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こちら、キッカイ町立図書館フシギ分室・怪奇現象対策課! ~キッカイ町の奇怪な事件簿〜  作者: 牧田紗矢乃
百鬼夜行の最後尾

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第26話 怪奇レポート007.本を開くたびずれる栞 壱

 気が付くと私は大きなお屋敷の前にいた。

 後ろには立派な門があり、広い庭もある大きな洋館だ。

 どこからともなく甘いような不思議な香りが漂ってくる。


「すみませーん、どなたかいませんかー?」


 呼びかけながらドアを押すと、鍵は開いていたようですんなりと大きな扉が開いた。


「いらっしゃいませ。ようこそ、夢の図書館へ」


 ドレスの脇をつまんで、ちょこりと会釈をする十代前半と思われる少女。

 リボンが蝶の翅のようにふわりと揺れた。


「わたくしはリーリエ。この図書館の司書をしております」

「あ、こ、香塚(こうづか)です」


 リーリエと名乗ったのはいわゆるゴスロリのような恰好をした、十代前半くらいの少女だ。

 透き通るように白い肌と黒いドレスのコントラストと、人形のように整った顔立ちに目が釘付けになる。


 少女は胸の辺りまで伸びた黒髪をハーフアップにして、髪色と同じドレスを身に着けている。

 ドレスの裾や袖口のレースは何段にも重ねられ、まるで花のよう。

 頭上のリボンはその香りに誘われて舞い降りた蝶のようだ。


「リリ? 誰か来たのかい?」


 声がした方を見ると、ひとりの青年がこちらへ向かってくるところだった。

 黒いスーツベストを着た赤茶色の髪の青年。

 その顔にはまだ幼さが残っている。


「すい」


 リーリエちゃんは青年の方へとことこと駆け寄っていき小声で何かを伝えている。


「香塚様、ようこそ夢の図書館へ。本館の管理人をしています。芙蓉(ふよう)(すい)と申します」

「フヨウさん……?」


 なかなか聞かない珍しい名前だ。


「蓮の花の別名だそうですよ。あ、呼びづらければ睡で構いません」


 柔らかに微笑みながら教えてくれた睡さんは私を屋敷の中へと案内してくれる。


「わぁぁぁぁぁ……」


 屋敷の中に入った私は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 三階まで吹き抜けになった大きな部屋の壁全体を埋め尽くす本棚。

 部屋の中央には大きなテーブルが並び、そこに本を広げて読み入っている人の姿もある。


「ここにある本はすべて、人間が見た夢の記録です。

 たとえば、香塚さんのですと……」


 言うなり、リーリエちゃんは床を蹴って飛び上がる。

 まるで無重力空間にいるように体が浮かび上がると、そのまま本棚の方へ飛んで行ってしまった。


 呆然とその様子を見つめていた私の元へリーリエちゃんが一冊の本を手にして帰ってくる。

 淡い緑色のハードカバー本だ。


「これですね。香塚(たえ)さん。あなたの本です」


 手渡された本の表紙には、たしかに私の名前と生年月日が刻まれていた。


「どうして……」


 まだ上の名前しか伝えていないはずなのに。


 ――そっか。これは夢なんだ。

 本を見てるうちに寝落ちしちゃったからこんな夢を……。

 それじゃ、遠慮なく。


 適当なページを開いて目を落とす。

 そこに書かれていたのは、見覚えのある悪夢だった。


 夜道を歩いている最中、殺意を持った誰かにつけられていることに気付き逃げ出すと、いつの間にかショッピングモールにいた。

 そこですれ違った人に助けを求めたが、その人たちまで追跡者となり、どうにか辿り着いた自宅の前でついに捕えられてしまって悲鳴を上げながら飛び起きる。


 夢ならではのちぐはぐさはそのままに、精密に書き起こされた文章は思わず読み入ってしまった。


「この夢……、知ってる! 見たのはだいぶ前だけど起きた時にもすごく記憶に残ってて……」

「ええ。これは香塚さんがご覧になった夢の記録ですもの」


 リーリエちゃんは当然のように言うけれど、私はまだ半信半疑だった。

 そこで、また違うページを開いてみる。


 銀行のATM用の列に並んでいると、隣にUが並んでいるのを発見した。懐かしく思って声を掛けたところ、意気投合。

 ATMの列を抜け出してデートに行くことになる。

 これからどこへ行くかや最近何をしていたのかなど雑談をしている時に雷が鳴り、覚醒。


 ――U。

 私が中学生の時に片思いしていた男子の名前だ。

 けど、Uの夢を見たことなんて……。


「……思い出した! つい最近じゃなかったかな。うちのすぐ近くに雷が落ちたから音と振動で起きちゃった時のだ! もう一回寝れば続きが見れるんじゃないかと思ったけどダメだったんだよね……」

