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探偵は殺人鬼で秘書は暗殺者、助手の僕は普通の学生です  作者: 大神 新
case1:美人女子大生転落死
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scene1:依頼

 義行はスマホを片手に地図を見ながら歩いていた。

 依頼を書き込んだ探偵事務所はとても分かりにくい場所にあったのだ。

 郵便局の脇にある路地に入って、交差点を2回左に曲がった先の雑居ビル地下一階。

 探偵事務所の場所はダイレクトメールでそう告げられた。


「どうせなら位置情報のスクショを送って欲しかったな」

 義行は思わず独り言をつぶやく。ストレスを感じていた。


 しばらく歩いてようやく目的地と思われる雑居ビルの前に立つ。

 コンクリートは濃い灰色に薄汚れ、ところどころにひびが入っていた。

 看板も見当たらない、地下に続く階段は暗闇へと伸びている。


 義行はゴクリと生唾を飲み込んだ。ここに来て、緊張してしまっている。

 だが、もう決めたのだ。何としても彼女の死について、真相を知りたい。

 そのためには、何でもする、ここで勇気を持たなくてどうするのだ。

 義行は自らを奮い立たせ、階段を下った。そして目の前に扉が現れる。


 ――Libérateur。


 看板にはそう書かれていた。何と読めば良いのだろうか?

