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こちら、キッカイ町立図書館フシギ分室・怪奇現象対策課! ~キッカイ町の奇怪な事件簿〜  作者: 牧田紗矢乃
百鬼夜行の最後尾

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第49話 怪奇レポート012.タイムカプセルから腕・壱

 いつもの時刻、いつものように出勤しようと玄関を出た私は、驚きで腰を抜かしそうになった。


「き、木井(きい)さん!?」

「おはようございます」


 満面の笑みで私を迎えたのは、隣の部屋の住人の木井さんだった。

 その右手にはケムリを立ち昇らせる線香があり、足元には灰が積もっている。


 この灰の量、一本や二本じゃ済まなさそうだ。

 木井さんが線香の愛煙家だというのは重々承知だったけれど、どうして私の部屋の玄関先で?

 私が尋ねるよりも先に、木井さんが口を開いた。


「今日は伏木(ふしぎ)分室にお邪魔する予定でして。どうせなら香塚(こうづか)さんにも一緒に乗ってもらおうかと思ってお待ちしてたんです」

「そう、ですか……。ありがとうございます」


 木井さんの気持ちは嬉しいけど、この前のドッペルゲンガー騒ぎのせいで何となく信用ができなくなってるんだよなぁ。

 あの時のドッペルゲンガーは宮松(みやまつ)くんが退治してくれたからもう出てこないと思うけど。


「……あ! そうですよね。部屋の前で待たれてたらストーカーとか疑われちゃいますよね」


 一人で呟いて落ち込んだ様子になる木井さん。

 たしかに。

 普通の人がそこにいたならそっちの方向に考えが行くかもしれない。

 でも、木井さんがいたら「木井さんだし、そういうこともあるかー」って思ってしまう私がいます。ごめんなさい。


「ところで、今日って取材の予定でしたっけ? 昨日は何も言われなかったんですけど」


 とっさに話題をずらすと、木井さんは車の後部座席を指さした。


「これを伏木分室の皆さんに見ていただきたくて」

「なんですか、これ?」


 そこにはレジャーシートが敷かれ、土がついた円筒形の物体が横たえられている。

 長さはだいたい一メートルくらいだろうか。

 後部座席はその物体でほとんど占領されていた。


「タイムカプセルです」

「タイムカプセル?」

「うちの常連さんでキッカイ町立第五中学校のOBの方がいるんですけど、その方が持ってきてくれたんです」


 キッカイ町立第五中学校――。

 この前不思議な学級通信を持ってきてくれた(けい)くんが通っているのと同じ学校だ。

 これは、ただの偶然だろうか。


伏木分室(うち)に持ってくるっていうことは、普通のタイムカプセルじゃないんですよね?」


 私が尋ねると、木井さんはコクコクと頷いた。


「さすが香塚さん。話が早くて助かります」


 褒めてもらえて嬉しい反面、伏木分室の仕事に順応してきている自分にちょっとショックを受けた。

 でも、大丈夫。

 今年度中にキッカイ町の怪奇現象を収めて、来年度からは本物の図書館で働かせてもらうんだから!


 ……と意気込んだのはいいものの。

 正直、このペースで発生している怪異がたった一年で収まる気がしません。

 

「……で、このタイムカプセルにはどんないわくが?」

「詳しいことは伏木分室の皆さんが揃ってからお話ししますね」


 木井さんはそう言って運転席に乗り込む。

 それはそうか。

 ここで私に説明して、伏木分室に着いてからまた説明してだと二度手間になるもんね。


 後部座席をタイムカプセルに占領されたため、奥さんに心の中で謝りながら助手席に座った。

 車はゆっくりと走り出し、いつもはおしゃべりでおっちょこちょいな木井さんがまっすぐ前を見て静かに運転をしている。

 その光景はどこか非日常的で、木井さんって黙って真面目な顔をしていたらイケメンなんだなぁと感心してしまった。


 それと同時に木井さんドッペルゲンガー説もにわかに真実味を帯びてくる。

 私は少し緊張しながら自分の手に視線を落とした。


 宮松くんにもらったグローブは、いつの間にか私の肌と同化したらしく見えなくなっていた。

 ただ、たしかにそこにある感覚は残っている。

 万が一木井さんじゃなくて怪異だった時も、これがあるなら対抗できるから大丈夫。

 なんて考えている間に車は伏木分室に到着した。


「香塚さん、すみません。ひとつお願いがあるんです」


 深刻な顔をした木井さんの「お願い」を聞き、私は待ち伏せされていた本当の理由を知った。




「こーづかさん、どうしたっスか? 顔が真っ赤っスよ」


 真藤(しんどう)くんが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 けど、ごめん。

 今はそれに答えている余裕がないんだ。


「いやー、本当に申し訳ない。僕一人じゃ重くて運べなくて」

「い、いえ。いいんです……、いつも、お世話になって、ますから……」


 途切れ途切れになりながら、どうにか声を絞り出す。

 そして、足元に転がる忌々しい鉄の塊に目を向けた。


 こういうのって重厚そうな見た目に反して軽かったり、そうじゃないなら運搬用に車輪がついていたりするものだとばかり思っていた。

 まさか大人が二人がかりでやっと持ち上げられるぐらいの重量で、持ち上げる以外にそれを運ぶ手段がないだなんて……。


「これ、タイムカプセルですよね。ワタシ実物は初めて見ました」


 結城(ゆうき)ちゃんが興味津々といった様子で近付いてくる。


「へー。タイムカプセルってこんな感じなんスね。ここに持ってきたってことはアレっスか? 中に死体が入ってると……か」


 不穏なことを言いながらタイムカプセルを叩いたり留め金のようなものを触っていた真藤くんの動きが止まった。

 タイムカプセルに目を向けると、閉ざされていた口が開いている。


 そして、その隙間から力の抜けた左手がだらりと飛び出していた。

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