第5話 死神について
月曜から金曜までの間、学生は勉学を強制される。
それは義務教育が終わった高校でも当たり前であり、半日を拘束されるのである。
だが、僕のクラスは私立西ケ原高校の普通科といういわゆる学年の底辺みたいなところで偏差値42程度なので、基本的には緩いのだ。
そのため、学生たちの授業の認識は部活や趣味の合間の睡眠時間程度である。
「であるからして・・。」
眼鏡を押さえながら教科書を読み上げる古典の花垣先生の声を聞きながら僕は欠伸をする。
(本当にこの人の声は眠たくなるな・・。)
時刻は昼休みを終えた5限目の途中なので、14時半を回っていた。
ウトウトと瞼が落ちてくるのを堪えながらノートをとっていると、後ろからチョンチョンと背中をつつかれる。
僕が後ろを振り向くと、
「これホダカから」
と、少女にそう言われる。
彼女は桐ヶ谷さんと仲の良い喜多嶋さんといういわゆる陽キャラだ。
髪の色も派手な橙色で、マニキュアなど悪びれる様子もなく塗っている、僕からしたら近寄り難い存在だ。
「早く受け取って・・。」
興味のない切長の目で僕を見つつそう言った喜多嶋さんはヒラヒラと折り畳まれたノートの切れ端を僕に渡す。
「あ、ありがとう・・。」
「・・・ん」
喜多嶋はノートの切れ端を渡すと、堂々と、机に突っ伏し昼寝を始める。
その様子を見た先生は深いため息を吐き、目頭を押さえる。
自分勝手な行動だが、教師は彼女を強く叱ることが出来ない。
何故なら彼女は理事長の娘で、この学校に入ったのもその理事長のコネだとかそんな噂もあり、おそらく教師陣は言いつけられるのを恐れているのだろう。
咳払いをして、気を取り直した先生は授業に戻り、僕はこっそりと机の下で喜多嶋さんに渡された折り畳まれたノートの切れ端を開く。
そこには、放課後教室に残ってほしいといったようなことが書かれていたのであった。
僕はそれを見終わると、後ろを向き、教室の端にいた桐ヶ谷さんの方を向く。
彼女はその視線に気づきウインクをし、それを見た僕は内心でため息を吐くのであった。
ーーーー
「ちょっとあんなことされたら困るよ!」
放課後の第一声は僕のそんな苦情であった。
「ハハっ!三島っち声大きい~」
僕の言葉を聞き流し笑う桐ヶ谷さんに僕は困り顔になってしまう。
「冗談じゃないよ。あんなことされたら僕の肩身が狭くなるんだよ」
僕の言葉にまたも笑う桐ヶ谷さん。
「肩身って何?ふふっそんなの気にしてちゃ、人生楽しめないよ?」
「僕は僕の楽しいを貫いているから大丈夫だよ」
「あっそう?なら別にいいけど・・。」
彼女は素っ気なくそう話を切り、わずかな間が開く。
桐ヶ谷さんはその間に鞄からスマホを取り出し、僕を無視して操作を始める。
(いや、放課後残ってって言った桐ヶ谷さんが何でそんな態度なの?)
