ラブレターを貰いましたが差出人の名前がNでした。
この小説は香月よう子様主催《夏の夜の恋物語企画》参加作品です。
唐突に、突然、いきなり、これでもかというくらい何の前触れもなくそれは来た。
今まで何の接点も無かった筈だ。何故突然こんな……お手紙を頂いてしまったのか。
時は放課後、私は何の変哲もない女子高生。帰宅しようと下駄箱を見ると、そこには一通の手紙が。
いやいやいやいやいや、今時……下駄箱にラブレター……?
しかし聞いた事はある。明治時代とかには、そんな習慣もあったとか……
【注意:今でもする子はいます】
この前、友人がSNSで告られたとか言っていたが……確か相手はサッカー部のエースとか言ってたな。ついに私も告られるようになったか。しかし私に告ってくるとか……どんなもの好きだ。
別に自分に自信が無いわけじゃない。勉強も運動もそこそこだし、友人にも恵まれてるし何不自由ない高校生活を送っている。だが私には一つだけコンプレックスがあった。それは……身長。
なんと私の身長は188cm。
高すぎだろ! と自分で自分にツッコミを入れる毎日送ってます。何せ私より身長高い人なんて、バスケ部の男子くらいしか居ない。その辺の男子よりも身長が高い私は嫌でも目立つ。
ちなみに母親の身長は155cm。父親は172cm。兄は153cm。
おい、兄ちょっと変われ、と言いたくなるが、兄は兄でその身長にコンプレックス持ってるんだとか。
いいじゃないか! 低い方が! 絶対身長低い方が強い! 身長高くて得する事なんて、絶対無い!
そんなこんなでラブレターらしき物体を鞄に放り込み、自宅へと帰宅。速攻で自室へと潜り込み、ラブレターを開いてみた。中には可愛らしい便箋が。
「男子にしては可愛らしいな……えっと、何々……」
『拝啓、黒崎 紬様突然のお手紙をお許しください。僕は貴方の同級生……Nと申します』
……あ?
なんだ、Nって。うちの学校、そんな名前の子いたっけ?
いやいやいや、居る筈ねえ。これは……イニシャル! 苗字か名前か知らんけど、何故にイニシャル?
ちょっと待て、実名記入せよ! 誰か分からんだろうが!
『入学と同時に貴方に一目惚れをしました。そして今回、勇気を出してこのお手紙を下駄箱へと投函いたしました。どうかこのご無礼をお許しください。僕は携帯電話を持っていないので、今時の電子メールが送れないのです』
あ、あぁ、携帯持ってないのか。じゃあ仕方ない。しかし今時小学生でもスマホ持ってるのに……。親がそういうの厳しいんだろうか。
っていうか一目惚れって……っく、マジか……私の何処に一目惚れしたんだ?!
『僕は貴方の、そのカッコイイ身長に一目惚れを』
「キイィィィッィ!」
その瞬間、私は思わずラブレターをやぶ……りそうになったが思いとどまり、綺麗に畳んで机の中に。
っく、ラブレターで悪口言われた! ひどい悪口言われた! もうお兄ちゃん虐めるしかない!
そして私は立ち上がり、これでもかというくらい、いきなり兄の部屋へと!
「お兄ちゃん! 失礼いたす!」
「ふぉぁ! な、なに、なに?!」
むむ、兄はベッドの上で……なにやら布団の中に何か隠したな。
げへへへへ、もしかして……変な事してたんだな?! いじめてやる!
「お兄ちゃん? 今、何を隠したのでござる?! さあ、可愛い妹に見せてごらん!」
「嫌だわ! っていうか全然可愛くないわ! 兄より三十センチも身長高い妹なんて!」
グサ……と私の心に何かが刺さった。そのまま私は、超有名ボクシング漫画の主人公のように、兄の勉強机の椅子へと座る。
「燃え尽きだぜ……」
「ぁ、いや、ごめんて。身長高いの……カッコイイと思うぞ、お兄ちゃんは!」
私を励ましてくれるお兄ちゃん。
しかしスキありぃー!! と私は兄が何か隠したベッドの中へと潜り込む!
