうしても、彼女を助けたかった。
そしてその想いは、いまも変わらない。
彼女に自分の病気を隠し続け、医者になって、自分は彼女を助けるんだと、そう思っていた。医者になれば、自分の心臓を治す術も見つかると、信じていた。
彼女と出会ったその日から、僕は弛まぬ努力を続けた。12年越しの努力が、残酷な真実によって打ち砕かれてしまうとも知らずに。
小学校,中学校とお互いに年を重ねていくうちに、僕らはお互いに、はっきりとした甘い優しい感情を抱くようになっていた。僕は14歳の時に彼女に告白し、僕らはいわゆる〝恋人同士〟になった。
彼女との日々は、楽しかった。
春。2人でお花見をし、桜の花びらを眺めた。
夏。浴衣姿で並んで花火を見上げ、夏祭りを楽しんだ。
秋。町の図書館に行き、おすすめの本を教え合った。
冬。大きい方の玉を僕が、彼女が小さい方の玉を丸め、ひとつの雪だるまを作った。
一年が経つ頃には、ようやく僕は、彼女の指に自分の指を絡められるようになっていた。
そんな矢先だった。検査で先程の〝心臓の事情〟が判明したのは。自分の未来を知り、僕は彼女と深くは関わらないことを決意した。どうせ僕は死ぬ。ならば、彼女の中には入らないように、彼女と繋がらないように。彼女の部屋で彼女と身体を寄せ合い、その紅い頬に触れ、細い髪の毛に指をくぐらせ、僕は何もしなかった。何も出来なかった。
それから幾度も、彼女には極限まで近付いたが、僕はそこから先へは自分を進ませなかった。口には出さないものの、彼女が僕を求めていることには気付いていた。彼女の瞳が、彼女の指先が、僕を求めていた。僕は心を鬼よりも堅牢な意思で堅くして、己の欲望をパンドラの匣の中に閉じ込めた。
「…私のこと、嫌い……?」
ある時、彼女が僕にそう聞いたことがある。
「……っ!な…何言って……!」
「だって翔留、何も…してくれないじゃん。」
「……えっ?」
「付き合ってもう5年も経つのに、私たち、まだ手しか繋いでない。」
お互いに求め合いたいと思いながら、僕たちはまだ〝綺麗〟なままだった。彼女に不安な思いをさせていることに、僕は気付いてすらいなかった。
「…嫌いになったんなら、無理して付き合ってくれなくて、良いよ。」
彼女が寂しそうに微笑んだ。
「翔留に無理は、させたくないから。」
彼女の瞳から、つぅーっと、ひと筋の透明な雫が流れ落ちた。
「…………っ!」
咄嗟に、彼女を抱き締めていた。両腕いっぱいで、その消えてしまいそうな身体を抱き締める。きつく、強く、抱き締める。
「…ちょ…!痛いよ、翔留……!」
僕の腕の中で彼女が身体を捻らせる。身体を捻らせる隙間もなくすくらいに、もっときつく、彼女を抱き締める。
「好きだ。」
分かっている。極限まで近付いて、でも中には入らないなんて、とんでもなく意地悪なことなんて分かっている。僕は最高に意地悪だ。
「結生が、好きだ。」
彼女が僕の腕の中で目を見開く。
「たまらなく、結生が好きだ。」
「翔留……」
「寂しい思いをさせてごめん。自分でも酷いことをしているって、分かってる。」
「結生が僕を求めていることは、分かっていたよ。僕も、ずっと、結生を求めているから。」
「結生と、キスだってしたい。軽く触れるだけじゃない、深く入り込んで、舌を絡ませて、踊るようなキスがしたい。セックスもしたい。汗で身体がどろどろになるくらい、溶けてしまうほどの激しいセックスがしたい。」
「…う……うん…………」
僕の腕の中で、身体中を真っ赤に染めて、身体に熱を纏って、彼女が頷く。それを感じながら、そっと、身体を離す。
「…でも、駄目なんだ。」
彼女の肩が小さく震えた。揺れている瞳を、真っ直ぐに見つめて、告げる。
「僕は君を、汚せない。」
沈黙が部屋を支配した。長い、長い、一瞬の沈黙。暗い断面を劈開したのは、彼女だった。
「……どう…して…………?」
伝えるべきか、心が揺らぐ。未来のある彼女と、未来のない僕。もし僕が伝えてしまえば、彼女はきっと、一緒に死ぬ道を選ぶだろう。それだけは、避けなければならない。
「…今度、心臓の移植手術があるよね。」
「えっ…うん。」
戸惑ったようにしながら、彼女が頷いた。
喉に這い上がって来た涙を飲み込む。
「手術が終わったら、分かるから。」
結生の瞳を見つめる。僕と結生の瞳を絡める。そうだ、彼女は生きなければならない。
様々な感情が渦巻いている目で、結生が僕を見る。
「僕はたとえ自分の命に変えたとしても、結生のことを愛しているよ。」
ああ、こんな言葉、言っては駄目なのに。ほら、結生が僕を呼び止める。
「翔留…いなくならないよね?…死なないよね……?」
結生の瞳が潤んでいる。指先で潤む瞳を拭い、少しだけ濡れた指で、そのまま結生の手を引き寄せる。しっかりとその手を握る。
