トンネルを抜けるとそこは異世界だった
ペダルを踏み込めば、ぐんと景色が流れていく。新緑に染まる山の木々を横目に流しながら、駆け出しの画家である土屋彩は愛車であるマウンテンバイクを軽快に漕いでいた。
―あ、ちょっと…トイレ行きたいかも
写生にやって来たこの山の休憩所はさっき過ぎた。次にトイレがあるとしたら山を下りきった先のコンビニ辺りだろうか。まあ、まだ余裕もあるし残りの道は舗装された道路をひたすらに下るだけ。
自転車なのでペダルもほぼ漕がなくて大丈夫、ならば間に合うだろうと迷うことなくトンネルに入り突き進む。
―――トンネルを抜けると、そこは雪国ではなく平原だった。
「……はーん?」
何か分かったような声を出してみたが、全く現状が分からない。行きも同じ道を通ってきたはずだが平原などはなかったはずだ。というよりアスファルトの道路はどこにいったのだ、なぜいきなりオフロード、事故しか起こらないぞ。頭の中で考えが飛び交うがぐるぐる回っているだけでなにも現状を説明できそうな考えは飛び出してこない。
慣性で動いていた車体は速度を落とし、彩は一度地面に足を着いた。確かな感覚がある。夢は見ていないらしい。道を間違えたのだろうか?だったら戻れば済む話である。
ハンドルを切り、後続の車に気を付けつつ車体を反転させる。振り返れば遠くに山が見えた。
―…やっぱり夢なのかもしれない、遠近法がおかしい
さて、山がどうしてあんなに遠くまで逃げたのか考察するのは置いておこう。しっかりと現実感はあるが、現実感の強い夢なのかもしれない。いや夢だ。夢ならば自ずと覚めるのだから、日本では珍しいレベルにだだっ広い平原を探索しようではないか。
絵描きとしての好奇心に押されペダルをぐっと踏み込む。舗装などされてはいないが草が生えていない乾いた土の道が一本前後にまっすぐ通っている。
彩はもう一度車体を反転させ、山を背にあてどないサイクリングを始めた。
変わり映えのない景色を堪能すること十数分、とある問題が浮上した。
「トイレ行きたいの、忘れてた…!」
ペダルを漕ぐ度に力が入り、どうしても膀胱の辺りを意識してしまう。道のでこぼこにタイヤが跳ね、サドルが股間を容赦なく叩いてくる。まだ余裕があると思っていた尿意はすぐそこまで迫ってきていた。
夢なのだからご都合主義で尿意など忘れていればよかったものを、妙に現実感しか感じられないこの夢は許してくれなかったらしい。夢の中とはいえ、まだ花も恥じらうはずの20代乙女が道のど真ん中で用を足すわけにはいかない。道をはずれても包み隠すものなど何もない平原のみ。
どうか近くにトイレのある建物を!虫がいても、汚くてもいいから、トイレを!と念じながら、もじもじ内股気味に自転車を漕ぎ進めていると、ぽつりと佇む一軒家が見えた。
夫婦で同タイトル、異世界転移で違う小説を書いてみることにしました。パートナーのアカウントは鼬鼠と申します。遅筆かつ拙い文章ですが、好きな作風を出せるようにがんばります。