 義行が期待していた文字は「井々村探偵事務所」だったのだが……。

 仕方なく、一度階段の上に戻ることにした。


「一体、僕は何をしているのだろう。もしかして騙されたのか?」

 またしても呟いてしまう。こんなところで尻込みしてしまう自分が嫌だった。


 スマホを開いて地図を確認する。間違いなく、ここが指示された場所だ。

 訪問の予定時刻はすでに過ぎている。いつまでもこんなところで迷っていられない。

 仕方なく、義行は回れ右をしてもう一度階段の下の扉の前に立つ。

 あたりを見回してみたが、呼び鈴もない。ただ、扉とドアノブだけがあった。


「立ち止まるな、もう決めたんだ」

 意志を行動に移すために、義行は三度呟いた。これは宣誓である。


 ドアノブを回し、扉を開ける。思っていたよりも軽かった。

 扉の先からは暖かい光と、珈琲の放つ独特な匂いが流れ込んで来る。

 そのおかげで義行の緊張は少し和らいだ。


「いらっしゃいませー!」


 投げかけられた言葉は予想外の物だった。見ると若い女性が義行に笑顔を向けている。

 若い女性……と言ったが、義行とはほとんど同じ歳だろう。

 長い髪をリボンで止めている。あどけない笑顔は美しいというよりも可愛いという言葉が似あう。

 白いシャツに黒を基調とした大きなエプロン……、どこからどう見てもカフェ店員だ。


「あの、ここは……?」

「喫茶店、Libérateurリベラトゥールですよ?」

 不安げな表情の義行に女性スタッフは優しく微笑んでいる。


「あ、すいません、間違えました。井々村さんの事務所は何処でしょうか?」

「あー、そっちのお客様ですか、大丈夫、ここで良いですよ」

 自分の客でないと知った店員さんは少し態度を崩した。


「ちょっと待っててくださいねー」

 そう言って、彼女は店の奥へと走っていく。


「井々村さーん、依頼者の方、お見えになりましたよ!」

 奥にも部屋があるようだ。そこが事務所になっているのだろうか。


 いよいよ、探偵とご対面だ。そう考えるとまたしても緊張してしまう。

 義行は背筋を伸ばしてつつ、深呼吸をした。意志を強く持つことで気持ちを落ち着ける。


 改めて店内を見ると、長いカウンターテーブルにいくつかの席。

 対面には4人掛けのテーブル席が3セットあった。その奥にはソファーがある。

 カウンターの裏側にある棚にはリキュールやウィスキーの瓶も並んでいた。

 喫茶店というよりはバーのような間取りだ。地下1階なのもあって薄暗い。


 ――ガチャリ。


 一番奥の扉が開く音が聞こえた。


「ありがとう、牟岐君」

「いえいえ、おかいまなく」


 店員さんに挨拶をしながら出てきた男は中肉中背のぱっとしない男だった。

 まず目についたのは白髪であることだ。一瞬、老人のように見えた。

 しかし、見た目はおそらく30代。一応、スーツ姿だがかなり着古している。


「君、とりあえずマスクを外しなさい」

 向き直った男は義行を見るなり、そう言った。


「いえ、屋内ですし、このご時世なのでこのままでお願いします」

 義行は当然のように答えた。今やマスクはマナーと言っても過言ではない。


「はあ……。君は馬鹿なのか? ここに老人は居ないんだ、気にする必要はない」

 男は失意の表情でそう言った。


 自分はおかしいことなど言っていない。義行は警戒心を強めた。

 この男、本当に大丈夫なのだろうか? そういえば、店員の女性もマスクをしていなかった。

 今のコロナ禍でマスクを拒絶するような人は相当な変わり者だ。

 関わらない方が良いのかもしれない。


「顔も見えない相手と信頼関係など築けないだろう。話す気が無いなら帰ってくれ」

 言われて仕方なく、義行はマスクを取った。彼の言うことももっともだと思ったからだ。


「ふむ、中々の好青年じゃないか。大学生ってところか」

「神峯 義行、大学3年生です。今日はお願いがあってまいりました」

 まずは話を聞いてもらいたい。


 義行は方々の探偵を当たってみたのだが全てに断られた。

 反応があったのはこの探偵事務所の掲示板だけだったのだ。


「すまない、先に名乗らせてしまったな。俺は井々村 直樹、探偵だ」

「宜しくお願いします」


 井々村は名乗った後、テーブル席のひとつに腰を下ろした。

 そして、手のひらを見せる。対面に座れ、という意味だろう。

 促されるまま、義行は席に着いた。


「要件については概ね聞いている。まず君は探偵というものを勘違いしているね?」

「それは……そうかもしれません」


 探偵の仕事は基本的に身辺調査だ。

 聞込み、尾行、張込み、その他これらに類する方法により、特定人の情報を収集する。

 その結果を依頼者に報告することで対価を受け取るのが探偵だ。


「でも、僕は彼女が死んでしまった、その真相を知りたいんです」

「それを調査するのは探偵の領分を越えている」


 義行にもそれは分かっていた。探偵が推理をして事件の犯人を捕まえる。

 そんなものは物語の中にしかない、フィクションである。

 実際の探偵は警察の捜査に介入したり、警察から推理の依頼を受けたりすることはない。


「わかっています、でも、ここなら聞いてくれると知って……」

「言っておくが、俺たちは非合法の探偵事務所だ。当然、公安委員会へ届出もしていない」

 井々村は義行の言葉を遮って、ピシャリと言い放つ。その言葉には殺気すら感じられた。


「依頼が達成できるとは限らない、むしろその可能性のが高いだろう。それでも良いのか?」

「いいです」

 義行は即答する。自分の力ではどうにもならないことを痛感していたのだ。


「で、君が知りたいのはこの事件のことで良いのかな?」

 井々村はそう言ってスマホを取り出した。


 画面には「美人女子大生転落死」というタイトルの記事が出ている。

 警察は事件と事故の両面で捜査を開始したと記されていた。

 世論では自殺と言う話がまことしやかに囁かれている。

 義行にはそれが我慢できなかった。彼女が自ら死んだなどと思えなかったのだ。


「あら、可愛い人ですね」


 そう声をかけてきたのは牟岐と呼ばれた店員さんではなかった。

 声色は優しかったが、恐ろしく冷たい瞳をした女性が井々村のスマホを覗き込んでいる。

 肩まで伸びた黒い艶やかな髪は綺麗に整えられていた。薄化粧だが、アイラインの色が濃い。

 加えて服装が変わっていた。タンクトップはともかく、その下のパンツが酷い。

 ダメージジーンズというのはわかるが、あまりにもボロボロでその下の肌がほとんど見えていた。


「垂枝君、珍しいね、君がこの段階で出てくるとは思わなかったよ」

「その彼に、少し興味が湧きまして」

 垂枝と呼ばれた女性は義行を指さして答える。


「あの……?」

「ああ、彼女は垂枝 香、俺の秘書だ。掲示板の管理人でもある」

 井々村は面倒臭そうに垂枝を紹介した。


「宜しくお願いします。僕は……」

「神峯 義行。ハンドルネーム、『かのみねくん』ですね?」

 義行は驚きを隠せなかった。


 彼女は何故、自分のフルネームを知っているのだろう。

 義行は掲示板内で本名を名乗ったことはない。

 ハンドルネームもあの掲示板でしか使っていないものだ。

 SNSのアカウントとも別にしている。


「垂枝君、彼はどうだ?」

「……ノーマルですね。安心して下さい」

 垂枝はじっと義行を見た後、そう言った。


「なんだ、つまらない。ところで君、彼女を可愛いと言ったね?」

 井々村はスマホに表示された記事に張り付けられた被害者の写真を指差している。


「ええ、とっても。ウェーブのかかった綺麗な髪に、大きな瞳。それに化粧も上手」

 垂枝はうっとりとした表情で答えた。


「そうか……、なら彼女は誰かに殺された可能性があるな」


 井々村はそう言って、スマホの画面から義行に向き直る。

 なぜ、そう断言できるのだろうか。義行にはわからない。

 けれど、井々村は確信を得ているようだ。


「面白くなってきたじゃないか」

 井々村は心底楽しそうな表情で、呟くようにそう言うのだった――。



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