幼馴染との長い長い片想い
長岡更紗さま主催「ワケアリ不惑女の新恋企画」参加作品です。
そりゃ私だって大学生なんだし。普通に彼氏は欲しいし、デートだってしてみたい。
でも好きな人がいてさ。隣の家に住む同じ年の幼馴染なんだけど、そいつは彼女いらないんだって。モテるくせに、いつもお断りばかりしているの。
理由は分かってる。ヤツはバスケ馬鹿なんだ。だから高校3年になって、バスケを引退してからアタックしてやろう。そう思っていたのに、部活を止めたら今度は受験が忙しいからって後輩の子をフっていた。私よりも遥かに可愛い子だったのに。
なにそれ。あの子がダメなら、私なんてまるで芽がないじゃん。大学生になったら、またバスケ始めちゃったしさ。
あいつはかっこいいから、大学生になってもやっぱり告られまくっている。そして高校時代と同じように、興味がないと言っては断りまくっている。バスケ同様、鉄壁のディフェンスを誇っている。
しまいにはミスコンで優勝したすんごい美人まで断るとか、ちょっと待て。女の子に興味がないって、あんたは一体なんなのよ。興味津々のお年頃のはずでしょう!
ああもう、この調子じゃ告白なんてまだまだ出来やしない。いま告げたところで、どうせフラれて終わってしまうだけ。
そのくせ私には、「彼氏作らないの?」なんて余計なことを言ってくる。
自分は全く恋愛に興味ないくせに。
むわ~、腹立つな! 作らないんじゃなくて作れないんだよ、主にあんたのせいで。こう見えても私、何度か告られたことあるんだからね。全部お断りしてるけど。
むかつくから、そっくりそのまま同じセリフを返してる。彼氏とか面倒だし欲しくない、男に興味ないってさ。もう嘘ばっかりで嫌になる。
「昨日、木崎に告られてただろ」
「え、やだ。見てたの?」
「相談されてたんだよ。で、あいつと付き合うことにした?」
「オッケーしてたら、今ここにいないでしょ」
「それもそうか」
今日は私の20歳の誕生日。せっかくの休日だけど、何の予定も入ってない。アパートの部屋で音楽を聴きながらベッドでごろごろしていると、ケーキ片手に健太がうちにやってきた。
どうやら今日は、バスケ部の練習はないようだ。
「そういうの興味ない奴だから、期待するなよとは言っておいたんだが……やっぱり断ったのか。結構いいやつだったのに」
「どうでもいいし」
「お前、ハタチのくせに枯れてんな」
「健太だって一緒じゃん。何人もお断りしてるくせによく言うよ」
「お、俺はだなあ…………その、バスケがあるからな」
「なによそれ。人を暇人のように言うの、やめてくれる?」
健太の持ってきたケーキは、シンプルな苺のケーキだった。私の一番好きなやつ。
「まあそのうち、興味を持つようになるでしょ」
あーん、と大きな口を開けて、ケーキをひと切れ放り込む。
控えめな甘さが美味しい。
さすが健太。付き合いが長いだけはある。私の好み、バッチリ把握してるよね。
「そのうちって、いつだよ」
そんなのこっちが聞きたいよ。
いつになったら、健太は恋愛に興味を持ってくれるのよ。
「さあ……いつになるんだろうねぇ」
遠い目をしてしまう。もうハタチ。ああでも、されどまだハタチなのだ。焦るな私。今はまだバスケに夢中の健太だが、きっと近い未来には、彼女が欲しくなっているはず……
そしたら私だって、全力でアタックするからね?
きっとそのうち、チャンスはやってくる。
そのうち。
そのうち。
そんな言葉を胸に抱いているうちに。
いつしか、20年の歳月が流れてしまっていた……。
◆ ◇
「よお、相変わらずだな」
今日は私の40歳の誕生日。休日だけど予定はなく、一人暮らしのアパートでごろごろしているだけの一日が始まろうとしていた。
あれから20年、告白の類は断り続けている。誕生日を祝ってくれる彼氏なんていた試しがない。予定は毎年まっさらだ。
お一人様だと分かっているからこそ、健太も気兼ねなくうちにやってくるのだろう。約束もしていないのにチャイムが鳴るのは、もはや日常茶飯事だ。今日も今日とて、ケーキの箱を片手に、遠慮なく部屋に上がり込んでくる。
まあ、大歓迎なんだけど!