「ちょ! お前なにしてん!」
「ふふふふ、兄よ! エロ本読むなら私も一緒に……って」
ベッドの中に隠されていたのはエロ本では無かった。それは……某Youtuberの可愛い猫の写真集。
「……兄よ。これはどういうことか」
「あ、いや……可愛いから……だ、ダメ?」
何を可愛くモジモジしてるん! そのポジションは妹のもんやぞ! 今すぐ取り換えろ! 私と!
「だ、だって可愛い猫ちゃんは正義! 俺は可愛いものが大好きなんだ!」
「トゥンク……兄よ、ということは……妹の事も大好きなのか?」
「え?」
「え?」
時が一瞬止まった後。私は泣きながら兄の部屋を出た。
「ちょ、おま、写真集返せ!」
うわーん! 兄のばかばか! どうせ私は可愛くないわい! 酷い事言われたお詫びとして、この写真集は頂いていく!
※
翌日、私は兄から頂いた写真集を読みながらバスに揺られていた。ほぼほぼ満員電車状態のバスの中で、私は頭一つ分抜け出ており、周りのサラリーマン風の男性に見上げられるという嫌がらせを受けつつ登校する。
というか猫可愛いな。この猫たんはマンチカンとアメリカンショートヘアーの子供か。可愛すぎだろ。やっぱり小さい方が絶対可愛い……。
はぁ……小さくなりたい。
せめて兄と身長取り換えて欲しい。
そうすれば兄も満足だろう。ウィンウィンの筈だ。しかしそんな事は叶う筈も……
そう、漫画かアニメだったら、この辺りで不思議な事が起こって、私の願いを叶えてくれるはず。
でもなんかデメリットがあって、最後に私は元に戻して! とか言いながら懇願して、元に戻った時、やっぱり平和が一番! とか思うんだ。
どうせ叶わないなら、せめてもっと幸せな事が起きて欲しい。そう、例えば……滅茶苦茶可愛い彼氏が出来るとか……
はっ! そういえばあのラブレターの事忘れてた!
【注意:忘れないで、この小説のメインですよ!】
いかん、そうだ、あるじゃないか。私にはN君が居る! まずはN君が誰なのか見極めないと!
しかし……男性の選り好みできる立場じゃないけど、あんまり怖そうな人は嫌だなぁ……無駄に声でかいとか、筋肉ムキムキとか、イケメンでなくてもいいけど、せめて普通の……
そうこうしている内にバスが高校付近に到着。そこからは歩き。私は歩きながら、N君が誰なのかを模索する。
私と接点がある男子といえば……同じバスケ部か? しかしN……ナ行で始まる苗字の人といえば……
「中村君……」
「むふふ、呼んだかい?」
ってぎゃー! びっくりした!
「おはよう、黒崎さん」
「お、おはよう……中村君……」
同じバスケ部所属、中村春斗。私より身長低いが、それでも180cm以上ある。まあ、そこそこ高い方じゃなかろうか。
「どうしたの、いきなり僕の名前を読んだりして……もしかして……惚れた?」
「トゥンク……中村君、もし私に告られたら受けてくれる?」
「もちのろんさぁ。黒崎さんなら誰でもOKしてくれると思うけどね」
マジかぁ。っていうかこの軽いノリ……脈無しだな。中村君では無かったか……。
「ところで黒崎さん、なんか急いで相手探してる?」
「え? いや、別にそういうわけじゃ……」
「あ、違うんだ。夏祭りに一緒に行く相手でも探してるんだと思った。実は僕も相手居なくてさ、良かったら一緒に行かない? 浴衣着て」
浴衣……あるかなぁ、家に。母親のお古とか……いや、サイズ小さいよな。
あぁ! 兄と身長取り換えて貰えれば着れるのに!
「ごめん、中村君……浴衣ないかも」
「じゃあ借りにいく? 今、学割で貸してくれるお店もあるんだよ」
そうなのか。うーん、ちょっと面白いかも!
浴衣で夏祭りかぁ、よきよき……
「じゃあ……いこっかな……」
「そうこなくっちゃ。じゃあ今度の日曜日、楽しみにしてるね」
「あぁ、うん」
そのまま中村君は小走りで先に高校へと向かう。
夏祭りかぁ……なんか、オラ、ワックワクしてきたぞ!
