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こちら、キッカイ町立図書館フシギ分室・怪奇現象対策課! ~キッカイ町の奇怪な事件簿〜  作者: 牧田紗矢乃
夏だ! 海だ! 怪談だ!!

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第60話 大家のキッカさん

 日曜日の朝。

 私は、あまりの暑さに布団をはねのけた。


 枕元に置いていたスマホで時間を確認すると、午前六時三十分。

 不覚にも平日と同じ時間に目を覚ましてしまったようだ。


 それにしても――

 カーテンの隙間から差し込む朝日。

 じっとりと肌に纏わり付くような鬱陶しい暑さ。

 これは紛れもなく夏!


 窓を開けた時に吹き込んでくる風は、当然のようにぬるい。 


「下手に二度寝すると昼まで寝ちゃいそうだし……でも起きるには早いんだよねぇ」


 アラームをセットして寝直せば大丈夫かな? と思いつつ、スマホを触っているといつもの癖でSNSを開いてしまう。

 適当に目に留まった投稿を眺めていると、インターホンのチャイムが鳴った。


 ――こんな時間に誰だろう?


 まだ寝ているフリをしてやり過ごそうかと思ったのに、それを阻止するようにもう一度チャイムが鳴る。

 私は渋々起き上がり、寝間着を隠すように薄手のカーディガンを羽織った。


「はぁい」

「おはようございます。朝早く失礼します。本日からお世話になります、大家代理の甲斐(かい)キッカです」


 チェーンを掛けたまま扉を開けると、ピシッとスーツを着た黒髪の女性が立っていた。

 年は私よりいくつか若い、二十代前半くらいだろうか。


 ハキハキとした口調で彼女は名乗り頭を下げた。

 聞いたことのない声だった。

 けど、名前は聞き覚えがある。


「えぇと、あの……」

「どうかしましたか?」

「変な冗談やめてください。菊花(きっか)おばあちゃんならまだ元気ですよ」


 ここ、キッカハイツは甲斐菊花さんというおばあちゃんが大家のアパートだ。

 わざわざ同姓同名を名乗ってやってくるなんてタチが悪いにもほどがある。


「何か勘違いされているようですが、菊花は私の祖母です。祖母は菊の花、私は橘の花で橘花(きっか)です」


 同じ読みだからややこしいですけれど、と女性は付け加えて言う。

 それにしたって菊花おばあちゃんは昨日家賃を払いに行った時だって元気にしていたし、大家が変わるなんて話はされていない。

 信じろという方が無理があるだろう。


 私が追及すると橘花というらしい女性は困ったようにため息をついて、それからポツポツと語り出した。


「キッカイ町の長寿の会はご存知ですよね? あそこで管理している『長寿の桜』っていうのがあって、毎年春分の日に『桜記念会』を催しているんです。

 ――その記念会の特別参加者として、祖母が選出されました」


 長寿の桜のことも記念会のことも役場に勤めていた時に耳にしたことがある。

 そこの「特別参加者」はたしか、数百人いる長寿の会の面々の中から年に三人しか選ばれない特別な役のはずだ。


「おめでとうございます!」


 私の知り合いから特別参加者が出る日が来るなんて思いもしなかった。

 私まで誇らしい気分だ。

 心の底から祝福の言葉を贈ったのだけれど、橘花さんは複雑な表情を浮かべていた。


「とにかく、そういうことですので本日から私が大家を務めさせていただきます。至らない部分も多いかと思いますがご指導のほどよろしくお願いします」


 再度頭を下げた橘花さんは隣の木井(きい)さんの部屋に向かい歩き出す。

 その背中に私は呼びかけた。


「橘花さん!」

「……はい?」

「あ、大したことじゃないんですけど……。上のレイ子さんのとこ、日曜日は八時過ぎにならないと起きてないみたいなのでそれだけ――」


 私が説明していると橘花さんは思い切り眉間にしわを寄せた。


 もしかしたら「レイ子さん」という呼び方が伝わらなかったのだろうか。

 前に偶然上の階の住人が透明人間だと知ったのをお隣の木井さんに話したら、「名前もわからないですし『レイ子さん』って呼ぶようにしましょうか」という話になったのだ。

 私たちの間ではそれで定着してしまっていたからつい……。