男の影も形もない部屋をぐるりと見回して、ハハッと建太が笑みを漏らした。
なに笑ってんのよ。相変わらず寂しいやつめ、とでも思ってんじゃないでしょーね。寂しいのは事実だが、元凶が憐れむんじゃない。
「そっちこそ独り身のくせに」
「俺はまあ……しょうがないだろ。興味がないんだから」
「私だってしょうがないよ。興味がないんだから」
会話だけ聞いていたらまるで似た者同士のようだ。
お互い、顔を見合わせて苦笑する。
健太はあれからも、ことごとく女の子たちからの告白を断り続けた。
バスケを引退した後は、就職活動で忙しいからと言ってお断りをし。
社会人になった後は、仕事が忙しいからと言ってお断りをし。
仕事が落ち着いてきた頃には、再び社会人バスケを始めてしまう始末。
なんて隙のない奴なの……
そのうち興味を持つだろう、と期待し続けてざっと20年。
結局、40になっても、健太は恋愛に興味を持たないままだった。
「コーヒー、いつものやつでいい?」
「ああ。ケーキ並べとく」
「ありがと」
2人掛けのソファに健太がどっかりと腰を下ろす。
ふかふかのクッションがお気に入りらしい。我が家にやってきた時の、健太の定位置となっている。
ソファの前にあるローテーブルの上に、湯気の立ち昇るカップを二つ並べて置いた。
「ほんと、そのソファ好きだよね」
「座り心地抜群だよな、これ」
「ねえ、今日くらい私にその場所譲る気ないの? 私の誕生日なんだけど」
「隣来いよ。お前もソファがいいなら、一緒に座ればいいだろ」
「まあ……そうだけどさ」
もごもごと口ごもりそうになる。
一緒? 一緒に座っていいの……?
バスケ馬鹿なだけあって、健太は背も高いし体格がいい。だから2人掛けのソファに並ぶと、少し窮屈になる。腕が触れあいそうな距離になる。
ドキドキしながら隣に腰を下ろした。
目の前のケーキに意識を向ける。
「あ、やった苺ショート!」
「お前それ好きだよな」
「おお、モンブランもある!」
「モンブランも好きなのか? 欲しけりゃどっちもやるよ」
「えーどうしたの健太、気前いいね! じゃあ遠慮なく……と言いたいところだけど、一つでいいよ」
「なんだ、腹の調子が悪いのか?」
「最近、食べすぎると胃もたれするんだよね」
「年だな」
「うっ。嫌なこと言わないでよ」
そう、私ももう40歳。
健太がその気になるのを待っているうちに、いつの間にかこんな年になってしまった。今更だがのんびりと待ち過ぎた。もっと焦れ私。そう過去の自分に言ってやりたい。
でもその気がない人に、いくらアタックしても無駄だしなぁ……。
はぁぁぁぁぁぁぁぁ。
にやにやと笑う健太の顔をじっと見つめる。
いい加減、諦めた方がいいのかな……。
実は今、同じ会社の部長からアプローチを受けている。
彼も私と同じ40歳。先月の人事異動でうちの支社にやってきた。彼は仕事もできるし見た目もいい。そんな人に結婚を前提に付き合ってほしいと言われて、もちろん私は速攻でお断りをした。けれど、真摯な瞳で見つめられてしまって……
『一度断られたくらいで諦めるつもりはないよ』
正直、心はグラグラに揺れている。
だって私は40歳。昔はそこそこモテたけど、ここ数年はそういう誘いも自然となくなっている。おそらく結婚したいなら、これがラストチャンスになるだろう。
本当は健太と結婚したかったけど、彼はこのまま一生……恋愛や結婚に興味を持たないまま生きていくんだろうなぁ……
苺ショートとモンブランをじっと見比べる。
永遠に眺めるだけの最愛か、食べられる2番手か。
「よし決めた」
「ん、やっぱり2個とも食うのか?」
「違うよ、健太。私、結婚することにした」
「――――は?」
「いや違う。結婚を前提に部長とお付き合いすることにした」
「は? え? 部長ってそれ……断ったんじゃ?」
ちなみに、健太も私と同じ会社で働いている。
もちろん部長に告白されたことも、断ったことも健太は知っている。
「うん、断った。でも諦めないって言われたから、今ならまだ間に合うと思う。先週の話だしね、告白」
「ちょ、なんだよそれ。お前、そーいうの興味なかっただろっ?」
「興味のないフリは卒業することにしました」
「はあ? フリ? はああああああっ? おっま、ふざっけんじゃねぇよ!」
しれっとカミングアウトしてみたら、健太が顔色を変えてガタリと立ち上がった。
ちょっとちょっと。なにそんなに怒ってんの。
もしかして、勝手に独身同盟でも組まれていたんだろーか。
そんなの承諾してないし。仲間だと思っていたのに裏切られたぜ! なーんて顔して見られても困るんだけど!
