第20話 なんか来た
「あの、少し調理したいので、ついでに少し早いですけど晩ご飯にしませんか?」
不意に、リフレがそんなことを言った。
ナッシュにお説教されて数時間が経過し、そこそこ日が落ちてきた頃。
つい今しがた、地中を泳ぐサメ的な猛獣を倒したところだ。
「あー、生魚このまま持ち歩くわけにはいかねぇもんな」
「はい。今から食べる分は香草焼きにして、残りは燻製にしようとかと」
「やったー! 魚の香草焼きだぁー!」
オレ達が話している間に、ナッシュとドルーオが手早くサメを解体している。
モンスターを狩るゲームの剥ぎ取りって、実際やると大変そうだ。
解体が終わると、サメ肉の前に入れ替わりでリフレが立った。
サメの切り身に切れ込みを入れ、そこに香草を挟んで焼く。
程なくして、香ばしい匂いが漂い始めた。
「はい、できました。熱いうちに食べちゃいましょう」
リフレが串代わりの枝に刺した焼き魚を渡してくれた。
未だジュワジュワと鳴る音が、食欲をかき立てる。
差し出された枝を受け取り、オレ達は焼き立て熱々にかぶりついた。
程よく焦げた皮がパリッと音を立て、ホクホクの身がほぐれる。
熱い脂が唇を伝い、口いっぱいに草の味だけが広がった。
あれぇ────!?
「なんじゃこりゃァ!?」
草原にナッシュの怒声が響いた。
叫びたくなるのも分かる。
なんであのシンプルな調理法で、魚の風味をここまで完全に殺せんだよ。
もはや天才だ。
「す、すみません……」
申し訳なさそうにしつつ、リフレ本人もなぜこの味になったのか不思議そうだ。
ただ、天の声とドルーオだけは違うようで、
「んー、美味しー」
「……うむ、やはり自然界の魚はよく脂が乗っている」
いや、味覚どうなってんだよ。
「テメェは脂の乗りでしか飯の味を評価しねぇのかァ!?」
「いや、あの大草原スープでも美味いって言ってたぞ……」
「……次からは俺が飯作るぞォ」
「うん、頼むわ」
味覚正常組で協定を結ぶと、オレは改めて魚を齧った。
香りはいいのに味は大草原なのが不思議で仕方ない。
軽くため息を吐いた、そのときだった。
「……なんか来んなァ」
「あぁ、それもかなり速い」
魚の大草原焼きから口を離し、ナッシュとドルーオが視線を振った。
さっき通った森の方角だ。
2人共、素早く魔剣の柄に手をかけている。
オレにも風魔力が接近してくるのが感じ取れた。
天の声とリフレも、真剣な表情を向けている。
ふと、視界に青緑色の点が生まれた。
そう意識した数秒後には、それはもうオレの視界から消えていた。
わずかに遅れて風が吹いた。
何かがすぐ近くを、猛スピードで駆け抜けたらしい。
「ちィ……! 雷閃狼爪、解放」
舌打ちして、ナッシュが紫電を纏った大剣を放った。
何かがどれだけ高速でも、雷速で飛翔するストリークには敵わない。
そう思っていたが、ナッシュが顔をしかめた。
「あァ? 手応えがねェ……」
「当たってないということか?」
「あァ」
「少なくとも、魔法ではないのは確かですね」
リフレと天の声が、地面に視線を向けている。
森の方から小さな足跡がずっと続いている。
「ウサギの足跡だね……疾駆兎かな?」
「ストリークをチギれる疾駆兎なんざ聞いたことねぇぞォ」
知らない単語が出てきたから、天の声に訊く。
「疾駆兎って何?」
「青緑色の小さいウサギ。脚力が異常発達してて、嗅覚と聴覚と勘が鋭いから、生存能力が超高いの」
「ふむ……」
発達した脚力とか勘が鋭いとか、それで回避できる代物ではないストリークが躱されている。
確かにおかしい。
もしや、そのウサギも避け専陰キャなのか?
「……あれ?」
ふと、リフレがそんな声を上げた。
不思議そうな顔で、周囲をキョロキョロと見回している。
「どうした?」
「その……魚の香草焼き、あと3本あったはずなんですけど、2本しかなくて……」
「んなもん気にしてる場合かァ、また来んぞォ」
手許にストリークを浮かべ、ナッシュが警戒を促す。
その視線の先を見ると、またしても青緑色の点が見えた。
青緑色のウサギと言ってたのを考えると、あれの正体が疾駆兎の可能性は高い。
少し考え、オレはあの点が通りそうな場所全てに魔法を設置した。
「《風点》!!」
青緑の極小魔法陣が、地雷原のようにびっしり展開された。
数秒後、バシュッ!! と音が鳴った。
オレの《風点》地雷の1つが作動していた。
見上げると、上空に小さな影があった。
頭から伸びる2本の耳。間違いなくウサギ……ん?
「おいィ、あのウサギ服着てんぞォ」
ナッシュが怪訝そうに言った。
打ち上げられたウサギの上半身は、黒いジャケットに包まれている。
まるで人間──
「うぉわああああああ…………!」
上空から声が降ってきた。
「……え、この世界のウサギって服着て喋るの?」
さすがにそこまでファンタジーなことはないだろう。
いや、でも魔法とか魔獣とかがある以上この世界もファンタジーなのであって……待って、ファンタジーがゲシュタルト崩壊する。
天の声やリフレは、困惑して見上げるだけ。
ナッシュとドルーオも、相手の得体が知れず、手を出せないでいる。
オレ達の視線の先で、黒ジャケットウサギは悲鳴を上げながら、くるくると落下してきた。
「うわぁぁああ──っとぉ!」
どうやら悲鳴ではなく歓声だったらしい。
危なげなくスタッと着地すると、ウサギは体を起こした。
着地から立ち上がるまでの一連の動きは、どう見ても人間のそれだった。
……え、この世界のウサギは二足歩行なの?
オレが目を白黒させていると、ウサギは屈託ない笑顔で言った。
「あー、吹っ飛ぶの楽しかった! なぁ、もっかいやってくんない!?」
……うん、ちょっと情報を処理する時間くれ。
(つづく)




