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1.ゲラーシムの謎

 番外編1 ゲラーシムさんの謎


1.幼い少女の証言

「ねえ知ってる? ゲラーシムおじちゃんはね、昔ドラゴンを倒したことがあるんだよ」

「その、どらごんって何ですか?」

「知らないの? すごく大きくて、翼が生えてて、大きな爪と牙があるんだよ。火も吐くの」

「へえ」

「おじちゃんはそいつを剣でグサッと刺して、倒したことがあるんだって」

 (ちょっと怪しいんやないかなあ……だめだめ、アビーさんとゲラーシムさんの言うことを疑ったらあかんて)

 桃は疑念を追い出すように首を振ります。しかし、それは刺さった棘のごとく意識の中に居座り続けるのでした。



2.同居人の証言

「ゲラーシムがドラゴンを倒したのは本当かって? どうせ作り話だろ」

「そんな気はしていました」

「口から出任せを言うのと、話を大きくするのは得意だからな」

「サムさんはそのお話を聞いたことがありますか?」

「さあ、噂は流れていた気がするけど。詳しくは知らないな」



3.酒場の主人の証言

「そりゃもう、ロッジ地区で知らない人はいないってくらい有名な話よ」

「そうだったのですか?」

「私達が小さい頃はね、毎日のように彼の昔話を聞いていたの。今でこそ渋いイケオジって感じだけど、昔は爽やかで強くてかっこよくて、皆の憧れだったんだから。もうゲラーシムの話を聞いて育ったと言っても過言じゃないわよ」

「すごいですね」

「パパ、イケオジってなに?」

 桃達の隣にいるアビーが飛びはねました。

「いけてる素敵なおじさまってこと」

「あいつをどんな目でみたらイケオジに映るんだ……?」

「パパ、いつもこうなの」

 サムとアビーは、やや呆れているみたいです。

「ちなみに、ドラゴンを退治した話が一人歩きしてるけど、本当はもっと色々な冒険をしていたのよ」

「色々な冒険、ですか?」

「ええ。遙か北の山脈に眠る巨大熊を退治したり、ドワーフのいる鉱山から金銀財宝を持ってきたり、人魚に連れられて海の底にある城に連れて行ってもらった話もあったわね。あと、西の海の向こうにある巨人族を倒したこともあるのよ。それから、大陸を渡って南の方には不死鳥って言われる不思議な鳥がいて、一戦交えたとか、世界の果てを見に行ったとか」

「おじさんって、パパが子どもの頃にはブラッドリーに居たんでしょ。そんなにあちこち行けたの?」

「旅芸人が聞かせていそうな話ばかりなんだよなあ」

 アビーが鋭い質問を投げかけ、サムが首を傾げます。

「ゲラーシムならきっとできるわよ。それに、格好良ければ嘘か本当かなんてどうでもいいの」

 目を細めて言う様は、うっとりと遠くを眺めているように見えました。

(多分、本当のことやないんやろうなあ。なら、どうして本当のことのように話すんやろう? ゲラーシムさんはこの街に来る前、何をしてたんかな?)

「ミックとハンナ姉なら本当か嘘か知ってるかな」

「聞いてみましょう!」

 桃とアビーは連れだって店を出ます。

「危ないから勝手にうろつくなよ」

 と呼びかけながら、サムが渋々二人を追いかけました。



4.店で働く青年とパン屋の娘の証言

「あ~あれね。子どもの頃はよく聞いたっけ」

 とミックがパン屋のお嬢さんに目配せします。

「懐かしいね。皆でおじさんのところに集まってたなあ、お菓子をくれるから」

「アビーもたまにお菓子を貰うよ!」

「お菓子を貰えて、お話をしてくれるのですね。羨ましいです」

「そうそう、お菓子なんて滅多に食べられないからさ、もう楽しみでしょうがなかったなあ」

 ハンナが思い出に浸り、笑みを浮かべます。

「で、ドラゴンを倒したのは本当かだって? さあ、ドラゴンとか見たことねえし、あり得なくね?」

「ふーん。じゃあこの前見せてきたドラゴンの牙とやらは偽物だと認めるわけだ」

「いや、あれは本物だから」

「話が違う気がするんですけど?」

「それとこれとは別。ゲラーシムのおっさんがドラゴンを倒したってのは作り話でも、ドラゴンの牙はあるから」

「意味分かんねえ」

 サムとミックがにらみ合ってしまいます。

「まあまあ、二人とも落ち着いて。でも不思議、おじさんが倒したっていうと本当のことのように思えるもん」

「そういや、シムさんが昔何やってたかとか、聞いたことないよな。北の国から来たって噂なら聞いたことあるけど」

 ふとミックが呟きます。

「確かに、この辺りだとあんまり聞かない名前だし、顔とか体つきとかも外国の人って感じだよね」

「そうなんですか?」

「実は、良く分かんない」

 パン屋のお嬢さんがちらりと舌を見せました。

「言われてみれば、どうしてこの国に来たんだろうね。行商人とか巡礼者とかじゃなさそうなのに」

「故郷でやらかしたんじゃねえの?」

 サムが不謹慎なことを呟くと、

「あり得る~!」

 ミックが茶化すような口調で乗っかりました。

「気になるけど、あんまり下手なこと言うと店長さんが怒っちゃうからこれくらいにしとこ」



5.引きこもりの少女の証言

「……聞いたことない」

「そうだったのですか」

(長いこと住んでるって聞いたけど、意外やなあ。リンちゃんは昔から外に出るのが苦手だったんかな)

