第8話 キ、キタ────!!
「では約束通り、ここからは俺がやろう」
そう言うや、ドルーオは左腰の鞘から、鈍色の得物を抜き放った。
恐らくショートスピアの類だろう。短い柄の先に、細長い円錐形の刀身が伸びている。
そして、その表面に巻き付くように浮き出ているのは、長い蛇の刻印だ。
なんかネジみたいだ。
そんなことを考えた矢先、ドルーオが小さく呟いた。
「──瘴毒蛇牙、解放」
瞬間、蛇の刻印が不気味に輝いた。
ズッ、と重く低い音と共に、漆黒の光を放つ。
言いようの知れないプレッシャーを感じ、オレは反射的に後退さった。
「……へぇ、懐かしいな……」
「え、天の声なんか言った? 聞いてなかったわ」
「ん? 何も言ってないよ。それより、初めて目の当たりにした魔剣はどう?」
魔剣──その定義こそ様々だが、ファンタジー系フィクションには必ずと言っていいほど登場する、最強クラスの武器。
その単語に、オレの中二心がくすぐられる。
「あのネジっぽい槍が魔剣……で、この世界での魔剣の定義って何?」
「骨とか爪とか、魔獣の体の一部を素材に作られた武具の総称。素の魔獣の能力を継いでるんだよ」
天の声の説明を受け、改めてドルーオの手元を注視する。
刀身の蛇の刻印を見て、素材となった魔獣を推測する。
「あの魔剣の元になったのは、蛇の魔獣ってこと?」
「そう。一滴であらゆる生命を瞬時に蝕む猛毒をもつ蛇の魔獣《瘴蛇デビリティ》の牙を素材に作られたのが、あの《魔剣デビリティ》ってわけ」
「なんだその蛇コッワ」
そのとき、魔獣──《視鷹サーヴェイ》が飛び出した。
凄まじい勢いでオレに向かって突っ込んでくる。
「なんか来たなんか来たなんか来たぁぁ!?」
慌てて逃げようとするオレとサーヴェイの間に、ドルーオが素早く割って入った。
目の前で振り回される鉤爪。その軌道にそっと魔剣を添える。
次の瞬間、ドルーオの右手が閃いた。
そうオレが認識するのと、魔獣が崩折れるのは同時だった。
魔獣の攻撃を受け流すのとほぼ同時に、黒いオーラを纏った短槍で魔獣の足を貫く。素人目にも鮮やかなカウンターだ。
甲高い断末魔を響かせ、魔獣は力なく地に倒れ伏した。
「有毒武器の射程内には入らない、基本だぞ」
サーヴェイに向けてかオレに向けてかは分からないが、ドルーオが言った。
涼しい顔で得物を鞘に納める姿には、圧倒的な余裕が見て取れる。
さすがは元魔王。仲間になった途端に弱くなるの法則は作用しなかったらしい。
「そっちも安心するといい、もう大丈夫だ」
そう言ったドルーオの視線を追うと、1人の少女が座り込んでいた。
オレたちがここに来るきっかけとなった悲鳴の主だ。襲われていた緊張が解け、力が抜けたのだろう。
大人しそうな少女だ。年齢は15歳くらいか。
緑のセミロングヘアに、若葉を模した銀色の髪留めが目を惹く。
白めの肌と控えめそうな雰囲気は、優等生な文学少女キャラに通ずるものがある。
「あのっ、助けていただいて、ありがとうございます!」
頭を下げる少女に、ドルーオは「気にしなくていい」と前置きしてから訊ねた。
「しかし、こんなところで何をしていたんだ? 見たところ、単独で戦闘ができる人間とも思えんが」
隣でオレや天の声も頷く。
少女を軽く観察したが、左腰のナイフ以外に、武器らしいものは見当たらない。
それ以外の少女の装備品は、やや大ぶりなベルトポーチくらいだ。
間違いなく単独で直接戦闘するタイプではない。
ドルーオも同じことを思ったがゆえの問いだろう。
「用事を済ませて、村に帰るところだったんです。その途中で魔獣に襲われて……サポーターのわたしじゃ、逃げることしかできなくて……」
少女の説明に、知らないワードが出てきた。
「サポーターってなんぞ?」
「薬草とか毒草から、薬とか毒とか罠とか色々作る冒険者。パーティーの生命線だね」
「マジか」
少し驚いた。
回復や治療は光魔法でしかできず、そしてそれは聖族にしか使えない。
人族が回復・治療をするには薬を使うしかない。
ならば、その薬を作り用意する役割は文字通りの生命線だ。
ある意味、直接戦闘する冒険者よりも重要度が高いだろう。
そんなポジションにこの若さで就いているとは、恐らくこの少女は相当に優秀だ。
あと全然文学少女じゃなかった、めっちゃ理系だった。
「サポーターが1人で用事? 仲間はいないのか?」
投げられた質問に、少女は言葉に迷ったようで、少し俯いた。
数秒後、視線を下に向けたまま、呟くように答える。
「……実はわたし……1月前に勇者パーティーを追放されたばかりで、都市から帰る途中だったんです。それで、一緒に帰ってくれる人もいなくて……」
……なぬ?
勇者パーティーを追放されたばかり、だと?
聞き捨てならない。
「なっ、なんでっ!? なんで追放されたの!?」
「いや、デリカシーなさすぎでしょ」
天の声にツッコまれるが、幸い少女はオレの勢いに驚いただけで、ドン引きする素振りは見せなかった。
「ふぇっ!? え、えっと、その……『僕の輝かしいキャリアを汚したお荷物』って言われて……」
キ、キタ────!!
全身の細胞が瞬時に活性化するような興奮を感じた。
相当に優秀、どころではない。
この少女は間違いなく、超が付く実力者だ。
(つづく)