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こちら、キッカイ町立図書館フシギ分室・怪奇現象対策課! ~キッカイ町の奇怪な事件簿〜  作者: 牧田紗矢乃
夏だ! 海だ! 怪談だ!!

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第59話 怪奇レポート016.パラパラと降る赤い雨

 空にはどんよりとした雲が垂れ込めている。

 世間は梅雨明けの季節を迎えているというのに、キッカイ町の梅雨明けはまだまだ先のようだ。


「今日傘持ってきてないんだよなぁ。帰るまで持ちこたえてくれるかな……」


 窓の外を眺めながらポツリと漏らす。

 こんなことなら折りたたみ傘を持ってくるんだった。


 ……と思っている傍から地面に丸いシミができては消えていく。

 降り始めたようだ。


「いやぁ、参りましたね」


 ハンカチで額を拭いながら現れたのは木井(きい)さんだった。

 今日はいつになく荷物が多いようで、黒いビジネスバッグがパンパンに張っている。


「……って、木井さん! 大丈夫ですか!?」


 よく見たら木井さんのシャツが赤く染まっているじゃないか。

 額を抑えていたハンカチも。


「えっ? ……あ、うわぁっ!!」


 私が指さしたことで赤く染まったハンカチに気付き、木井さんが悲鳴をあげる。

「どうしたんですか?」「大丈夫っスか?」とみんなもワラワラと集まってきた。


「怪我、ですか? どこかにぶつけた記憶とかは?」

「いやー、全然。痛くも痒くもないです」


 じゃあこの血はどこから?

 木井さんにしゃがんでもらって頭を確認しようとした時だった。


「なによこの雨!」


 窓の外を見ていた小津骨(おつほね)さんが忌々しげに声を上げる。

 それを聞いて何事かと駆け寄った結城(ゆうき)ちゃんも続けてか細い悲鳴を上げた。


「あ、雨が……赤い!」


 パラパラと窓ガラスに打ち付ける雨粒は鮮血のように赤く、町じゅうを染め上げようとしているかの如くとめどなく降り注ぐ。

 木井さんの服やハンカチに染み付いた赤い色も、この雨が原因だったようだ。


 木井さんが無事だったことは何よりだけど、いったいどうしてこんな色の雨が?

 過去に似たような事例がないか調べてみると、航空機の事故とか工場の事故とか不穏なワードばかりが並んでいる。


「どうしましょう……。大事故かもしれません」

「えぇっ!? でも、僕が来る時には爆発みたいな音はしませんでしたよ。それに、そういうのって短時間に降るんじゃないですかね?」


 言われてみれば。

 この雨は十分以上降り続けている。


「てことはこれも怪異っスか?」

「そういうことかも……」


 これが怪異の仕業なら、私たちはその対策をしなくちゃいけないことになる。

 でも、どうやって?


「雨が赤いってことは、それを降らせてる雲も赤いんですかね? あれみたいに」


 結城ちゃんが空の一点を指さす。

 そこには、他の雲の影に隠れるように浮かんだ赤い雲があった。


「あの雲、なんか変っス」


 空を見上げていた真藤(しんどう)くんがポツリと言う。

 言われてみれば、周りの雲が流れていく中であの赤い雲だけが微動だにせずその場に留まっているように見えた。


「あの雲が原因だとして、どうしたらいいんでしょう? あんなところ、手なんて届くはずがないですし……」

「こーづかさんの馬鹿力ならボール投げてぶつけられるんじゃないっスかね」


 真藤くん?

 私のことを一体何だと思ってるんだろう……。

 文句の一つでも言わせてもらおうとした時、木井さんが口を挟んできた。


「それならいいものがありますよ」


 カバンをゴソゴソと漁って取り出したのは、丸い石のようなものだった。


「アフリカの方のとある部族の魔除けアイテムらしいんですけどね、うちにあっても使わないので。香塚(こうづか)さんに差し上げます」

「木井さんまで! 私のことを何だと思ってるんですか!」


 私は、私はただ図書館で働きたいだけの一般人なのに!


「みぃ」


 その時、ズボンの裾をくいっと引かれた。


「あ、みぃちゃん」

「みぃ!」


 わたしに任せて、と言っているかのように、みぃちゃんは真っ直ぐこちらを見つめてくる。


「みぃ、みぃ」


 鳴きながらくい、くいっと手招きをする。

 いつぞやの宮松(みやまつ)くんとの特訓の時のように。


 しばらくすると、他の雲より高いところに浮かんでいた赤い雲がゆっくりと地上に近付き始めた。

 みぃちゃんはそれでも招き猫としての仕事を続けている。


「みぃ、みぃ!」


 ものの数分で赤い雲はずいぶんと近いところまで降りてきた。

 ……とはいえ、まだ周りの建物よりずっと上にいる。


「みぃ!」


 みぃちゃんはついて来いとばかりに外へ出て行き、背中に跨るようにと促してくる。

 私は困惑したまま、木井さんから手渡された丸い石を片手にみぃちゃんに乗った。


 みぃちゃんはみるみるうちに大きくなっていき、ついには伏木分室の建物を越えた。

 私が高所恐怖症だったら、悲鳴を上げて卒倒していただろう。

 それでもまだ巨大化は止まらず、赤い雲との距離はどんどんと詰められていく。


「みぃぃぃぃ」


 普通の鳴き声ですら咆哮に聞こえるほど巨大化したみぃちゃんが雲に向かってひと鳴きする。

 赤い雲の方も私たちの存在に気付いたようで、両者の距離があっという間に縮まっていった。


 ――今このタイミングでやるしかない。


 私は覚悟を決め、思い切り振りかぶった。


 ――体育のボール投げは苦手だったけど、どうか届いてください!


 願いが届いたのか、丸い石は赤い雲目掛けてまっすぐに飛んでいく。

 その軌道は光の矢のようにキラキラと輝いて見えた。


 雲が逃げようと進路を変えても、石はそれをしっかり追尾している。

 そして、間もなく石は雲に接触し、周囲に光が弾けた。


「みぃ!」


 みぃちゃんは満足げに鳴くと、元のサイズに戻っていく。

 その感覚で「あぁ、終わったんだな」と理解した。


「こーづかさんヤバいっス」

「まさか本当に当てちゃうとはね」

「お疲れさまでした!」


 みんなの笑顔に迎えられ、数分ぶりに私は地面に降り立った。


「……あれ? 木井さんは?」


 辺りをきょろきょろ見回すと、木井さんは車に上半身だけを突っ込んでうなだれている所だった。


「あと一分……、あと一分待ってくれれば……」


 うなだれる木井さんの手元にはカメラ。

 どうやら私が赤い雲を退治するところを動画に収めようとしていたようだ。


「ごめんなさい、全然気づかなくて」


 口では謝ってみたけれど、内心はホッとしていた。

 あんな場面が動画で拡散されたら、私が超強力な霊能力者だと勘違いされそうだもん。




【怪奇レポート016.パラパラと降る赤い雨


 概要:伏木分室周辺地域にて、赤い雨が降っているのが観測された。上空にはその雨の発生源とみられる赤い雲が浮かんでいた。


 対応:高所より雲に接近し、魔除けの石を投擲(とうてき)。魔除けの石が命中した雲は消滅し、赤い雨は止んだため本件は解決したものとする。】

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