勇者の安楽死~新たな勇者と魔王の誕生~
戦士イワノフが洞窟にたどり着くと勇者マクスターは既に台座に横たわっていた。
腹にはマクスターが魔王を倒した聖剣が刺さっている。
その剣が淡い緑色の光を放ちながら点滅している。
「損な役やらせてすまないな。イワノフ」
「気にすんな。むしろ選んでくれて光栄だぜ」
「へ」
「痛くねえのか?」
「勇者だからな」
聖剣は愛、友情、勇気、希望の様な『プラスエネルギー』を吸収し強くなる。
その刃は悪を滅ぼすが正義なる者は傷つけない。
真なる正義の者しか扱う事ができない。
勇者は痛そうどころかエネルギーを吸われ少し気持ち良さそうにしていた。
「……半分は吸われたかな?中々ハイペースだよ」
「……お前は底なしの正義バカだよ」
『歴史は繰り返す』
何千年と繰り返された勇者と魔王の戦い。
勇者が聖剣を使い、人々がその剣に希望……プラスエネルギーを乗せて魔王を討つ。
マクスターも聖剣で魔王を倒した……が、過去にないギリギリの戦いとなった。
一撃で魔王は滅びず、勇者パーティーの3人が命を失った。
マクスターは悟った……『人々のプラスエネルギーが衰えている』
世界に平和が戻った後。
世間は勇者に厳しかった。
「はいお疲れさま」という言葉だけで彼らを祭る事も讃えもしなかった。
彼らにとって「勇者が自分の為に命を懸けて戦う」事など当たり前の事。
特別扱いもされず、家も与えられず洞窟に住み、力仕事で生活費を稼いだ。
平和を取り戻し、人々は欲にまみれた生活を送った。
暴力、ギャンブル、ドラッグ、違法魔法。
マクスターは憂いた。
『私には分かる。次の魔王の誕生の時は近い。そして次の魔王が現れたら勇者は勝てない』と。
そこでマクスターは『己の全てのプラスエネルギー』と『勇者の力』を聖剣に吸わせる事にした。
聖剣を大きくパワーアップさせる事で次の勇者は人々のプラスエネルギーが足りなくとも魔王に勝てるだろう。
(……だけど今のあいつらにそこまでする価値があんのかよ?)
「ローラ……マチャモ……おお。ミカサまで!」
「……マクスターお前」
勇者には先に旅立った三人の仲間が見えている様だ。
聖剣がマクスターの命を奪っていく。
『次の勇者が現れた時の為に聖剣を護る』事を託されたイワノフは悩んでいた。
(……今ならまだ助かるんじゃ)
「イワノフ。我が唯一の親友よ。私には分かる。止めないでくれ。未来を次の勇者を……を頼むよ」
勇者には全てお見通しの様だ。イワノフは諦め、覚悟を決めて勇者を看取る事にした。
「……さよならか?」
イワノフは勇者の親友でいたかった。
ここで止めたら彼から永遠に恨まれるであろう。
だからもう止められなかった。
「……さよならだイワノフ。そして愛する人々よ」
「じゃあな」
「あり……がとう」
勇者から全てが失われた。
まるで眠っているようだ。それと反して勇者の全てを吸いきった聖剣はとてつもないオーラを放っている。
「……すげえ。なんてパワーだ」
・
「おおい!マクスター!豚に餌をやる時間だぞ!」
イワノフが勇者の亡骸に手を合わせていると、農夫の中年がズカズカと勇者の洞窟にやって来た。
「寝てる場合じゃねえだろが!勇者だか何だか知らねえが働きゃなきゃおまんま食えねえぞ!」
「おい!何をする!?」
農夫は勇者を無理矢理台座から引きずり下ろし、床に転がった彼を蹴った。
「んだ?死んだか?あーやっぱか。昨日毒素まみれの炭鉱で働かせたからかなぁ?んはは!まー次の奴隷を探せばいいべ」
「……奴隷? ……貴様。世界を救った勇者をこの様に扱うのか?」
「んー?なーんだおめ勇者の友達かい?ちっと魔王倒したからって生意気言うな!勇者ってのは『人々の為に苦しむのが幸せ』なんだよ。戦って当然!勇者ってのは『人々の奴隷』!産まれたときからおらたちよりずーっと身分が下だ!だからおらの役に経って死ぬなら本望だべ?ンガハッハッハッー!」
ガッハッハと笑う農夫を見てイワノフは『キレた』
無意識に聖剣に手を伸ばし掴んだ。
そして振った。
『あんれ?』
悪を切り、正義にしか扱えぬ聖剣が農夫を切り裂いた。
血は一切出ていない。『消滅させる』のが聖剣である。
農夫の両手両足がボトボトと地面に落ちて胴体と共に消滅した。
残るは首のみ。
「……た……たすけて。悪かったよ……ゆるして」
「特別に許してやる。その代わり……」
イワノフが聖剣を農夫の顔に向けると農夫の全てが消えた。
「死ね」
・
・
・(次の魔王の誕生の時は近い)
「俺が新しい勇者であり……魔王だ!マクスター!お前の予言は当たったぞ!お前との約束通り未来と勇者は託された!まずは未来の為に街に火を放つ!」
『勇者の聖剣』を持った『魔王』イワノフの復讐が始まった。