なんだか腹が立ってきた。怒りたいのはこっちの方だ。
小さな頃からずっと好きで。中学の頃は勇気が出なくて。高校1年のバレンタインにやっと決意して告白しようとしたら、興味がないと言って女の子フッてる現場に出くわすし。それからずっと、ずーっと機会を伺ってきたけれど。大学生になっても社会人になっても、興味がないとか忙しいとか言ってばっかりで……!
健太をじろっと睨みつけたまま、私も勢いよく立ち上がった。
ふんぞり返って腰に手を当てる。
「ふん、おあいにく様! 健太と違って私はね、彼氏だって欲しかったし、デートだってしたかったのよ!」
「おっ、俺の方こそ! 彼女だって欲しかったし、放課後デートもやってみたかった!」
――――えっ?
今何かおかしなセリフが聞こえた気がする。
私と健太が、不可解に眉をひそめてお互い顔を見合わせた。
沈黙10秒。
苦い過去を振り返り、ハハッと乾いた笑いを口から洩らす。
「彼女が欲しいなんて何の冗談よ。こないだも女の子泣かせていたくせに、よくもまあそんな嘘がつけるよね」
「それはこっちのセリフだっての。どんなハイスペックの男に告られても断り続けていたくせに、彼氏欲しいとかありえねーだろ」
「ふふん。悲しいことにそれがありえるのよ。私はね、彼氏も欲しいし結婚だってしたい。したいしたいしたい! だから断腸の思いで部長と付き合うことにした」
「なんだよそれ。そんなに結婚したいなら……俺でいいだろっ!!!」
――――――――えっ?
ぱちぱちと瞬きをする。今何か冗談のようなセリフが聞こえた気がする。
けれど、健太は真摯な瞳で私を真っ直ぐに見つめていた。
「部長なんかやめて、俺にしろよ」
「……あの、健太?」
「冗談じゃねーよ。俺が何年、お前の側にいると思ってんだ。ぽっと出の部長なんかに、横取りされてたまるかよっ!」
「わ、待って!」
大きな手がふたつ、私の肩に触れた。
びくりと身体が跳ねる。
「もう待たない。お前が興味なさそうだから、今までずっと待ってきたけれど……それじゃ他の男に取られるだけだという事に、たった今気づかされたからな」
「な、なにを言って……」
「なんで部長なんだよ。こんなに近くに俺がいるのに、なんで……」
切なげに揺れる瞳に息を呑む。
だから待って。
待って。
待ってよ。
こんなのまるで……まるで私と結婚したいみたいじゃない……!
健太の顔がぐいっと近づいて、私の顔に影を落とした。
息のかかる距離に、心臓がバクバクと音を立てている。近い近い近い!