 と思ったけれどどうやらそれは違うらしい。

 もっと根本的で、何か奇妙なものを見てしまった時に湧き上がる本能的な嫌悪感が窺える顔だ。

 橘花さんはその表情を崩さないままゆっくりと口を開いた。


香塚(こうづか)さん、何をおっしゃってるんですか?」

「……え?」


 私には橘花さんの問いかけの意図がわからなかった。

 そのことは橘花さんにもすぐ伝わったのか、彼女は言葉を続ける。

 発された言葉が私の思考を停止させるとは知らずに。


「このアパート、()()()()ですよ」




 勘違いのはずがなかった。

 私はいつも二階からさらに上の階へ向かう階段を見ているし、昨日も上の部屋でパタパタと歩き回る足音を聞いた。

 何よりゴールデンウイーク明けにかなちゃんとご飯に行った日にはレイ子さんとタクシーに乗り合わせて帰ってきて、彼女が階段を上っていく音を聞いているのだから。


 あの時レイ子さんの存在を感じていたのは私だけではない。

 タクシーの運転手さんの方が先にレイ子さんっと出会って、その存在を私に教えてくれた。

 考えれば考えるほどわけがわからなくなり、私はそれらをそのまま橘花さんにぶつけた。


「そんなにおっしゃるなら一緒に確認しに行きますか?」


 呆れたような口調で橘花さんが問い掛けてきた。

 私は即座にうなずいて橘花さんと共に廊下へ出る。


 アパートの外壁に沿うように作られた階段は当然のように上へと伸びていた。


「ほら、やっぱりあるじゃないですか!」

「これは屋上に行くためのものじゃないですか? 一階から二階へ上がる階段の半分くらいの幅しかありませんよ」


 私たちはああでもないこうでもないと言い合いながら階段を上る。

 そして辿り着いたのは私が住む二階と同じように部屋が並ぶ通路だった。


「そんなっ……!?」


 橘花さんが信じられないとばかりに声を上げた。

 私はこの階の存在こそ知っていたものの、上がってくる用事が今までなかったのでこの景色は初めてだ。

 とは言っても二階と三階では案外変わり映えしないものなんだなと少しがっかりした。


 そして件のレイ子さんの部屋の前に立つ。

 表札には「401 片梨」と刻まれていた。

 不吉だからという理由で四階を飛ばすホテルやビルの話は聞いたことがあるけれど、あえて三階を飛ばして四階にしているところは初めて見た。


「ほ……、本当にあったんですね」

「まだ七時前なので鳴らしても出ないと思いますけどね」


 私は答えながらこの通路の奥の部屋にはどんな人が住んでいるんだろうと気になった。

 好奇心に誘われるままに通路を進み、表札を覗く。


 そこに刻まれていたのは見たことのない文字だった。

 日本語とも少し違う、読めそうで読めない気持ち悪い記号の羅列。

 悪趣味な人が住んでるんですね、と橘花さんに愚痴ろうと振り向いて、私は息を呑んだ。


 401号室から数メートルしか離れていないところにいるはずなのに、橘花さんの姿が見えない。

 それどころか辺りに黒いモヤのようなものが立ち込めていて伸ばした自分の手の先さえはっきりと見ることができない。

 おまけに辺りの気温が急に下がったような気がした。


 私は慌てて通路を引き返し、橘花さんに縋りつくようにどうにか生還した。

 橘花さんのところまで戻ると黒いモヤは嘘のように晴れていた。


「こ、この階何か変」


 私が震えながら橘花さんの様子を窺うと、橘花さんは青白い顔をして唇をグッと噛みしめていた。


「とりあえず下へ戻りましょう」


 橘花さんに促されるまま、私は階段を下りる。

 一歩、また一歩と階段を下りるたび気温が一度戻ってくるような感覚がした。

 それと同時に自分の方から誘っておきながら、年下の橘花さんに縋りついているのが恥ずかしくなってきた。


 一階に辿り着いた私たちは駐車スペースになっている空き地に立ってアパートを見上げた。


「やっぱり、外から見ると二階建てなんですよ」

「……本当だ」

「でも、ありましたね。三階」

「ありましたね」


 この町では常識とはちょっぴりかけ離れたことが起こるのが日常だと思っていたけれど、不思議の中にも触れてはいけないものがあるんだとこの日改めて実感させられた。

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