第43話 怪奇レポート010.公園、遂に立入禁止!弐
ますたぁきいから戻った私が自分の見たものを説明している間、公園にいたみんなは怪訝な表情を浮かべていた。
そりゃあそうだ。
私だってこんな突飛な話を聞かされたら同じ反応をするだろうし。
「それで、店にいた僕はちゃんとしてましたか?」
「ちゃんと……?」
「ええ。あの、僕って抜けてるところがあるので。BGMはちゃんと掛けてるかな、とかちゃんと買い出し行った後に店を開けてるかなとか心配で」
ドッペルゲンガーが店をやっていることには驚かず、逆に心配する辺りが木井さんらしいといえばらしいのかな。
なんて話をしている間に、じわじわと気温が上がってきた。
間もなく梅雨を迎えようというこの季節、空気は湿気を孕んでいる。
そのせいか、日の当たる所に立っているとじんわりと汗がにじんできた。
いざとなれば冷房のある屋内に逃げられる私たちはいいけれど、これから先、持久戦になった時は逃げ場のない木井さんのことが心配だ。
「そういえば、公園の水って飲めるんですかね?」
結城ちゃんが首をかしげながら呟く。
言われてみれば、最近の公園って衛生管理のためとか何かと理由をつけて水道が使えなくなっているイメージがあった。
木井さんに確かめてもらうと、蛇口を全開にしても水は一滴も出てこなかった。
トイレの方は水が出るようだけれど、飲み水にしたいとは思えない。
これはまずい。
誰も口には出さなかったけれど、全員がそう思っているのは明白だった。
「小津骨さん、どうしましょう」
「うぅん……、参ったわね」
今回ばかりはさすがの小津骨さんでもいい案が浮かばないらしく、足元を見つめたまま口を閉ざしてしまった。
「こんな風に公園が封鎖されている場所って他にもありましたよね」
「他にもあるどころじゃないっス。キッカイ町の公園の半分以上が封鎖されてるらしいっス!」
言いながら真藤くんが見せてくれたのは、ネットニュースの記事だった。
【いったい誰が? 相次ぐ公園の封鎖】
そう題された記事には、六月の頭からキッカイ町の至るところで公園の封鎖が相次いでいることと町役場に問い合わせても現在調査中ですとの返答しか得られなかったことが書かれていた。
全国的に子供の声が騒音として苦情の対象になっていることやボール遊び等が禁止されるようになってきたことと、相次ぐ公園の封鎖。これらには何か関連があるのだろうか、という文章で記事は結ばれている。
「これ、犯人は人間なんでしょうか」
記事に目を通した結城ちゃんがぽつりと漏らす。
彼女が言わんとすることは私にもよくわかった。
「わからないわ。犯人は何の目的で公園を封鎖しているのか。封鎖することで得られる利益があるのか……。何もわからない」
「公園での騒音や器物破損のような苦情があったなら理解できなくもないんですが。香塚先輩が町役場にいた時はどうでした?」
「うーん、私が知る限りはなかったかなぁ」
女三人で話し込んでいると、肩をツンツンと突かれた。
一人放置されていた真藤くんだ。
「こーづかさん、あれって普通っスか?」
真藤くんが指さす先。
そこにはベンチに腰掛けた木井さんがいた。
何か持って食べているようだ。
「マヨネーズ直食いしてるっス」
「へ!?」
本当だ。
赤いキャップのついた容器を咥え、中の乳白色の液体をちゅーちゅー吸っている。
木井さんのことは常々不思議な人だと思っていたけれどまさかここまでとは。
「山で遭難した人が持っていたマヨネーズを食いつないで生還した、みたいな再現ドラマを見たような気がするから栄養補給にはなってるんだろうけど……」
スマホを車に置き忘れた人がマヨネーズを持っていることがあるんだろうか。
