第31話 荒れ狂う風雷(前編)
オレのツッコミを受け、リフレとレラは再び脱衣所で服を交換した。
マフラーを巻き直しながら戻ってきたレラに、ナッシュが「おいガキィ」と声を投げかけた。
「だったら明日ァ、俺と軽くタイマン張ってみろやァ」
「は!?」
「えっ!?」
オレとリフレが、同時に声を上げた。
天の声とクトも目を丸くしているが、オレ達全員の驚きは同じ理由だろう。
ナッシュの性格からして、子供の挑発と鼻で笑って流すと思っていたからだ。
ただでさえ予定が遅れているこの状況で、わざわざ子供の戯言に係う理由はない。
なぜかドルーオだけが、何も言わずに訳知顔だ。
「待ってくださいナッシュさん! レッ君はまだ11歳ですよ!? そんな子供と勝負だなんて……!!」
「子供に煽られた程度でムキになんなって、大人げないって!」
「テメェのその発言が一番煽ってんだよォ、ぶっ飛ばすぞォ!!」
リフレと共に口を挟んだオレに怒鳴ると、ナッシュはレラに向き直った。
子供に向けるものとは思えないほど、厳しい眼差しだった。
「あんだけデカい口叩いた以上ゥ、相応の覚悟はしとけよォ」
その言葉に、レラも好戦的な笑みを返した。
◇
翌日、オレ達勇者パーティーとレラは早朝に街を出た。
少し張り詰めた空気が漂っているが、それが昨晩のナッシュとレラの衝突ゆえなのは、言うまでもない。
歩き続けて1時間ほど経っただろうか。
街からも離れ、歩いたことでナッシュもレラも体が温まった。
「おいィ、覚悟はできてんだろうなァ?」
変わらず鋭い目を向けるディサナに、レラもやはり変わらず笑みを向けた。
「うん、行けるよ」
朝の草原、天気は快晴。地上にも空にも遮るものはない。
そんな中、10メートルほどの距離をとって向かい合うと、2人は同時に得物に手をかけた。
ナッシュは背中の大剣──魔剣ストリークを抜くと、片手で斬り払った。
ブンッ!! と重くも鋭い音が鳴る。
11歳の子供とのタイマンで魔剣を使うとか、どこまで本気なんだよ。
対してレラも、右手を左肩に伸ばし、得物を抜き放っ……ん?
レラが逆手に握っているのは、細身の片刃剣だ。
40センチ程度の刀身は黒に近いダークグレーで、青緑色のラインが走っている。どこかで見たカラーリング。
うん、剣のはずだけど、あれって……
「……デッカい鳥の羽?」
天の声の呟き通り、レラが持つ剣は、猛禽の翼から初列風切羽を1本引き抜いたような形状なのだ。
剣と言われても、あの見た目じゃ少し戸惑う。
訝るように視線を向けるナッシュやオレ達の前で、レラはパーカーのフードを被った。
「レッ君、集中する時はフードを被るんです。あぁなったら、もう止まらないです……」
リフレが胸の前で握る両手が、わずかに震えている。
11歳の少年が、魔剣使いの勇者とタイマンで勝負するんだ。心配なんてもんじゃないだろう。
「いくらナッシュが厳しい性格でも、大口を叩いたからと言って子供をいたぶるとは思えない。あいつもレラに何かを感じたのだろう」
そう言うドルーオを、クトと天の声が見やる。
「何かって?」
「あいつもってことは、ドルーオもその何かっていうのを感じたの?」
その問いに、ドルーオが答えることはなかった。
ちょうどそのとき、ナッシュが飛び出したからだ。
地面を蹴り飛ばし、得物を鋭く振り下ろした。唸りを上げて、大剣が襲いかかる。
ガギィンッ!! という金属音が草原に響いた。
刃がぶつかる音──レラが、ナッシュの上段斬りをガードしたのだ。
刀身を左手で支えて、攻撃をブロックしている。
「あァ……?」
鍔迫り合いの状態で、ナッシュが声を漏らした。
オレとクトの口からも、驚きの声が出る。
「嘘ぉ!?」
「すげぇ、止めた!」
声こそ出ていないが、リフレと天の声の顔も驚愕で満たされていた。
そりゃそうだ。大剣の一撃を、細腕の子供が受け止めたんだから。
「なるほど、やるな……」
ドルーオが小さく唸った。
説明を求めてオレ達が視線を向けると、元魔王は鍔迫り合う2人を見ながら言った。
