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ご懐妊です。男性版

作者: ララーニア

まあ、こんなショートショートです。怒らないで読んでください。

俺はモテない。

どこをどう見ても弱者男性だ。大学はFランクだし、就職した会社はいわゆるブラック企業。毎日の残業でも大した給料も稼げない。仕事は単純労働で、しかも重労働、長時間ときた。

最初はデスクワークと言われていたのに、配属された先は工場。周りは男だらけ。たまに女が入ってきても、あっという間に辞めていく。まあ、更衣室を覗いたりしたのは俺たちだが、それでやめるなんて根性がない。結局は工場は男しかいない。

残業で帰りが遅いので、女と知り合う機会もない。それでも男の性が疼いてしまうので、時々、深夜の帰り道で、女を襲った。こんな時間に暗い道を歩いている女が悪いのだ。だから俺みたいな男に襲われるんだ。

そんな毎日が過ぎていく。

「おい、なんか太ったんじゃないのか」

同僚に声をかけられた。確かに腹回りが太くなっている。

「そうかな」

「悪い病気かなんかじゃないのか。このところ、太ったって言ってやめていく奴がいるだろう」

そういえば、職場の中で何人か辞めている。何か変な病気でも流行っているのか。どうもこのところ吐き気もするし、体調もイマイチだ。

「病院だけは行っておけよ」

「ああ、」

そう答えたものの、気が進まない。でもあまりに吐き気もするし、腹も出てきた。意を決して近所の内科医に行った。

「吐き気と腹が出てきた、ね」

感情もなく、中年男はパソコンに打ち込む。

「一応、エコーも取っておきますね。上半身裸になって、そのベッドに横になってください」

しばらくネチャネチャした液体を擦り付け、T字型の機械で腹を撫でている。

「ご懐妊です」

「はああああああ」

「妊娠5か月と言ったところでしょうか」

「俺、男ですよ」

「このところ、男性の懐妊が相次いでます」

 医者が言うところによると、男性も今は妊娠するらしい。性行為中のピストン運動で、子宮の中の卵子が吸い込まれ、それが男性器の中からどう言う経路かは不明だが、腹膜まで受精卵が運ばれ、腹膜内に着床する。胎盤がそこで成長し、腹膜の血管に張り付き、そこから栄養を取る。そのメカニズムは未だに解明されていないが、男性の妊娠例は非常に増えてきたと言うことだ。

「そんなもん、中絶してくださいよ」

「無理です」

「なぜ」

「まず第一は、中絶には相手の同意が必要なんです。相手の意見は」

医者が澄ました顔で言う。最初の問診書のところに独身と明記してある。

「配偶者でなくても、お付き合いしているパートナーの同意で構いません」

それもいるはずがない。レイプした相手だ。しかも覚えていない。

「それと第二には、すでに五ヶ月に入ってますから、中絶は法律でできません」

「それじゃあ、俺に産めと」

「産むことはできません。男性ですから産道がありませんから、十ヶ月目になったら、帝王切開で取り出します」

「腹切るのか・・・」

俺は盲腸の手術さえしたことがない。

「どうしても産みたくない」

「巷に無認可の堕胎医がいますが、ここまで成長した子供を取り出すのはリスクが高いですね。無認可で堕胎した場合に不適切な衛生状態で腹膜炎などで命を落とすケースも結構ありますからね」

医者は淡々と言う。まるで何十回も同じことを言って暗唱でもしているかのように。

「診断書を書きますから、区役所で親子手帳をもらってください。4回まで無料で妊夫検診が受けられますから」

俺は家路をフラフラと歩いた。もしかしたら、かなり困った病気かもしれないとは覚悟していたが、妊娠とは。と言っても相談する相手はいない。もちろん、俺は独身だし、付き合っている彼女もいない。この腹の中の赤ん坊の親は、顔も名前も覚えていないいつどこでやったかも覚えていない女だ。そいつに慰謝料を請求するか?いや、俺がレイプした相手だぞ。どう考えても慰謝料どころか逆にこちらが慰謝料を請求されるだろうし、第一相手もわからない。

悶々として家に着いた。家といっても安アパートだ。日当たりも良くないし、狭いし、二階だから子育てには不向きだ。あ、いやいや、なんで子育てするって話になる。無認可の堕胎医を探すしかない。一応医者と言うなら、命までは落とさないだろう。

会社で少しは話せるやつに電話をしてみた。

「おい、ちょっと付き合わないか」

「いや、悪い、忙しいんだ。先月辞めたAのこと覚えてるか」

「ああ、」

Aは太って腹が出てきたやつだ。あいつももしかしたら、俺と同じに妊娠したのかも?