「もしかして、あれが怪異の本体なんじゃないですか?」
木井さんには聞こえないよう押し殺した声で結城ちゃんが囁く。
ますたぁきいにいた方が偽物だと思い込んでいたけれど、言われてみればこっちが偽物の可能性もあるのか。
「だとしたら、なんのためにここに姿を現したんスかねぇ」
「私たちをここに足止めするため、とか?」
「それだわ!」
小津骨さんがハッとした顔で叫んだ。
突然の大声に耳がキーンとする。
「ここはおとりで本命がどこかにいるのよ」
「どこかってどこっスか」
「そんなの知らないわ。でも、わたしたちがここに留まり続ければ相手の思う壺よ」
とにかく伏木分室に戻りましょう、という小津骨さんの言葉に促され、私たちは真藤くんが運転する車に乗り込む。
「あれぇ? どこか行っちゃうんですか?」
私たちの動きを目ざとく見つけた木井さんがマヨネーズ片手にこちらへ近付いてきた。
「早く車を出して!」
「わ、わかってるっス。でもエンジンがかからな……」
真藤くんはブレーキペダルを踏みながら、何度もエンジンの始動ボタンを押している。
しかし、車はうんともすんとも言わないようだ。
その時だった。
コン、コン。
窓を叩かれる。
恐る恐るそちらへ顔を向けると、そこには出られないはずの公園から抜け出してきた木井さんが立っていた。
「ねえ、僕を置いていくんですか?」
いつも通りの柔らかな笑顔なのに目だけが笑っていない。
車の中の四人は一斉に悲鳴を上げ、それに呼応するようにエンジンがうなりを上げた。
小津骨さんは瀬田さんからもらった御札を見よう見まねで使って結界を張り、真藤くんは伏木分室に向けて車を全速力で走らせる。
死にものぐるいで伏木分室に逃げ込んだ私たちを待ち構えていたのは、みぃちゃんの唸り声だった。
今朝真藤くんに向けられたような、殺気に満ちた威嚇だ。
シャー、と短い鳴き声が聞こえた瞬間、ぺちっと柔らかい肉球が頬に押し当てられる感覚がした。
ぺち、ぺち、ガリッ。
「痛ぇっス!!」
真藤くんの頬の傷が増えて×印になった。
結城ちゃんや小津骨さんは私と同じように爪を引っ込めた猫パンチで済んだのに……。
みぃちゃん、もしかして真藤くんにホコリと間違えられたことを根に持ってる?
「もしかしてですけど、みぃちゃんは公園にいた木井さんが偽物だって気付いていたから朝からご機嫌ななめだったんですかね?」
「ありえるかもしれないわね。それに、今の一撃でアレとの繋がりを断ち切ってくれたみたいだわ」
小津骨さんが大きく息を吐くと、それまで張られていた結解が解除された。
「そういえば、瀬田さんがみぃちゃんは神様の見習いだ言ってましたもんね。ワタシたちを守ってくれるなんてさすがだなぁ」
結城ちゃんに撫でられて、みいちゃんは得意げだ。
その時、事務所に備え付けられていた固定電話が鳴った。
「はい、お電話ありがとうございます。キッカイ町立図書館伏木分室、怪奇現象対策課の香塚です」
不本意ながら板についてしまったらしく、考えるよりも先に口が動く。
電話の相手は年配の男性だった。
「桂田だ。みえちゃ……ゴホン、小津骨くんと代ってくれ」
キッカイ町役場の桂田部長だった。
部長、小津骨さんのこと「みえちゃん」って呼んでるんだ?
口角が緩みそうになるのをこらえながら、小津骨さんに受話器を渡す。
初めは普通に受け答えをしていた小津骨さんの表情がだんだんと険しくなっていく。
その様子を見て、何やらただ事ではないらしいと察する。
電話を終える頃には若干青ざめていた小津骨さんは、受話器を置くと重い口調で私たちにこう告げた。
「真藤町長が、人質に取られたそうよ」




