友達の定義
日が落ちかけ、図書委員が退室の案内を告げる。
図書室で自主勉強をしていた生徒たちはその声かけでゾロゾロと席を立ち図書室を後にするのであった。
「いやー結構捗ったね」
私は伸びをしながらそんなことを言いつつ二人に視線を向ける。
腕を組みながら、首を上下に傾けて寝被っている桐ヶ谷さんと、何故か憔悴しきっている三島くん。
「二人とも!」
「うわぁっ!?」
私は再度二人にそう呼びかけると、三島くんが肩を大きく動かして驚く。
その声で目覚めた桐ヶ谷さんも辺りを見渡す。
「え?これどういうじょーきょう?」
涎を制服の裾で雑に拭いながらそういった桐ヶ谷さんに私は苦笑する。
「桐ヶ谷さんずっと寝てたでしょ?もう図書室が閉館だからここを出ないと」
「そ、そうだね。ほら桐ヶ谷さん早く帰る準備をしないと」
三島くんは私の言葉に即座に反応すると、どこかよそよそしく帰り支度をし始める。
「三島くんどうかしたの?」
「え!?い、いや・・。どうもしてないよ」
私の問いかけにまたもや身体を大きく動かし驚く三島くん。
本当にどうしたのだろうか?
私が小首を傾げていると、桐ヶ谷さんが意外なこと口にする。
「え?今日は三島っちと帰んないよ?」
「・・え?」
「今日はそよよんと帰んの!」
立ち上がった桐ヶ谷さんはそう言い、私の左腕を強く引く。
しれっとそよよんって言ってたけどそれって私のことなのかな?
まあ呼び方なんて気にしてはないのだけど・・。
「え?それは二人で帰るってことなの?」
「そうだよ?たまにはガールズトークしたいからさ、三島っちは今日一人で帰ってくれない?」
三島くんは眉を下げて悲しそうにトボトボと下駄箱へと歩き出すのであった。
そんな姿が可愛想ではあるが、どこか可愛くも見え、自然と顔が緩んでしまう。
「ああやって落ち込んでる三島っちって可愛いいよね」
私の心を読んだかのように小声で話す桐ヶ谷さんに私は目を丸くする。
「実はさそよよんとダベりたいことがあるんだよね・・。」
含みのある彼女の言葉に私は何事かと身構えてしまうのであった。
ーーーーー
私たちが昇降口まで降りると、桐ヶ谷さんが何か三島くんに伝えていた。
少しすると、「ごめんごめん待った?」と、私の元に小走りで来るのであった。
「大丈夫だけど、急にどうしたの?」
私の言葉に桐ヶ谷さんは、校門を指差す。
「ここで話すのもなんだからさ、歩きながら喋らない?」
「・・うん。別にいいけど・・。」
そうして私たちが校門を通ると、桐ヶ谷さんが辺りを見渡す。
「どうしたの?」
「今から内緒話するからさー知り合いがいたら困るじゃん!」
桐ヶ谷さんは大声でそう言い私は苦笑してしまう。
(桐ヶ谷さん・・。内緒話する人はそんな声高々に宣言しないと思うけど・・。)
「よし、周りに誰もいないっぽいね・・。」
桐ヶ谷さんはそう言い、私の方に向き直る。
「最近色々気を遣ってるんじゃない?」
桐ヶ谷さんのその一言に私は胸を衝かれる。
「・・え?」
「ヨッシーがいつもそよよんのことを目の敵にしてるっぽいからさ」
桐ヶ谷さんはそう言うと、私に自身のスマホのトーク画面を見せる。
そこにはSNSツールのLIMEのグループが表示されており、メンバーは私の友達たちと桐ヶ谷さんの8人で構成されていた。
その中には、吉川阜という名前があり、私は苦い顔になる。
吉川阜は高校入学時から仲良くなったはじめての友人なのだが、最近はあまり良い関係性ではない。
「最近LIMEの返信頻度が少ないとか、遊びに誘っても来ないとかそんなことばっか言ってるよー」
私は吉川さんの感情を剥き出した陰口とそれを隠そうともせずに話す桐ヶ谷さんのデリカシーのなさにため息を吐く。
「桐ヶ谷さんあんまりそういうことは本人に言わない方がいいよ」
「なんで?」
桐ヶ谷さんの反応的に悪気はないのだろう。
私は咳払いをし、言いにくさを表に出す。
「他人の人間関係を簡単に詮索したらダメだよ。デリカシーのない人だって思われたくないでしょ?」
「でもさ、こうやってコソコソやる方がどうなの?」
そう返された私は戸惑う。
「そ、それは・・。」
「こうやってデータに残るところに堂々と言ってるんだから、どこで広まっても何も言えなくない?」
確かに彼女の言っていることは正論だ。
だが、人としての配慮が足りていないということを自覚していないのだろう。
「いやでも、そうやって本人にバラすのは違うって・・。」
「ヨッシーと私のやってることに違いなんてないよ」
「・・え?」
桐ヶ谷さんはそう言い、どこか虚げに笑う。
瞬間背筋が凍った。
天真爛漫でどこか抜けている桐ヶ谷さんが桐ヶ谷さんではないような、そんな気がした。
「吉川さんは梵さんを除け者にして裏で悪口を言っていて、それってつまりはさ、秘密を共有する友達を選んでいるってことでしょ?だから、私は吉川さんよりも梵さんを選んだだけの話だよ」
