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こちら、キッカイ町立図書館フシギ分室・怪奇現象対策課! ~キッカイ町の奇怪な事件簿〜  作者: 牧田紗矢乃
百鬼夜行の最後尾

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第40話 車内の喫煙はほどほどに

 木井(きい)さんは結局、私たちの仕事が終わるまで伏木(ふしぎ)分室に積み上げられた資料を読み漁っていた。

 時々歓声を上げていたから、お好みには合ったようだ。


「では、一日お疲れさまでした」


 挨拶をして帰ろうとしたら、木井さんに引き止められた。


「同じアパートに住んでるんですから乗って行ってください」

「え? それは悪いですよ……」


 木井さんには奥さんがいるんだし、変な勘違いをされたら困る。

 それに、私には通勤用のバス定期があるからどうせなら使った方がお得だし。


「でもほら、あの方たちも一緒に帰ってるじゃないですか」


 そう言って木井さんが指さすのは小津骨(おつほね)さんと真藤(しんどう)くん。

 あの二人は親子なんだけど……説明するにもややこしそうだからなぁ。


「わかりました。今日だけ、甘えさせてもらいます」


 断りの言葉のレパートリーを使い果たした私は観念して、木井さんの車の後部座席に乗り込んだ。


「あれ? 隣じゃなくていいんですか?」

「お隣は奥さまの席ですから」


 車に他人を乗せるだけで嫌がる人もいるんだから、まして助手席なんて絶対無理!

 ……と思っていたら木井さんが悲し気なため息をついた。


「うちの家内もね、いつもなんだかんだと理由をつけてそこの位置に座るんですよ。なんで僕の隣って嫌がられるのかなぁ……」

「えっ!?」


 奥さんの定位置を避けたつもりがまさかのピタリ賞だったなんて。

 とりあえず、暴れる心臓を落ち着かせつつ助手席の後ろから運転席の後ろへ横移動する。

 これで奥さんの定位置からは外れた……はず。


 だけど、奥さんもなんだかんだ言いつつ、少し振り向けば顔が見えるところに座るんだなぁと少しだけ安心した。

 ――と、その時シュッと何かをこするような音がした。


 気になって運転席を覗き込んでみると、木井さんがマッチを擦っている。

 そして、その火を線香に移してマッチは灰皿へ。

 ゆらゆらと立ち昇るケムリを幸せそうに吸い込みながら、木井さんの運転する車は走り出した。


 しばらくして気付いた。

 運転席の後ろ、めちゃくちゃ線香のケムリが流れてくる。

 助手席も白く(もや)がかかって見えるし……。


 隣の席にちらりと視線を向ける。

 助手席の後ろはまだマシな方かな?

 奥さんが毎回この席に座るのって、もしかしてそういうこと?


「あの、ちょっと窓開けてもいいですか?」

「……あ、すみません。暑かったですかね。冷房付けます」


 木井さんのいらぬ気遣いにより、車内の空気が勢いよく後部座席に押し流されてくる。

 むせ込むほど濃い線香の香りの塊が私を包み込んだ。

 思わず咳込むと、木井さんは私の言葉の意図をようやく理解してくれたらしく次々と窓が開いていく。


 ほっとしたのも束の間。

 助手席側のケムリは窓から次々逃げ出していくのに、こちら側のケムリはびくとも動じない。

 ……っていうか、運転席も真っ白でちゃんと前が見えていなさそうなんだけど!


「木井さん! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫って、何がですか?」

「前ですよ! ケムリで見えにくくないですか?」


 木井さんのとぼけた口調に、思わず語気が強くなってしまう。


「ケムリ? 別に気になりませんけど?」


 あっけらかんとして木井さんが言う。

 その時、車内に溜まっていたケムリがゆらりと動いた。


「チッ、気付かれたかァ」


 テレビでたまに聞く加工音声のような低い声がしたかと思うと、窓からケムリの塊がずるりと外へ逃げて行った。

 途端に視界が晴れる。


 えっ? っていうことはあのケムリも怪異??

 キッカイ町、怪異が多すぎて何が怪異で何が自然現象なのかわからなくなってきたかも……。

 全身を包む薄寒さは窓から流れ込んでくる外気のせいだけではない気がした。


「図書館で働くってお話ししていたのに、いざ伏木分室の中を見てみたらあんな感じで……。びっくりされましたよね?」


 ざわつく心をごまかすため、伏木分室のことに話題を移す。

 きっとこんな風に言われても愛想笑いが返ってくるだけなんだろうけど……。

 そんな私の予想を裏切って、木井さんは弾けるような笑顔を私に向けた。


「いやぁ、本当にびっくりですよ! あんなに素敵な職場があるなんて!!」


 引き寄せられるように車がじわじわと対向車線に近付いていく。対向車のトラック運転手が迷惑そうな顔でこちらを見ていた。

 が、興奮冷めやらぬ様子の木井さんはそれに気付いていない様子で車を走らせ続ける。


「僕ね、子供の頃『心霊少年団』っていうシリーズの本が好きだったんですよ。伏木分室にお邪魔した時、あの作品を真っ先に思い出しました!」

「き、木井さん?? とりあえず前見ていただけます??」


 止まることを知らない木井さんの弾丸トークと進行方向の傾き。

 車はついにセンターラインを踏み越えた。

 見ていられなくなった私は、後部座席から身を乗り出してハンドルを左へ回した。


「おっとすみません」

「いえ……、話に夢中になることってありますもんね」


 苦笑いで答えながら、運転中だけは勘弁してくれと心の中で毒を吐く。


「でも――」


 自然とため息のような、大きな息が漏れていた。


「思い出しました。私も好きでしたよ、『心霊少年団』。ああいう風にワクワクできることをして過ごしたいなって思ってたはずなのに、大人になる途中で忘れてました」


 伏木分室の仕事は意味不明でとんでもないことばかりだけど、あの頃心を躍らせていた世界にとても近いところにある気がする。

 もちろん、本当の図書館で働くのが一番の目標。だけど、伏木分室も案外悪くないのかも。


「そうだ、香塚さんは覚えてますか? 『心霊少年団』のみんながやってた九字切り!」

「わぁ、懐かしい! ありましたねぇ。私頑張って真似してましたよ」


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」。

 唱えながら記憶を頼りに印を結ぶ。

 途中から木井さんもハンドルから手を放して九字切りに参加してきそうになったので、慌てて運転に戻ってもらった。


 そして、ようやくキッカハイツが見えてきた。

 木井さんの運転にはドキドキハラハラさせられたけれど、久しぶりに童心に帰って思い切り笑えたような気がする。

 車は202号室の駐車スペースにするりと収まり、エンジンが止まる。


「今日はありがとうございました。家まで送っていただいて……」

「いえいえ。実はね、僕、もうすぐ離婚するかもしれないんです。それで帰るのが憂鬱だったんですけど、香塚さんが一緒にいてくれたおかげで見ての通り元気になりました」


 ニコッと笑って見せた木井さんの爆弾発言に、私は返す言葉を失って口をパクパクさせてしまった。

 り、離婚?? 離婚って言いました???

 聞き返す勇気のない私は、今日一番の動悸に襲われながら自分の家に戻ったのだった。

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