第8話 死神は勉強が出来るのか?
好きになる理由なんて人それぞれだ。
他人の恋愛話をよく聞かされるから、そんな理由で好きになるんだと驚愕することも少なくはない。
かくいう私も、三島くんを好きになったのは小説からだった。
彼が読んでいる小説とか観ているアニメタイトルがことごとく一致したからである。
あの人と話してみたい!
そんなことを考え、彼と話す機会を伺っていると、やがて好きという感情に変わってしまっていた。
芯のある考え方や、周りに振り回されない性格、それに顔も結構タイプだったりして・・//
それと時折り見せる気配りがカッコいい。
と、まあいいところをあげるとキリがないのだが、そんなことを考えているのにもわけがある。
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「やっとLIME交換しちゃった・・。」
私は何度もメッセージアプリのアイコンを眺めて、そう呟く。
そのアイコンは三島くんのもので、デフォルメされた猫が洗濯竿にかけられたユニークで可愛らしいアイコンだ。
私はその画面を見るたびに嬉しさが込み上げてくる。
ベットの上でパタパタと足を動かしながら、その画面を見ていると部屋の扉が勝手に開かれる。
「おねえ、ご飯出来たよーって・・。」
「ひゃあっ!?え、え?」
私は妹の突然の声に手を滑らせ、思わずスマホを宙に投げてしまう。
「ち、ちょっと湊!ノックして入ってきてっていつも言ってるでしょ」
なんとかキャッチして安堵しつつそう言うと、いつのまにか部屋の中にまで入ってきた妹がスマホの画面を覗き込んでいた。
「あ!グダネコじゃん。しかもこれダリのオマージュのやつでしょ?」
「ち、ちょっと勝手に見ないでよ!」
妹は指差しながら、アイコンになっているイラストの説明をした後に、「友達?」と尋ねてくる。
私が平静を装って頷くと、
「好きな人なんでしょ?」
と、確信を突いた一言を放ってくる。
「な、何言ってんの!?違うに決まってるでしょ」
私は赤面しつつ否定をするが、そんな様子を見た妹は苦笑する。
「はいはい。その反応がもう答えだから」
そう言った妹はニヤケ面になる。
「でもおねえってこういうのがタイプなんだー?」
「こういうタイプって?」
「根暗っぽい感じの人?」
妹は取り繕わずにそう言い私は妹の腕を掴む。
「湊ったら!」
私は起き上がり、湊のお腹をくすぐる。
こちょこちょが弱い湊は身をよじって拒むが私はお構いなくくすぐり続ける。
「見知らぬ人に偏見でそんなこと言ったらダメだよ?」
「アハハハッ!ち、ちょっ!やめてよ~、アハハハ!も、もう、湊が悪かったから・・。」
私のくすぐりが終わらない事を悟ったのか、妹はどこで覚えたのか私の腕をタップして降参の合図を出す。
「あのね・・ハア、ハア・・アニメキャラとかそういうわかる人しかわからないアイコン貼ってるのはね、ハア・・。インキャです!」
息を絶え絶えにしつつも自分の主張を続ける妹に私は苦笑する。
「そうだったとして、だから何?」
私の返しに妹はキョトンとする。
「だ、だっておねえは・・。」
「人を格付けしても仕方ないかなって思えてきたんだよね・・。」
私はため息混じりにそう言うと、妹もそれ以上は言い返さないでいた。
「まあ、おねえがいいんだったら湊は別にいいけど・・。」
「理解のある妹で助かったよ」
「うっさいし・・。それよりもご飯だから早く来なよ。せっかく温めた冷奴も冷めちゃうよ?」
私は妹の言葉に「はーい」と、返事をし、スマホを充電器に挿すとそのままリビングへといくのであった。
「てかさ、何でこの蒸し暑いときにもお豆腐温めんの?」
「冷たい物を食べすぎるとお腹を壊すからね」
「昔はそんなんじゃなかったのになー」
「別に私のことなんてどうでもいいでしょ」
「よくなんか・・ない」
そっぽを向いてそう言った妹の照れ隠しは耳の先まで真っ赤な横顔で隠しきれずにいた。
私はそんな妹を内心で可愛いと思いながら、頭を撫でる。
「き、急に何!?」
「心配してくれてありがとう」
中学二年生の妹に心配されるとは私もまだまだカッコいいお姉ちゃんじゃないなと感じてしまったのであった。
この時の私は浮かれていたのだろう。
だからこそ気づくのに時間がかかってしまった。
友情のいう名の硝子にヒビが入っていることに・・。
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学生行事のメインイベントというより、学期毎に立ちはだかる学期末テスト。
それは例外なく我が校にもやってくる。
楽しい夏休みの前には学生が頭を抱える最難関の壁が立ちはだかる。
というのも、我が校ではテストの点数が40点以下の生徒は真夏の学校に呼び出され、補講を受けさせられるのである。
さらにいえば七月末日まで課外があり、補講になるとお盆休み以外はほぼ学校という地獄に遭ってしまうのである。
僕は一年の頃に、補講を受けた友人を知っている。
彼は夏休み明けに魂を抜かれたような虚の目で学校に登校していた。
あれを見てから僕は真面目に勉学に取り込めるようになったのだ。
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「一週間後に控えている期末テストのことだが・・。」
帰りのホームルームにて、クラス担任の大塚先生が説明している最中にふと僕は桐ヶ谷さんに目を向ける。
教室の端で自身の鞄を枕代わりにしてウトウトと眠ろうとしていた。
普段の授業から眠っている彼女を見て僕は心配になる。
そもそも桐ヶ谷さんは勉強が出来るのか・・。
死神って頭がいいのか?