「大丈夫。僕はどこにも行かないから。」
僕はまた、守れない約束をした。
その夜、僕らは赤ん坊のように無垢な身体を開き合った。浴室で、ベッドの上で、己の裸を見せ合った。お互いに身体を洗い合い、お互いの身体に触れた。彼女の乳房は生温かく、柔らかかった。彼女の指先が、僕のペニスを撫でてくれた。でも、それだけだった。僕らは唇も身体も重ねなかった。彼女は外側にしか触れられないことを悟り、泣いていた。
手術の日。手術台に横たわる結生が、不安そうに僕を見上げた。
「翔留……怖いよ……」
彼女がはっきり〝怖い〟とそう口にしたのは、初めてだった。
「大丈夫。絶対、上手くいくから。」
手術カバーの下から伸ばされた小さな手を握る。
やがて、麻酔が効き始めたのか、結生が目を閉じていったのを見、僕は隣りの手術台に身体を横たえた。
「…本当に、良いんですか?事前のデータにもあるとおり、あなたが助かる確率は極めて低いんですよ。」
「ええ、大丈夫です。彼女が生きていけるのなら、僕は自分の命だって惜しみません。」
執刀医が僕に確認をする。その問いを肯定で返し、目を閉じる。じゃなきゃ、ここまで意地を張って、自分を押し込めて来た意味が無いじゃないか。キスもセックスも、我慢して来たんだから。
「➖では、手術を開始します。」
医師の声に、僕の身体に麻酔が入れられる。
➖結生、絶対大丈夫だから。君は生きて、幸せな未来を送るべきなんだ。だから、大丈夫。僕を信じて。
結生、好きだよ。愛してる。
それから、僕と出会ってくれて、僕を愛してくれて、ありがとう。
僕はゆっくりと、眠りに落ちていく。
目が覚めたあと、私は翔留が死んだことを知らされた。私に自分の心臓を移植したせいで、翔留が死んだことを知った。お医者さんからすべてを聞き、すべてを理解した私は、すべてに納得出来ていなかった。
あの日、痛いくらいに私を抱き締めてくれた翔留を思い出す。己の欲望を吐露した翔留を思い出す。
➖「結生と、キスだってしたい。軽く触れるだけじゃない、深く入り込んで、舌を絡ませて、踊るようなキスがしたい。セックスもしたい。汗で身体がどろどろになるくらい、溶けてしまうほどの激しいセックスがしたい。」
いまになって、翔留があんなにも私の中に入ろうとしなかった理由を、私と繋がろうとしなかった理由を理解する。翔留は、生き延びる私の未来を想って、いつでも自分を無かったことに出来るように、私を汚さなかったのだ。
目を閉じて、ベッドの上に眠るように横たわる翔留を見つめる。翔留は私の心臓を移植されたあと、やはり適合が上手くいかずに、手術中に息を引き取ったらしい。私が目覚めたのは、翔留が死んでから、4時間が経過した後だった。
目を閉じて、ベッドの上に眠るように横たわる翔留を見つめる。
感情が、溢れ出す。
「なんで……どうしてよ……!」
腕を振り上げる。翔留の身体を叩く。やるせない気持ちが、身体を劈く。
「ばかっ……ばかっ……!」
「翔留のばかっ…ばかあっ……!」
こんな心臓、欲しくなかった。翔留の命を奪ってまで、生きたくなんてなかったのに。
あの時、無理矢理にでもキスしていれば、結果は違っていたの?
あの時、無理を言ってでもセックスしていれば、翔留はこの結末を思いとどまってくれたの?
手しか握れなかった自分が恨めしい。指しか絡められなかった自分が恨めしい。自分の心臓が、憎らしい。
唇も身体も重ねられないまま、翔留は逝ってしまった。お互いに身体を開き合ったのに、お互いに聖域に触れ合ったのに、そこまでだった。私は翔留の意思を尊重しているつもりで、優しい女を演じているつもりでいただけだった。最低なのは何もさせてくれなかった翔留じゃない。私が、いけなかったのだ。私が、愚かだったのだ。
愛が、間違っていたのだ。愛が、綺麗すぎたのだ。
【登場人物】
○小種 結生(こたね ゆい/Yui Kotane):17歳
●久水 翔留(ひさみず かける/Kakeru Hisamizu):19歳
【バックグラウンドイメージ】
◎テーマソングイメージについて
バンド・譫言/『♪最愛』
▶︎(https://youtu.be/-_MRuvQCgWQ)
【補足】
①タイトルについて
〝ひとすくい〟は「一掬い」と「(他)人救い」を掛けた言葉。
②タイトル候補について
○『ひとすくいの愛』
○『250グラムの愛』*250グラムは心臓の平均の重さ
③英題候補について
○『250 grams of Love』
○『A Scoop of Love』
○『A Heart of Love』
○『Beloved』
【原案誕生時期】
2021年6月頃