僕は内心でそう愚痴を溢す。
「そ、それで、放課後残った理由ってなんですかね?」
僕は無言の間に耐えられずに思わず桐ヶ谷さんに尋ねてしまう。
すると、桐ヶ谷さんの顔色が変わり僕の手を取る。
「やっぱり気になるっしょ?ホラ、早く行くよ」
「え!?ち、ちょっとどこに行くの?」
桐ヶ谷さんに手を引かれ僕たちは教室を出るのであった。
ーーーーー
「ねえ・・。三島っちの中では死神ってどういう存在なの?」
桐ヶ谷さんに、突然そう問われ僕は戸惑ってしまう。
「えー、不吉なものの象徴みたいな感じかな?」
疑問系で返した僕の答えに彼女は笑顔を見せる。
「めっちゃ曖昧じゃん。もっとさ、カッコいいとか憧れるとかないの?」
そう訊ねた彼女は僕に笑いかけるが、当の僕は今いる場所を変に思い、気が気ではなかった。
「何緊張してんの?」
「いや、なんで急に水族館なんて来たのかなって・・。」
そう、僕たちは電車に揺られること40分、地元で一番大きな水族館に来ていたのだ。
「ウチが来たかっただけだけど、まあその死神っていうのがどんなものか教えやすいかなって思って」
桐ヶ谷さんのその言葉に僕は首を傾げる。
「教えやすい?」
僕の言葉に、「・・そ」と、答えると桐ヶ谷さんは俯く。
「え?ど、どうしたの?」
「アハハハ、平気平気。ちょっと準備してるだけだから・・。」
心配する僕に手をかざし、静止させるような動作をした彼女はしばらくして顔を上げる。
彼女の瞳は青く光り、螺旋状の瞳に変わっていた。
「これが私たちの仕事モードの眼、これを出すと、動物の寿命がわかるんだよね」
桐ヶ谷さんはそう言い、水槽の中で泳ぐ魚たちに指を指していく。
「あの子は半年、あの子は来年の春、今通った子は長くないかな・・。」
そう言った桐ヶ谷さんの顔はどこか悲しげであった。
「何で私たちがいるか?それは私たちが動物の魂を動力源に動いているからなんだ」
「魂が動力源って?」
僕の質問に彼女はナイフとフォークのジェスチャーをしながら、
「手っ取り早く言ったら食事と一緒だね。私たち死神はね、神なんて大層な名前が入っているけど、君たちでいうサラリーマンと何ら変わらないんだよ」
彼女は僕の胸元に指をつけて、真顔になる。
「死というものに関しての仕事を行いその対価として良質な魂を貰うんだ」
「で、でもその貰った魂はどうするの?」
僕の言葉に対して、「いい質問ですね」と、芝居がかった動作をしながら彼女は両手を僕の目の前で広げる。
「半分は私たちの取り分、もう半分は本当の神様に渡す分。魂は循環するけど、輪廻転生のようなものにすると、ずっと同じような人間が出来上がるでしょ?だから半分は前世の魂もう半分は神様が作ったものを混ぜてこの現生にまた返すって仕組みなんだ。」
彼女の説明の複雑さに僕は首を傾げる。
「似ている人はいるけど、自分と全部同じ人間なんていないでしょ?あれは神様が被らないように変えてるんだよ」
「そ、そうなんだ・・。」
僕の曖昧な答えに彼女は不服そうに頬を膨らませる。
「まあだからあーしたちは、神様の下請けセールスマンみたいな物だね。だから、あんまり怖くないし、凄いわけでもないんだ・・。」
「でもさ、命を取るとかそういうことをするんだよね?それはやっぱり怖いっていうか・・。」
「そういうことをする奴もいるってだけだよ。小狡く魂を引き抜いたりとかするのもいるけどさっき言ったしょ?魂は良質な物の方がいいんだ」
「つ、つまりはどういうこと?」
話の本筋が見えずいた僕がそう尋ねると、彼女は苦笑する。
「死期を教えて後悔のない人生にしてもらうの」
「それだけ!?」
「あーしがやってるのはそれだけだよ。だから三島っちには後悔して欲しくないんだよね!」
桐ヶ谷さんはそう言い僕の方を強く叩く。
満面の笑みを向けた彼女に吊られて僕も自然と口角が緩む。
「そうだね・・僕には後70年もあるんだし、人生楽しまないとね!」
僕はガッツポーズを桐ヶ谷さんに向けてすると、彼女はニヤリと小悪魔的な笑顔になる。
「ふーん、やる気満々じゃん。じゃあまずは、そよぎんをオトさないとね」
「ッ!?///」
彼女のからかいの言葉に僕は頬を赤くする。
「ち、ちょっと!別に好きとかそんなじゃないよ!」
僕の言葉をはいはいと軽くあしらった桐ヶ谷さんは、スマホを時計代わりに時刻を確認し、顔面を蒼白にする。
「やばたにえんだわっ!ラスイチのイルカショーもう始まるわ!」
「や、やばたにえん・・?」
「ほら!もう19時なるから!ここは19時のショーでラスイチなの、まじやばたんだからガンダしないと間に合わなナイツなの」
彼女の呪文のような言葉の畳み掛けに僕は首を傾げていると、彼女に力強く手を引かれる。
「これ見に来たんだから、絶対に逃せないからガンダするよ!」
彼女の謎の言葉の意味を聞き返す暇なく僕たちは全力で走るのであった。
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