そんな疑問が浮かぶが彼女は授業中に指名されても「わかりません」の一点張りでまともに勉強をしているところを見たことがない。
もしかして本当に勉強が出来なかったら、僕にとっては大問題である。
何故なら夏休みに立てている梵さんと三人で遊ぶ約束が消えてしまうからである。
もし仮に、彼女が補講になったときに、
『三島くんと二人で遊ぶのはちょっと・・。』ん
なとど、拒絶されたら僕はおそらく不登校になってしまうだろう。
それだけは避けなければいけない!
僕はどうするべきか、頭を悩ませていると、
「三島っちってば何やってるの?」
訝しげな目でこちらを見ていたのは、いつの間にか背後まで来ていた桐ヶ谷さんであった。
「あれ?ホームルームは・・。」
「何言ってんの?もうとっくに終わったよ?」
「えっ!?」
気づけばクラスの殆どが帰っており、僕は驚く。
「ホラ、早く帰る準備して帰ろーよ」
クラスで喧嘩をして以来、僕たちは二人で登下校をしているのだ。
「あ・・、う、うん!ちょっと待ってね」
「今日はどこに行こっかなー」
頭の後ろで手を組みそんなことを言う桐ヶ谷さんに僕は先程から気になっていたことを思い切って聞く。
「あ、あの桐ヶ谷さんってさ期末テスト大丈夫なの?」
「え?」
「い、いや40点以下は補講だから、勉強しているのかなーって思って」
僕の質問に何故かキョトン顔の桐ヶ谷さんは僕の言葉をうわごとのように繰り返すと、
「初耳なんだけど・・。」
と、衝撃発言をするのであった。
「「えええぇぇぇ!!!?」」
しばらくの沈黙のあと僕たちは息ピッタリに驚愕の声を上げるのであった。
教室に残り雑談をしていたクラスメイトがビクリと肩を動かしこちらを見てくる。
「え?え?補講って何!?」
「先生がずっと言ってたじゃん。赤点取ったら夏休みに補講があるって・・。」
「いつ言ってたの!?」
「ずっと言ってたよ?」
「いつも寝てるから聞いてるわけないじゃん!」
まさかの逆ギレをされ僕も困惑する。
「で、でもさ桐ヶ谷さんはかみ・・ッ!?」
僕は口元を抑えられながら教室の外へと連れ出される。
廊下の曲がり角まで連れてこられると、僕は桐ヶ谷さんと壁に挟まれる。
ドンっ壁に手をついた桐ヶ谷さんの顔は鬼気迫るものであった。
「あーしが死神だってことは他の人に言ったらダメっしょ!」
結構な声量でそんなことを言った桐ヶ谷さんにその声で周り聞かれる心配はしないの?と内心ツッコミつつ、謝罪する。
「ご、ごめん・・。」
「まあ、別に知られてもどうってことないけど、厨二病だとは思われたくないからさ・・。」
僕にそう釘を刺す桐ヶ谷さんだったが、僕は自身の身体に当たっているたわわな果実に顔を赤くする。
「わ、わかったけど・・。桐ヶ谷さんむ、胸が」
咄嗟のことで本人も忘れていたのか、僕の指摘でみるみるうちに顔を林檎のように赤く染めるのであった。
「わざとあ、当ててるに決まってるっしょ!?」
何故かキレ気味の彼女の態度に僕はどうしていいかわからずに困り顔になってしまう。
「でもこれはある意味チャンスだよねー」
だが、すぐにいつもの調子に戻った桐ヶ谷さんは悪巧みをする子供のような無邪気な笑みでそう言うと、
「チャンス?」
「あーしの赤点回避のための勉強会をするってのはどう?」
その言葉の中の意味を理解した僕は思わず声をあげてしまうのであった。
勉強会
その言葉は誰しもが学生時代に見聞きしたのではないだろうか?