「好きだ。ずっと、お前のことが好きだった」
「え?」
「言いたかったけど言えなかった。お前はまるで恋愛に興味なかったし、告白したら距離を置かれるだけだと思ってた」
「は?」
「でも、そうじゃないのなら」
肩を掴む手にぐっと力が入る。懇願するような眼差しに、心臓がキュンと切なく音を鳴らした。
……ああ、私たち。
「結婚したいなら俺と……俺と結婚してください……」
盛大にすれ違っていたんだね……
◆ ◇
「苺ショート、好きだよな」
「私の最愛だからね」
生クリームのたっぷりついた苺を、ぱくっと口に放り込む。
ソフトな甘さが嬉しい。今年のケーキも、ばっちり私の好みのものだった。
「ミルフィーユに苺タルト。ガトーショコラにチーズケーキ。毎年、今年こそは別のケーキを選ぶかと思って見ていたが、お前ブレないよな」
「他のケーキも嫌いじゃないけど、本命ばかり選んじゃうんだよね」
あれからわずかな交際期間を経て、私たちは籍を入れた。
結婚式は挙げてない。この歳でウエディングドレス姿を披露するとか、罰ゲームのような気がしたからだ。そう言って断ると、なぜか健太の方が残念そうな顔をしていた。
そりゃあんたはいいわよね。スーツと変わらない格好なんだから。
「年っていうけど、お前40にしては綺麗だし、似合うと思うんだけどな……」
「欲目だから、それ」
「くそっ。こんなことなら、もっと早く告っとけばよかった」
悔しそうにそう言って、健太がフォークをティラミスに突き刺した。乱暴にするものだから、ぐちゃぐちゃになってしまってる。
そんな健太に、くすくすと笑ってしまう。
あの日、健太のプロポーズにはっきりと頷くと、感極まった彼は私をぎゅっと抱きしめた。ありがとうと震える声で囁かれて、くすぐったくて嬉しくって……
――私もずっと健太が好きだったの。
こちらからも想いを告げると、私を抱きしめたままピタリと健太が固まった。
沈黙30秒。
ようやく理解したのか、がばっと健太が身を離す。私を見つめながらパクパクと金魚のように口を開け閉めする彼に、にっこり笑って深く頷くと、酷く脱力されてしまった。
まあ、気持ちは分かる。もっと早く告白すればって、思っちゃうよね。
私もまさか、そんな昔から両想いだったとは思わなかった。
すれ違いの20年に対して、時折こうして彼は悔しそうにするけれど。実は私の方はそこまで残念だと思っていないのだ。
なぜかって?
思い返せば、私の側にいつも健太がいたからだ。
小さな頃からお隣さん。高校も同じで大学も同じ。バスケが好きな健太を追いかけて、私もずっとマネージャーとして彼の側にいた。卒業後は同じ会社の同じ支社に就職し。週に一度は2人で飲みに行き。休日には頻繁に部屋を行き来して。誕生日には毎年、こうしてケーキを持って祝いに来てくれた。
正式に付き合っていなかったというだけで……
彼氏彼女に限りなく近い関係だった気がする。
「んっ……」
くすくすと笑っていると、突然、熱いものに唇を塞がれた。
ティラミスの甘い味がする。
彼が離れて。仄かな寂しさを感じていると、すぐさま熱の続きがやってきた。それは押し付けるようなものから、次第についばむようなものへと変わっていく。何度も何度も、ちゅ、ちゅと音を立てて繰り返されて……
私のフォークが、ぽたりと床に落ちた。
――――はっ。
しまった、お気に入りのカーペットが汚れちゃう!
「ちょっと、長いって!」
急速に我に返った。健太をぐいと押しのける。ちっ、と舌打ちの音が聞こえてきたけれど、今はそれどころじゃない。
フォークを拾い上げ、ウエットティッシュでカーペットの毛についた生クリームを丁寧に拭い取る。
「長くねえよ。今までの分もまとめてやってんだから、これくらいで丁度いいはずだ」
確かに、限りなく彼氏彼女に近かったとはいえ、こういった触れ合いはさすがにしてこなかった。それが健太には大いに不満らしい。若い時の分も取り戻そうと思っているようで、隙あらばベタベタしてこようとする。
「ひゃっ!」
首筋に口づけが降りた。おかしな声をあげて背を反らしたら、背後からふわりと抱きしめられた。
「それに……」
彼の声が、ひときわ優しくなった。
「もうすぐ、二人きりじゃなくなるからな」
「うん……」
大きな手がそっと私のお腹に触れる。
目頭が熱くなる。長い長い片想いの末に、ようやく得られたものがある。
幸せのぬくもりに包まれて、私はそっと目を閉じた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。