「もしかしたらあるかもしれない、けど、覚えてなくて……」

「気にしなくて良いですよ。押しかけちゃってすみません」

「役立たずで、ごめん」

「謝らないでください。今度一緒にお薬を作っても良いですか?」

「うん。もうすぐ収穫できるから。……あっ。えっと、エリなら知ってる、かも」

「確かに。ゲラーシムさんとよくお酒を飲んでいます。聞いてみましょう」



6.奔放なエルフの証言

「あ~あるある、聞いたことあるよ。シム坊の鉄板ネタだもん。なんだかんだ、がきんちょの相手をするのが好きだよね。エリはちょっと苦手」

「子どもの方が願い下げだろ」

「サムさん、良くないですよ」

「ねえ、おじちゃんがドラゴンを倒したって本当なの?」

 アビーはエリの服に大量についているひっつき虫を取ってやりました。

「え~、それはないでしょ。ドラゴンって、基本的にあほみたいに体でかいし、空飛ぶし、爪は鋭いし頭も良い。魔力もある。種として繁栄できたかどうかは別にして、ぶっちゃけ地上最強の生物だよ。人間が挑んで勝てる相手じゃない」

「珍しくまともなことを言いやがった」

 サムがぼそっと呟きます。

「エリはいつも真剣そのものだぞ」

「なら、あのおっさんがどこから来たのか知ってる?」

 サムが尋ねると、エリがほんの一瞬顔を曇らせたような気がしました。

「リォートゥ帝国だよね」

「リ……何ですか?」

 聞き慣れない言葉に桃は戸惑います。

「リォートゥ帝国。この前ドラゴンの国に行ったでしょ。そこを更に東に行ったところにある大きな国。めっちゃ寒いんだって」

「お姉ちゃんたち、ドラゴンに会ったの?」

「え、ええ」

「まあ、な」

「良いなあ。アビーも会いたいなあ。ドラゴンって大きかった?」

「はい、大きかったですよ」

「格好良かった?」

「格好良かったですし、可愛かったです」

「面倒くさいことになるから黙ってろ」

 サムが桃の袖を引っ張ります。

「二人だけずるい」

「大きくなったらきっと会いに行けますよ」

 ほっぺたを膨らませるアビーを桃は慌ててなだめました。エリは三人の会話などお構いなしに頭を捻っています。

「言われてみれば、シム坊ってあんまり自分のこと教えてくれないよね。一度考えてみると気になるもんだなあ。よし、本人に聞いちゃえ! 呼んでくるから待ってて~」

「結構です」

 とサムが断ろうとしましたが、そう呼びかけた頃にはもう、走り出してしまったのでした。



7.本人の証言

「俺が本当にドラゴンを倒したかって? 俺が嘘を吐く訳ねえだろ? 若い頃はな、歩けばぴちぴちの姉ちゃんたちが列をなしてついてくる良い男だった訳だが、ある町の聖女様が俺にすがりつきながら言うわけよ『勇者様、町を襲う炎魔竜を倒してください』ってな。それがとっても可愛い子で、断る訳にはいかねえ。俺は荒野に出て、燃えさかる炎に包まれる中ドラゴンと対峙したわけよ。あいつは町の礼拝堂の倍くらいの大きさで、剣よりも長い牙が見えていて、そいつが木の幹のようにでかい足を動かして迫ってきた。熱くて逃げられねえ。ふつうなら踏みつけられるか、鋭い爪で切り裂かれてしまうか、あるいは焼け死ぬところだが、俺は前に向かって走った。逆にその足を踏み台にして、弱点の目元を狙いに行ったんだよ――こんな真に迫った話が作り話だと思うか?」

「おじさん、この前は緑のドラゴンって言ってたよ」

「そりゃあ、何体も倒してるからな」

「…………」

 桃達は何も返せません。

「じゃあ、シム坊は冒険者だったの?」

 エリも興味津々に聞いています。

「まあ、そういうことになるわな」

「他にどんなことしてたの? 拠点のギルドはどこ? 一人で冒険してたの? なんで教えてくれなかったのさ、エリとの仲なのにさあ。飲んだら話してくれる? てか飲も」

 ひっつき虫だらけのエリを前に、後ずさるゲラーシム。

「あ、逃げた。待ってよ~、シム坊がいないと酒場に入れないんだってば~」

「俺が人気者だってことはよく分かったぜ」

 と彼は言い残してエリと追いかけっこを始めてしまいました。



8.礼拝所の人達の証言

「ひっ。ゲラーシムさんが今更何だって? ドラゴンを倒した話を知ってるか? 聞いたことはあるな。割と有名な話だけどよ。え、それは本当だと思うかだって? あの人にかかれば目じゃねえよ」