学校主催の場合は皆が真面目に取り組む場であるが、友人同士の勉強会とは、
勉強会=遊び
なのである。
何かと理由をつけて、最終的にはテスト本番で机の上で頭を抱えて終わってしまうのだ。
だが、目的があれば話は変わってくる。
現在の僕たちの利害は一致しているのだ。
赤点を回避し補講を免れたい桐ヶ谷さん。
夏休みに梵さんと遊びたい僕。
期末テストまで一週間を切った今、僕たちには勉強会で遊ぶなんて発想はない。
ないのだが・・。
「あ、三島くんその問題はねこのメネラウスの定理を二回用いるんだよ」
梵さんが僕のノートを見ながら、そう教えてくれる。
放課後の図書室で、僕と桐ヶ谷さんは学年成績がTOP10に入っている梵さんに勉強を教えてもらっていた。
というのも、あの後、桐ヶ谷さんが梵さんも一緒に誘った方が勉強も僕のモチベーション的にも上がると言い、電話をして下校した梵さんを呼び戻したのだ。
意外にも了承してくれた梵さんとそのまま、図書室で勉強することになり・・。
「三島くんはこの図形のこっち側を今証明しただけであって、全体の証明がまだ終わってないんだ」
そう言いながら僕のノートの図形の一部に斜線を引く梵さん。
目と鼻の先ほどの距離で勉強を教える梵さんに僕は気が気ではなかった。
梵さんから柔軟剤の爽やかな香りが漂い僕は邪な気持ちを抑え込もうとする。
しかし、そんな思いも彼女の笑顔で崩壊する。
「そうそう!三島くんそれ正解だよ!この問題は応用問題だから結構難しいのに」
自分のことのように喜ぶ梵さんに僕は
悶えてしまう。
僕の内心を悟られないように僕は平静を装う。
この二年間隠し通してきたんだバレるはずはないだろう。
弊害を除けばだが・・。
僕の視線の先には勉強そっちのけでこちらを凝視する桐ヶ谷さんがおり、その表情はとても愉快そうであった。
自分のことを恋のキューピッドだと勘違いしている悪魔もとい死神は、僕たちの様子をまじまじと見つめ勝ち誇った顔を僕に向ける。
「・・あ、じゃあ次はこの問題をやってみて」
だが、そのネチネチとした視線に気づいたのか、梵さんは急によそよそしくなる。
桐ヶ谷さんの視線に気づいた梵さんは後ろ髪を触りながら、頬を赤らめる。
しばらくの間、シャーペンの音だけが響き渡る最中、突然桐ヶ谷さんが机に突っ伏す。
「やっぱ勉強なんてやりたくないー!」
そう大声をあげて駄々をこねる桐ヶ谷さんに僕は肝を冷やす。
周りには僕たちと同じく、期末テストに向けて勉強をしており、桐ヶ谷さんの一言で周りの視線が一気にこちらに集まってしまったからだ。
「もう、桐ヶ谷さんってば、周りの迷惑になるから静かにしてね」
白い目で見られながらも、苦笑で済ませてしまう梵さんと、そんな視線を気にも留めていない桐ヶ谷さん。
一人狼狽している自分が恥ずかしくなってしまう。
梵さんの注意で桐ヶ谷さんは「はーい」と、間延びした返事をし再びシャーペンを握るのであった。
梵さんは周りに恥ずかしそうに笑みを振りまき自身も勉強に戻る。
凍った空気を照れ笑いで一瞬にして溶かすその胆力さに僕は唖然とする。
やはり勉強会で勉強なんて無理だ・・。
友達と一緒だとふざけあってしまうし、好きな女の子とだと胸の鼓動がうるさくて集中できない・・。
今日は徹夜だな・・。
僕は教科書を眺めながらため息を吐くのであった。
閲覧ありがとうございます。
ruinと申します。
今日は少し遅めの投稿となり申し訳ございません。