「ここだけの話だが、あいつ、妊娠してて、」

「・・・・・・」

「驚かないのか」

「いやそうじゃなくて、あまりのことに返事のしようがないんだ」

「そっか。それであいつ、その腹ん中のガキを堕ろすために無許可の医者んところに行ったんだ。そこで、ろくでもない手術をしたらしく、腹膜炎起こしてそれが元で死んじまったんだよ」

俺はスマホを落としそうになった。

「俺、Aの同郷で色々借りがあるからこれからあいつのアパートの片付けとか、故郷のお袋さんや親父さんの手伝いなんかをしなきゃいけないんで、しばらく付き合えない。すまんな」

すまんもクソもない。どうすりゃいいんだ。

堕ろしたら死んじまうかもしれない。でもこのままだと、俺は結婚もしないうちに父親になってしまう。俺の家はお袋が少し前に死んじまって、親父と兄貴、弟の男所帯だ。俺は仕事で東京に来ているが、田舎に帰ったところで育児をしてくれる女はいない。かといって何ができる。

何も決断することもできず、腹はどんどん大きくなって、工場長に呼び出された。

「お前、ガキができたんだろ」

ゴクリと生唾を飲んで何も返事ができなかった。

「医者の検診は受けてるか。後、出産予定日がわかったら、報告してくれ。産休は二ヶ月、育休は六ヶ月まで取れるが、どうするんだ。仕事を続けたかったら、早めに保育園探した方がいいって、この前経営者セミナーで言っていたんだ。会社も妊婦、妊夫対応はしておくから」

もはや万事休すだ。

調べてみたら、男性の妊娠は今は全体の8割を超しているらしい。どうして男性が妊娠するのか、その詳しいメカニズムはわかっていない。以前からオスの腹膜内に受精卵を挿入した場合、そこで胎児が育つことは分かっていた。もちろん、動物実験だが、それは手術で無理矢理入れ込んだ場合だ。それなのに、なぜ性行為後に受精卵が男性の腹膜に入っていくのかは解明が難しいらしい。わからないからと言って、俺が妊娠したのは現実だ。どう足掻いても現実に俺の腹の中で、子供が成長している。しかもそれは俺の子だ。

どこぞの調査機関によると妊娠自体は男女半々だそうだが、女性は妊娠しても妊娠が分かった時点で、妊娠したくなければ自分で中絶薬を飲むとかして必ずしも妊娠しない。女性には生理があって、それが止まったら妊娠かもってわかるわけだ。妊娠初期なら、堕胎薬が効くし、手術による中絶もできる。男にはそれがないからわからないので、腹が出てから気づく。かつて妊娠後の避妊薬は日本国内では解禁されていなかったが、今は簡単にネットで個人輸入ができる。しかしその避妊薬は男性には効かない。結果多くの男性が妊娠し、女性より妊娠数が多いのだと。多くの製薬会社が男性用の避妊薬の開発を進めているが、それが遅々として進まない。今までの常識を逸脱しているから、どうアプローチしていいかわからないためだ。各所に産夫人科の看板を掲げる病院ができ、早いうちの妊娠検査ができるようになったが、それでも気づいたら五ヶ月を超えている男性は引きも切らずだ。副産物と言ってはなんだが、離婚率が増えた。胎盤内の胎児の細胞を使った遺伝子鑑定が一般化している。目的は胎児に遺伝子異常がないかを調べることなのだが、多くの配偶者が親子鑑定を求める。今までは女性は胎児が自分の子供だと分かっていたが、今はそれが確実ではない。男性パートナーが妊娠した時、その胎児は自分の子供か否か、それは女性たちの関心事になる。結果、その子供が妻の子供でないと分かった時点で離婚に至ることも少なくない。もちろんのこと、男性配偶者が妻の妊娠した胎児の父親でなかった場合も同様だが、それにしても妊娠した男性が離婚させられるケースがそこかしこでみられた。テレビのワイドショーの格好のネタにもなっている。事実、離婚率はどんどん上昇し、父子家庭が急増した。この伸び率ではもう少ししたら、母子家庭の総数を超える勢いだ。母子家庭の離婚理由が浮気よりもはるかに性格の不一致、モラハラ、DVが多いのに対して、父子家庭の多くは男性側の浮気によるというのは、なんとも言えない。またシングルマザーの未婚の母が多かったが、今や未婚の父が大勢を占める。俺もその一員。

俺はこれに懲りて、レイプだけはするまいと決意したが、男性も妊娠すると、広く周知されたにもかかわらず、相変わらずレイプで男性が妊娠するケースは減らない。中には本番禁止の性風俗で妊娠した男性が、風俗店を提訴した訴訟が相次いだが、本番禁止のところで本番を無理にしたと言う男性の落ち度ということで全て敗訴になってしまったそうだ。

男性向けの妊夫教室や、セミナーなどが役所などで開かれている。巷でも男性の妊娠が認知されてきて、俺は億劫だったが、親父に電話して妊娠を告げた。

妊夫教室には若いものは10代後半から60代70代の高齢者までいた。多くは妊娠に気がついたときには5ヶ月を過ぎていて、中絶ができなかったできちゃった妊娠だ。よもや自分が妊娠するとは思ってもみなかった人間たちだ。

