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一 イオリ リニアカーゴ

 何度も何度も読み返したのに、少しも色褪()せず再読したくなる本がある。

 イオリはリニアカーゴの背凭れに身を(ゆだ)ねつつ、一冊の本を読み耽っている。その本の背表紙に美しい金文字で書かれたタイトルは、『火星物語』。火星人たち(マーシャンズ)の間では有名な作品だ。シェイクスピアやセルバンテスなど目ではない。火星人ならば、この話を知らぬものはおるまい。いたとすれば、それはモグリの地球人だ。百年にも及ぶ火星の歴史の中で、聖書よりもコーランよりも売れた最大のベストセラーだ。何億人の火星人が読んだか知れない。

 バージョンも多岐に亘っている。児童向けの抄訳や火星政府が八十年前に地球より独立した際、政府主催で上演された戯曲の種本版もある。絵本だって探せば、幾らでも見付かるだろう。映像作品としても、実写は言うに及ばず、カトゥーンやドラマに幾度なったことか。

 『火星物語』は百年前に火星の大地にて、実際に起こった実話を下敷きにした作者不詳のフィクションだ。人工知性とその生み親が一人の男を巡って鍔競(つばぜ)り合う、恋愛譚。ストーリーの結末部分を鑑みれば、カテゴリーは悲恋となるのだろう。男は人工知性の女に(なび)くことは決してなかったのだ。

 物語の主人公(ヒロイン)のモデルとなった人工知性ユカタは、認知心理学や人工知能研究の分野でもメルクマールとして、(とみ)に有名である。なにせ、一番最初に知性を持ったとされる人工知能なのだから。彼女の登場以降、エキスパートシステム的な存在を人工知能、ユカタの系譜にあるものを人工知性と区別して呼ぶ慣習さえ生まれた。

 彼女は火星と云う大地が生んだ存在である。

 第三次火星地球化計画に於いて、テラフォーミング=デバイスの制御、中枢システムの管理などの為に用いられた人工知性である彼女が、火星の大地で知性体となった所以を探る研究者は多い。しかし、その理由は百年経った今もようとして知れない。雲をも掴む有様だった。

 何故なら、人工知性ユカタには宇宙を隈なく探し尽くしたところで、絶対に出会えない。何処にも存在しないのだから。物語と、それを読み親しんできた火星人の心の中にはいても、彼女のプログラムは火星上のどのシステムにも走ってはいない。研究しようにも、モノがないのだ。彼女のログも同じく何処にもない。

 それでも、火星人たちはユカタに恋慕した。

 テラフォーミング=デバイスの主人であった彼女は間違いなく、火星人たちの母であったからだ。火星がテラフォームされ、人類にとって居住可能な空間に仕上がったのは彼女のお陰だ。

 そこで、マザコン気味の火星人たちは一つの神話を作った。ユカタは今も、火星の何処かで眠っているのだ、と。『火星物語』と同じように人口に膾炙したそれを『眠り姫神話』と()う。眠り姫は所詮、神話に過ぎない。神の物語と云うニュアンスではなく、虚構のストーリーと云う意味で。

『眠り姫神話』は『火星物語』と違い、活字にはならなかったし、ドラマや映画にもなりはしなかった。その代わり、火星で生を授かった人類たちは皆、親から子へ、子から孫へと寝物語として語り、伝えた。

 イオリも幼い頃、寝床で母から聞いたものだった。切なく哀しく、そして惨い話だと思ったものだった。彼女は今もまだ、火星の大地で恋した男のキスを待っている。地球の(ふる)い童話『棘姫』のように。『棘姫』のヒロインは白馬の王子に見初められたが、彼女の王子は百年経った今も姿を見せない。

『火星物語』のラストシーンは、ユカタが愛した男から決別を言い渡されたところで幕を下ろすが、史実では続きがあった。ユカタは人類に反旗を翻した不貞の存在として、筐体ごと破壊され、関連するデータ群は抹消の憂き目に会った。

 彼女はバグを持ったマシンに過ぎず、人間ですら精神錯乱と云うバグを催すことがある。知性体となったマシンが人間と同等にせよ、バグには違いなかった。よって、修正不可能なほどに破損と倒錯に(まみ)れたと判断され、処理された。

 当時の火星はまだ地球人の棲む場所であり、地球人(テラン)の為のテラフォーム途上であり、その判断に間違いはない。十二分に正当性のあることだった。当代の地球人たちは映画『ターミネーター』の世界が現実化するのではないか、と気を揉んだことだろう。

 アメリカ宇宙軍(アストロネイビー)の徹底した計画の下、消去された彼女のプログラムが残っている謂れはない。彼らの仕事は完璧だ。されど、火星で眠り姫の目撃情報が絶えることはない。何年も何十年もの長きに亘り、誰かが見たと言い、また別の誰かは会話を交わしたと語った。挙句、抱擁をし合ったと述べ立てた人物さえいる始末なのだ。