「ご希望でしたら続きをご覧になることもできますよ」


 睡さんは甘い言葉で私を誘う。


 Uのことなんてあの夢がなかったら思い出さなかったし、今だって連絡する手段がないような薄い関係の相手だ。

 そんな人が急に夢に出てきたから何日かは気になってしまったけど、それもいつの間にか消えてしまった。


「あの夢は別にいいかなぁ……」


 きっと続きを見ても他愛のない話をするだけだろうし。

 それならもっと楽しい夢の続きとかがいいな。


「あちらの席で他のページを読み返していただいても構いませんし、どなたか夢を覗いてみたい方がいらっしゃればお探しすることもできます。何なりとお申し付けください」

他人(ひと)の夢を……?」

「ええ。可能でございますよ。身近な方でも、著名人でも」


 それはちょっと気になるかも。


「いかがなさいますか?」

「すい、駄目よ。もう朝日が昇る時間だわ」


 リーリエちゃんが睡さんの袖を引く。

 彼女の言葉に視線を外へ向けてみると、本当に空が白み始めていた。


「香塚さん、今日は来てくれてありがとうございます。もしよろしかったら毎日でも来ていただけるとここの本たちも喜びますわ。

 あの本はここへ来るための案内状だから、大切にして……」


 リーリエちゃんが言い終えるよりも早く、不思議な夢の図書館は朝日に溶けるように消えてしまった。

 私はしばらくの間、自分の本を抱えたまま淡い光が漂う空間に揺られて漂っていた。




「うう……体痛っ」


 光に満ち溢れた空間から目を覚ますと、私はテーブルの上に本を開いたままそこに突っ伏して寝ていたことに気が付いた。


「いけない!」


 人から借りた本を汚してしまったら大変だ。

 何も起きていないことを祈りながら、確認のため私はページをめくった。


「あれ? 何か書いてある?」


 昨日見た時は白紙だったはずのこの本にびっしりと文字が並んでいるではないか。

 近付いて中身に目を通してみると、書いてあるのはどうやら私の夢の話らしい。

 ……ということはあれはただの夢じゃなかったのだろうか。


「もしかして、あの図書館から出る時に持ってきちゃったから!?」


 しばらく考えてみたけれど、他に思い当たることはない。

 いや、でも、まさかね……?


 昨日、二ヶ月ぶりに足を運んだ図書館で再会を果たした読書仲間で司書の山本さんが教えてくれた不思議な本。

 見た目は重厚なハードカバー本で、表紙は革張りというあまり見ない装丁になっている。

 たった一ページ、【夢のいざない】という一文と女の子の絵が描かれているだけで他は全て白紙という変わった本だ。


 彼女が言うには、この本についている紐状の栞――いわゆるスピン――がいつの間にか女の子の絵が描かれているページにずれてしまう本らしい。

 その話を聞いた時は半信半疑だったけれど、栞がずれる以上に不思議なことが起きたではないか。


「この絵の子、夢に出てきたリーリエちゃんとそっくり……」


 山本さんも私と同じように夢の図書館に行ってリーリエちゃんと会ったというような話をしていたし、リーリエちゃんはこの本が夢の図書館への案内状になるとも言っていた。

 これは伏木(ふしぎ)分室のみんなも興味を持ってくれるんじゃないかな。


「っ! てかこれを見せたら私の夢の中身を見られるってことじゃん!」


 これは絶対に持っていってみんなに見せなきゃ! とワクワクしていた気分は一気に消え去り、どうすればこの本に刻まれた文字を消せるのかという方向に思考がシフトした。


 パッと思いついた方法は二つ。

 夢の図書館へ借りてきた本を返すか、あそこの司書だと名乗ったリーリエちゃんに消してもらうか。

 どちらにせよ、あの図書館へ行くことが必須条件にはなりそうだ。


「ってことでこの本はお留守番かな」


 私は読みかけだったページにスピンを挟み、閉じた本はテーブルの隅に置いて朝食の準備へ向かった。

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