法律の改正が叫ばれたが、喧々諤諤の話し合いで、まあ、罵り合いとも言うが、なかなか結論が出ず、そのまま改正案は流れてしまった。相手の同意なしの中絶は、レイプ被害者や、妊娠当事者の健康に差し障る場合以外、禁止。妊娠五ヶ月以降の中絶は禁止。これは改正されなかった。ただ、男性が離婚後六ヶ月を待たないと再婚できないことは新たに付け加えられた。これで男女平等になるとはえらい時代だ。

独身の男たちはまず、家事のスキルを身につける必要から、男性向け、料理教室や、男性向けの洗濯機、掃除機のコーナーは盛況だ。多くの妊夫のために時短勤務が進んできたし、会社の業務の見直しや効率化が一気に進んだ。

今までろくに人混みを気にすることがなかったが、そこかしこに腹のでかい男がいる。みただけでは中年太りか妊娠かはわからない。俺も最初は、ただ太ったと思っていたし、妊娠だとは夢にも思わなかった。

妊夫教室で教えてもらったことでは、男性が妊娠するようになって、出生率がかなり増えているという。もちろんのこと男性の産休育休の取得率はどんどん増えている。もはや、少子化の心配がいらないくらいだ。そうか、今まで散々少子化問題が論議されてきたが、男が妊娠すれば簡単に解決するってわけだ。

男性が大挙して妊娠する事態になって、産休を取らざるをえなくなると、女は使えないとか言う言説が通用しなくなった。女は妊娠するから使えないって言われたけれど、今は男性の方が多く妊娠している。だから女の方が使えるではないかと、女たちから反論されまくっている。

しかも妊娠は若い男性だけでなく、中高年の男性も多く妊娠していた。

こうなれば、女には責任ある仕事を任せられないと言う言説も通用しない。中高年の責任ある立場の男たちが妊娠して、つわりや体調不良、出産などで仕事ができなくなってきたためだ。工事現場でも工場でも、今まで男の職場と威張っていた各所で、男性が妊娠し、子育てをしなくてはいけなくなった。大きなお腹では重労働ができないと言うことで、機械化が進む。それにつれて女性の進出が進んでいく。俺の工場でも、俺が産休育休の間に、女性の方が、人数が多くなったし、男性更衣室に赤ん坊のおむつ替のベッドが置かれるようになった。

研究所などでも、今までは女性には危険なところには行かせられないと言っていた男性研究者がドンドン妊夫になって、僻地のフィールドワークに出かけられなくなった。その代わりに女性たちが大挙して危険な僻地や、地底、海底の研究を進めていく。しかもそれらの現場でどんどん成果を上げていく。重機を扱う、深海に潜る、高層ビルのメンテナンスの高所作業をするなどと言うことが女性たちの当たり前になっていく。街の景色が変わってきた。

政治の分野でも、地方議員だけでなく、国会議員の男性もどんどん妊娠していったことで、保育園が必須だと認知されるようになった。今まで子育てや、保育園問題におざなりに発言していた議員たちが、口角唾を飛ばし、必死になって保育園の拡充を叫び、それにつれて保育士の労働環境が改善されていく。保育園に預けられないと、妊夫の今後の死活問題になるので、男性たちが真剣にそれに取り組んだ結果だ。今にして思うと、女性たちが保育園の拡充や、保育士の労働環境改善を叫んだ時、他人事に思っていたが、我が身に降りかかると、それは本当に重要なことだとわかる。今まで活動してきた女性たちからは文句も出たが、結果として、保育園は拡充、定員も増加、保育士の給料は爆あがりで概ね彼女たちの要求が通った形なので、よしとしたらしい。

男女の賃金差も少なくなり、長時間労働も無くなっていく。長時間労働をしていた男性たちがそれができなくなったからだ。ラッシュが妊娠した体に辛いと言うことでフレックス制度も一般化し、どんどんテレワークも進んだ。労働は軽作業化し、重労働、長時間労働自体が減ってきた。効率化は当たり前になり、効率化しない会社は断罪されていく。それどころか、妊娠を機に男たちが、そんな会社に見切りをつけ、どんどん辞めていくので、会社の存続ができない。労働を軽減する自動機械が増えていき、工場や工事現場は以前と比べ物にならないくらい、綺麗さっぱり、自動化され、軽作業化された。おかげで出産後、育休を取り終えて俺が職場に戻っても、さほど疲れることなく、仕事をし、保育園の迎えの時間に間に合うようになっていた。

ただし、家に帰ってからの方が、重労働で、長時間労働だが。

街中は小さな子供が安全に暮らせるような工夫がとられ、小さな子にはリードが当たり前になっていく。家事育児は女のこと、といった感覚はどんどん廃れていく。知り合いの子連れの男と、近いうちに籍を入れると言う話も進んでいる。別に俺も相手もゲイではないが、一緒に子育てをする同志として、家族になろうと思っている。

小さな息子と公園で遊びながら、これもこれでいい人生かと達観した。

空があまりに青い。

まあ、こんなショートショートです。笑って許してください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] さっそく読ませていただきました! 『もし、男も妊娠するんだとしたら?』……概ね、こんな展開になるのかも知れないですね笑←僕は個人的に嫌いじゃないですww まあ現実、ホントにこんな展開にで…
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