 イオリも眠り姫ユカタの存在を信じてやまない。彼は火星生まれだ。その両親も同じく火星生まれ。火星の空気と大地と食べ物とで育った生粋の火星人であり、他の火星人たち同様、火星人の母たる彼女を慕っている。雛鳥のインプリンティングに近いものだった。殻を突き破って火星の大地を見た瞬間から、眠り姫はそこにいたのだから。

 (とお)のときに買い与えられた『火星物語』は、大人になった今でも大事にしている。後生大切にするだろう。墓場まで持っていく所存である。

 背表紙から表紙にかけて多少黄ばみ、白かったはずの紙は少し煤けているかもしれないが、目立った汚れはない。しかも、電子書籍ではなくハードカバーの印刷本だ。聖書がそうであるように、身に携え、膚に触れることを重視した結果、紙媒体は二十三世紀の今も生きている。

 リニアカーゴががたんと揺れた。駅のホームに停まったようだ。リニアカーゴは走行時は全く揺れないものの、駅に接舷するときだけやたらと振動する。到着の合図がスピーカーから垂れ流されずとも、リニアカーゴに乗り慣れたものなら到着が解る。改良の余地ありだが、とんと改善される気配はない。

 イオリは『火星物語』を閉じ、ズボンの大き目のポケットに捻じ込むと、ザックに荷物を纏めた。食べ差しの弁当は持って行く気もせず、座席に放置した。清掃ロボットが回収してくれるだろう。そして、席から立つ。気を抜けば、小躍りししまいそうだった。これから向かう場所へ早く行きたくて、行きたくて堪らないのだ。

 何でも眠り姫が目撃されたと云うのだ。火星政府の成立八十周年記念により、公務員の彼は長期休暇を貰っていた。その長い休みを利用して、かねてからの念願であるユカタと邂逅するつもりなのである。眠り姫ユカタに一度見(まみ)えんとするのは、火星人たちにとって夢だ。

 リニアカーゴの外はうだるような暑さだった。冷房の利いていた車内とは雲泥の差だ。ホームを覆った庇はあるがレールの上には天井がなかった。無体にも降り注ぐ太陽に歓迎されながら下車する。

 降りてすぐ、「ようこそ第十七区画へ」と書かれたプレートが目に付く。その周辺には、結構な数の人が往来している。多くはイオリと同じように、平日の真昼間(まっぴるま)にも関わらず私服姿だ。スーツ姿の人物はちらほらとしか見受けられない。彼らもまた、眠り姫を拝顔しようと赴いてきたのかもしれない。

 (はや)る気持ちを抑える為、イオリはザックのポケットから携帯通信デバイスを取り出すと、そのディスプレイに視線を注いだ。小さなディスプレイ上に浮かぶのは《落ち着きの象徴》。一見何の意味もないような円と点と線だけで構成される簡素な図形に、眼球を張る。視野が狭まり、目に映る画像のドットが大きくなった。眼窩に植わった生体義眼が情景を拡大しているのだ。

 しばし見詰める。すると如何だろう。

 ――落ち着いた。

 急く気持ちが引き潮のように遠のいていく。《感情記号》の効果は何にも増して抜群だ。必ず図形に宿った通りのコマンドを身体が実行する。

 旧くから人間は文字や音や絵具、あまつさえ枯葉や空き缶まで使い、数々の芸術作品を生んできた。芸術の最終目的は人心の中、その琴線をかき鳴らし、感動を与えることだった。心に対する一種の命令(コマンド)として、だ。けれども、同じ作品を目にしても各人の反応は様々であった。万人の心を揺るがす作品など、天才と称されるクリエイターやアーティストさえ生み出すことが適わなかった。

 それもそのはずだ。外在世界(データベース)からの入力に対する反応には、明瞭な個人差がある。脳のニューロンシステムは過去の経験(インプット)に立脚し、それぞれの脳細胞(ノード)をシナプスで連結してニューラルネットを構築する。実にオーダーメイド的だ。

 しかし、ハードウェア的観点から見れば、共通の構造を持っている。シナプスの間を駆ける神経伝達物質は一緒であるし、受容体にあるイオンチャンネルがカルシウムではなく別のイオン化物質であることもない。何がしかの共通項があるのではないか? と云うアイデアは大昔からあった。クオリアと云う考え方も、それだ。

 そうして百年以上の研究を重ねた結果、誰が見ても全く同じ感慨を(いだ)く記号が開発された。その形姿(かたちすがた)は実に簡素でつまらないものなのだが、そこに宿るコマンドは決定的なのである。プラトンのアイデアにイデア論と云うものがあるが、まさに万人が同じように感じるからには《感情記号》はイデア的と称せるだろう。