 久しぶりに読み書きの練習のために礼拝所の勉強会に行った時のこと。ふとゲラーシムについて聖職者の先生に尋ねてみると、近くを通りかかった門番さんが身震いしながら話してくれます。

「あの人はヤバい。喧嘩すると血の海ができるって専らの噂だったぜ。一回あの人が喧嘩しているところを見たけど、これはマズいってなって、流石に逃げちまったな、標的にされる前に。大の男が家2件分吹っ飛んで行くんだぜ? 人間業じゃねえよ。そいつらは俺らのボスが直々に選んだ奴らだったのに、巨人と赤ん坊の戦いを見ているみたいだった」

「そんなつえー奴なの? そのおっさん」

 ライリーという名前の聖職者が机に肘をついて門番に尋ねます。

「おうともよ。名前を聞くだけで寒気がしてきた……。とにかく、ライリー、お前も目をつけられないように気をつけろよ。お嬢さんもな」

(いつもお世話になっとる人なんやけど……)

 怯える門番を前に、とても言えませんでした。



9.ある老人の証言

「ゲラーシムのことが知りたい? また滑稽なことを聞くものだね」

「俺もまさに今、そう思ったところ」

 サムの父親代わりだというジョージに会いに来ている二人。ゲラーシムとの付き合いが長い彼なら何か知っていると目論んでいました。

「アビーちゃん、えっと、酒場の娘さんから、ドラゴンを倒したことがあるという話を聞きました。ミックさんや酒場の店主さんも子どもの時に聞いたことがあると話していました」

「この地区の子どもなら、大概は知っているだろうね。お菓子で釣っては話していたから。独り身を貫いてはいるが、なんだかんだ子ども好きなのだろう。まあ、何人か作っていたかもしれないがね」

 サムが咳払いをします。

「なら、やっぱりほら話な訳?」

「当たり前だろう」

「実のところは何していたんだ?」

「本人には言わないでおくれよ。黙っているということは、隠しているということだから」

「当たり前だ」

「単なる傭兵だよ」

「傭兵?」

 二人は驚きの声を発すると同時に、しっくり来るような気がしました。

「彼の故郷は麦があまり育たない寒冷な場所でね、屈強な若者達を兵士として送る傭兵が主要産業の一つでもあったのさ。もう少し分かりやすく言うと、地元の兵士の代わりに戦うことで、お金を得ていたんだね。家族も養っていただろう。ゲラーシムもそんな若者の一人だった」

「ふうん。じゃあ、ブラッドリーに住み着いた理由は? ここへは仕事で来たのか? どうせ故郷に仕送りなんてしてないだろ」

「していないだろうねえ、当初はともかく、今となっては」

 老人は剃ったばかりのあごひげを撫でました。

「気になるなら、ホワイト氏に聞いてみるかい?」

「良いよ、別に」

「大丈夫。父親と違って穏やかな人だから」

「それは、知ってるけど」

「もしかして、怖いのかい?」

「……別に。何か別の目的があるのかと思っただけ。そんなに大事な話じゃないし」

「疑問を持つのは良い心がけだ。ただ、それを口にするようではいけないね。悟られないように探らなければ」

「はいはい」

「あの……、ホワイトさんってどなたですか?」

「盗賊ギルドのマスターの息子。2番目に偉い人だよ」

 養父から顔を背けたまま、サムがぶっきらぼうに答えました。

 


10.偉い人の昔話

「ジョージさんから話は聞いているよ。まあ、座りなさい」

 二人は杖をついて椅子にもたれかかる中年の男に相対していました。

「ゲラーシムがどうしてこの国にとどまったか、ね。結局のところそれは彼にしか分からないだろう。ただ、一度だけこの街に来た理由を話してくれたことがある。深酒に酔って昔のことを思い出してしまったとね。

 彼は勿論戦いのためにこの国へ来た。おそらく、この街と敵対していた領主が雇った傭兵団の中にいた。しかし、戦いの中で多くの仲間が命を落とし、散り散りになってしまったらしい。領主の拠点からこの街は遠いし、エルフとの戦いもあったから森に入ることもある。部隊に戻る道も分からず、生死をさまよったそうだ。

 ところで、戦いの前、ある兵士からブラッドリーの大礼拝所は見ておくと良いって言われたらしい。満身創痍の中思い出したらしく、死ぬ前に行ってみようと思いながらここに辿り着いたんだね。多分下町で力尽きて、街の人に看病して貰っているうちに住み着いてしまったんだろう。もっとも、彼の強さを買って仲間に引き入れた私達も所為でもあるのだけど。……結局大礼拝所に行ったのかって? さあ、彼が言うには壮麗な聖堂よりも血の気の多いロッジ地区の方が『楽しそうだった』らしいがね」


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