いつもと違う口調の桐ヶ谷さんに私は違和感を覚える。
だが、それ以上に感じる彼女の冷酷な一面に私は頭が真っ白になる。
「それと一つだけ忠告、綺麗なセールスマンには気をつけてね」
「え?それってどういうこと・・?」
私がそう聞き返そうとしたその時だった。
「じゃあ私バスで帰るから!」
桐ヶ谷さんが手を振ってさよならの身振りをとる。
気づけば学校の最寄りのバス停まで私たちは来ており、桐ヶ谷さんはそこに立ち止まったのであった。
「え?あ、うん・・。」
先程の桐ヶ谷さんの言葉が錯覚だったのではないかと感じるほどに、桐ヶ谷さんの態度がいつも通りになっているのに、私は困惑する。
「まあ、テスト頑張って遊びに行こーよ!」
そう言った彼女のタイミングに合わせたようにバスがやって来ると、彼女はこちらを振り返りつつバスに乗車する。
私は、状況を整理しようとスマホをポケットから出す。
私のLIMEには通知がなく、時刻だけが画面に映っていた。
私はから笑いをすると、ため息吐くのであった。
ーーーーー
時刻は就寝前まで近づき、私は今日何度目かわからないため息を吐く。
就寝準備を万全とし、ベッドに私は横になりつつ、スマホの画面を見つめる。
「おねえー!ご飯だよ」
「湊・・。だからノックしてっていつも言ってるでしょ」
「えへへ、ごめんねー」
妹は全然反省した様子もなく、舌を可愛く出して笑う。
だが、すぐにその表情を元に戻すと妹は眉間に皺を寄せる。
「おねえどうしたの?」
「え?何が?」
妹の心配する声に私は動揺を隠せないでいた。
「おねえ顔暗いから何かあったのかなって」
鋭い妹の言葉に私は「やっぱそう見える?」と、弱音を吐いてしまうのであった。
「どうしたの?」
「別に大したことじゃないよ。というか、何か用があったんじゃないの?」
妹は私を心配して、ベッドに座っていた私の隣に座るのであった。
「湊のことは別に良いよ。ちょっとテスト範囲でわからないところ教えてもらおうと思っただけだから・・。」
そう笑い飛ばすと、妹は「それよりも」と言いつつ、私の顔を見上げる。
「おねえの方が深刻そうだから」
普段は私のことを揶揄ってばかりの妹だが、家族思いの気遣いの出来る優しい一面もあるのであった。
私はそんな妹に心配をさせまいと笑顔を作る。
「私の方も別に大したことないよ。友達と少しすれ違っただけだし・・。」
「大問題じゃん!」
私の言葉に大声で反論する妹に私は目を丸くする。
「友人関係のすれ違いなんて、一歩間違えたらもう二度と戻らないよ!」
妹の言葉に私は俯いてしまう。
確かにこのまま知らないふりをしていたら、取り返しのつかないことになってしまうだろう。
だけど・・。
「その人とさ仲直りしたくないんだよね・・。」
私は顔を手で覆いながら独り言のように呟く。
自身の腹黒い部分を見せるのが情けなかったが、一人で抱えるのも辛かった。
気づけば、私は妹の言葉を期待していた。
三歳も歳の離れた妹に答えを貰うなんて・・。
「そうなんだ。それだったら別にいいんじゃない?」
妹の口から飄々とした感想が出てきて私は唖然としてしまう。
「で、でも・・。」
「余計なことなんて考えてどうするのよ。仲直りしたくなかったらしない!それでいいじゃん」
吹っ切れたその考えに私が首を傾げていると、妹が私の右手を両手で強く握りしめる。
「もう、あんなおねえ見たくないよ・・。」
震える声と手。
それに私は今までの自分の鈍感さに顔をくしゃくしゃにする。
「ごめん。湊ごめんね・・。こんな不甲斐ないお姉ちゃんで」
「湊はそんなこと思ってないよ!湊のおねえは、努力家で勤勉で一度やるって決めたら本当にやってのけちゃうカッコよくて、可愛いい自慢のお姉ちゃんだよ!」
そう言い切った妹はしばらくすると我に帰り顔を茹で蛸のように赤くする。
妹の言葉を聞いて嬉しさと感動で余計にくしゃくしゃになってしまう。
「おねえだけが周りに気にする必要なんてないよ!自分のしたいようにする!わかった?」
妹の吹っ切れたその言葉に私は笑ってしまう。
「ふふっ。そうね・・何クヨクヨしてるんだろ」
私は頬を叩いて立ち上がる。
「私がやりたいようにしないと意味がないよね!」
私はそう言い妹の頭を撫でる。
「湊ありがとう。お姉ちゃんもうちょっと頑張ってみるよ」
「べ、別にお礼なんていらないし・・。」
妹はそう言いそっぽを向く。
私はそんな妹の頭に触れていた手をくしゃくしゃと動かすと、
「ふふっ、じゃあ湊の勉強でも見てあげようかな?」
「ちょっとやめてよ!」
妹は眉間に皺を寄せるも、どこか照れ臭そうであった。
この時の私は、このことを後悔するなんて想像もしていなかっただろう。
閲覧ありがとうございます。
最近夏バテなのか、気だる過ぎて執筆遅れてます。