「基本的に刀剣は、振り回される刀身の先端に最も速度と威力が乗る。言い換えれば鍔元──つまり刀身の根本には、速度も威力も大して乗らない。だからレラは、ナッシュの踏み込みと同時に自分も前に出て、速度が乗り切っていない振り始めの鍔元を狙ったわけだが……」
そこで句切り、ドルーオは眉を潜めた。
説明は途切れたが、オレにも言いたいことは分かった。
確かに、理屈上はそれで防御できる。
問題は、レラがそれを実現させたことだ。
考えてみれば、そもそもあの防御は縦斬り相手でしか成立しない。
仮にナッシュの攻撃が水平斬りか斜め斬りだったら、それだけで破綻する。
第一、ガードするより躱した方がローリスクで確実だ。
でもレラは、ナッシュの踏み込みと同時──初撃が縦斬りかはまだ判らないタイミングで前に出た。
いくらなんでも、見切りが早すぎる。
「でもさ、あの子が前に出たのって、多分まだ理由あるよね」
天の声がそんなことを言った。
同時に、ナッシュが動いた。
大剣をレラの剣に押し付けたままバックジャンプ。相手の動きを抑えつつ距離をとる。
だがレラは、横にスライドして圧力を流し、再び前に飛び出した。
受け流され、重力に引かれて下に落ちる大剣を、ナッシュはそのまま円を描くようにして振り回した。円運動の勢いを乗せた縦斬りで、再び迎撃する。
パワーだけじゃない、どんな体幹と肩してんだ!?
そんで、それも躱してナッシュの懐に入ったレラもイカれてる。
バトルアニメは何作も観てきたけど、生だと目も意識も追い付かない。
至近距離から飛んでくるレラの攻撃。
それを柄頭で捌くナッシュの舌打ちが聞こえた気がした。
「やっぱり、レラ君が前に出たのって……」
「あぁ、ナッシュの間合いを潰すためだな」
天の声とドルーオが呟くように言った。
バトルアニメの視聴で、戦闘のセオリー自体はオレも理解してる。
接近戦においてリーチは重要だが、長い方が有利ってわけじゃない。
リーチの長い得物は遠くへも重い攻撃ができるが、懐に死角ができやすい。小回りも利かないから、近距離の相手は攻めづらいし、防御にも向かない。
レラの立ち回りは、理に適ってる。
だからこそ解せない。
なんであんな子供が、ここまで出来るんだ?
そう思った矢先、空気に電気が走ったようなプレッシャーを感じた。
ドルーオが小さく瞠目し、リフレ達も鋭く息を呑んだ。
「おい正気か!?」
察して、思わずオレも声を上げた。
あいつ、子供相手に……!?
「──雷閃狼爪、解放」
体の前を薙ぐようにナッシュが腕を振ると、その後を追うように魔剣が並んだ。
魔剣は刀身を分裂させることができるらしい。
そんでその数……8本。
「悪ぃがァ、とっとと終わらすぞォ」
直後、閃光が連続で弾けた。
──青緑、白、紫、オレンジの順で、閃光が弾けた。
「は……?」
そんな掠れた声が、オレの口から出た。
一連の動きが早すぎて、結果しか見えなかった。
レラが《風点》の噴射で後ろに飛びつつ《超駆》を発動。数瞬あとにストリークが放たれ、それを地魔法を纏った片刃剣の横薙ぎが一息に防いだ。
その結果しか見えなかった。
「なんだ今の……!?」
「いやいやいや、おかしいでしょ……!?」
声に出したクトと天の声だけじゃない。オレ達全員、驚きを通り越して唖然としてる。
「悪いけどそれ、じいちゃんから聞いて知ってるよ」
そんなレラの声が聞こえてきた。ナッシュに向けて言ったらしい。
レラはリフレと同じ村で育った。そしてストリークの特性を知っているじいちゃん……まさか。
「レッ君もわたしと同じで、ケアレさんから魔剣ストリークの話を何度となく聞かされてきました。初見とは言え、特性はよく知ってます」
さっきの攻撃で終わらせるつもりだったんだろう。
さすがのナッシュも、驚きを隠せないようだった。
その前で、レラの体を包む白いオーラがスパークした。
「……っ、テメェまさかァ……!」
その言葉が、2ラウンド目開始の合図となった。
(つづく)