 初期は《怒りの気持ち》と云った爬虫類さえ持ち得るとされる原始的な感情のみだったが、現在ではもっと複雑な心境、ましてや、行動指針の有様(ありよう)までコントロールできるようになった。

 気を紛らわせる為に、昔の人間はアルコールを呑んだ。同じように二十三世紀の人間はスピーチに際するときは緊張を失くす為、《落ち着きの象徴》を見、ことに臨むのである。

 尤も毒と薬が表裏一体の関係にあるように、《感情記号》の技術を使えば《自殺願望の象徴》や《他殺願望の象徴》なるものも作ることが可能だ。これは危険なことである。ゆえに、《感情記号》は全て火星政府のライブラリーから参照することが義務付けられ、勝手に新しい記号を作成することもできない。違反した場合も罰則は重く、極刑も覚悟せねばなるまい。

 イオリはプレートを迂回するようにしてホームの階段を降り、ホーム下層の改札へ向かった。駅の改札の構造は地球時代と何も変らない。もしもの事態に備えた駅員が一人詰所におり、無賃乗車を拒んで展開するバーを仕込まれた自動改札が横一列に並んでいる。違う点があるとするならば、切符が存在しないことだろう。全て電子マネーで決済するからだ。

 イオリは電子財布を改札に翳して、駅を出た。

 財布表面に浮かぶ数字は一万五千火星ドル。結構な金額であった。リニアカーゴがハイコストな乗り物なのではない。イオリが長い道のりを経てやってきた証拠だ。地球の規模で換算すればシベリア横断鉄道を端から端まで乗ったときの距離に相当する。

「さて、十七番区画と云うのは聞いているんだが……」

 眠り姫が現れた場所についての詳細は、ネットワークに溢れる情報群を隈なく精査しても見付からなかった。十七番区画と云う漠然とした情報があったのみだ。

 情報の少なさは、ややもするとガセの可能性を示唆した。されど、すぐに判断を下すのは早計である。地元の人間ならば()っているかもしれない。イオリは手近な商店の自動ドアをくぐった。駅構内によくある雑貨屋だ。旅の途中、必要になった小物類の購入の為、()いた小腹を充たす為、客が来る。

「いらっしゃい」と店員が言った。

 イオリは軽く会釈をしてから店員に訊ねた。「この辺りで眠り姫を見たと耳にして――」

 彼が最後まで言葉を発する必要はなかった。店員は心得たもので、笑みを浮かべた。同じ質問を発するものが後を絶たないと見える。「ええ。スクエア市の校外の話でしょう?」

「ああ。そうなのですか。はぁ、それでスクエア市までは?」

「西口からシャトルバスが出てますよ」

「それはどうも」

「いえいえ。暇ですからねぇ」

 売店の店員と云うのは比較的楽な仕事である。服飾店や給仕は一概に楽とは言えないが、雑貨屋の店員なら少なくとも暇を持て余す。何故なら、会計は商品についたタグで行われるからだ。店員がレジで商品を勘定する必要性はない。棚卸しはならば、勝手にロボットがスキャンしてくれる。品出しも同様だ。ならば、如何して店員がいるのかと言えば理由は二つ。

 一つは雇用の確保。火星人約二億人を養うには必要最低限の職種では、到底足りない。一見無駄に見えるもの――例えばケインズの言う公共工事の必要性など――も、全くの無意味ではないのだ。

 もう一つは抑止力。犯罪防止には生身の人間がいることが最も効果をあげるとの報告がある。カラスは案山子を避けると云うが、人間も後ろめたいことをする場合、人間を避けるものらしい。

 手ぶらで店を後にするのも何となく忍びない。イオリはサンドウィッチを一つ買った。客にこのような気持ちを想起させるのも、生身の人間の有無が大きく寄与していそうだ。

 西口のシャトルバス乗り場には長蛇の列ができていた。整列はしておらず、畝々(うねうね)と左右に蛇行している。重そうな旅行鞄やキャリーバッグを携えている人も少なからず見受けられた。あまりの人の多さに、果たして次の便でスクエア市に行けるか不安になった。

 バスは滑り込むようにバス停にやってきた。摩擦係数が緻密に計算されたタイヤはブレーキの音もさせない。スキーでもしているように颯爽としている。

 電子財布を昇降口際(ぎわ)の読み取り機に翳しながら乗り込む。鮨詰め状態とは云え、何とか乗車することは適った。息苦しいが、スクエア市までの半時間の辛抱だ。眠り姫に会えると思えば、何てことのない苦労だった。

 客が全員乗り込んだのを確認すると、運転手が告げた。「発車」

 バスはやおら、自動運転で走り出す。運転手の仕事と云えば、雑貨屋の店員と同じだ。ドライバーシートに座っているのが役目のようなものである。イオリの仕事である行政公務員にしても、書類整理なぞエキスパートシステムに一任すれば済む程度であり、彼らと大差ないのだが。


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