※
展開早いのはいいことなのか、それとも悪い事なのか。
まあ、賛否両論あるとは思いますが、今度の日曜日です。今現在。
「作者の悪い癖が出たか……文字数気にするあまり急展開を……」
「おまたせー」
むむ、中村君来た! やっほぃ! こっちだぜ!
「中はいってまってればいいのに。……滅茶苦茶熱かったでしょ? っていうか大丈夫?」
「そうでもないよ、涼し気な恰好してきたから!」
「涼し気って……確かに……北極にいそうな姿だけど……」
そう? 今私は灼熱の太陽光に耐える為、シロクマの着ぐるみに身を包んでいる。
昔、どっかのアルバイトの報酬で貰えた奴だ。店長が夜逃げして払えるお金が無いからせめてこれを! と押し付けられた。
「むふぅ、中村君。ほらほら、道行く人、みんな私を見ていないよ。目立たないって素晴らしいね」
「皆無理に視線を逸らしてる気がするけど……」
えっ
「まあ、とりあえず中に入ろうか。ちょっとシュールすぎるし」
シロクマの背中をそっと押しながら、店へと進めと行ってくる中村君。
自動ドアを潜り……お店の中に入るとエアコンが効いて滅茶苦茶涼しい! 良い感じよ!
「いらっしゃいま……く、くま?」
「あのぉ……私、高校生なんですけど……」
そっとお腹のポッケから学生証を出して、店員さんに手渡す私。中村君も同じように。
「こ、高校生の方……? 今、こういうの流行ってるんでしょうか……」
「ぁ、こっちの子は気にしないで下さい。というか早く浴衣着せてあげて欲しいんですけど……」
むむ、なんか店の人……私に注目してる?
何故だ! 道行く人は私の事、見てこなかったのに!
「えっと……学生の方のレンタル料金は……こちらになりますがよろしいですか? 柄も自由に選べますよ」
むむ、料金表……。
ほほぅ、三千円! 安い……のか? 高校生にとっては大金なんですが……。
「中村君、ちょっと高いクマ。私には縁が無かったクマ……」
「うん、語尾にクマって付き始めてるし、さっさと浴衣に着替えよう? 料金なら僕が奢るから……」
「そ、そんなの悪いクマ!」
「いいから……頼むから着替えてくれ!」
半ば無理やりに試着室へと連行される私。店員さんにシロクマの着ぐるみを剥がされ……
「……貴方、なんでこんな格好を?」
「えっ、だって……私、身長高いのがコンプレックスなんです。でもシロクマの姿なら……いいかなって……」
「何がいいのか分からないけど、身長が高い女性は素敵よ。貴方はそりゃ……思う所もあるんでしょうけど、魅力的なのには変わりないわ」
うわーん! そんな言葉には騙されない! 私は小さい方が良かった!
「短所となり得ぬ長所もなく、長所になり得ぬ短所もないのよ。もっと自分に自信を持ちなさい。少なくともこんな着ぐるみに頼ってちゃダメ」
「うぅ、わかりました……」
「よろしい。じゃあ……何色が好き?」
何色……じゃあ……
「シロクマっぽい色……」
「却下」
却下されたん……
※
彼女に一目惚れしたのは入学したと同時。
当たり前のように僕は彼女と同じバスケ部へと入部した。
正直、ここまでトントン拍子に事が進むとは思っても居なかった。彼女はきっと、ラブレターのN君が僕だとは思っていないだろう。あんな軽いノリで誘ったのだから、今日はただ遊びにきただけだと思っているに違いない。
いや、それでいい。彼女には楽しんで貰いたい。ただ叶うなら、僕の気持ちを彼女に……
「おまたせしましたー」
先に浴衣の着付けが終わった僕は、お店のベンチで可愛い猫の雑誌を見ながら待っていた。そして待つこと三十分程度。彼女は試着室から出てきた。
「……な、中村君……どう?」
思わず言葉を失った。白をベースにした牡丹柄の浴衣。彼女の魅力の一つだった長いストレートの髪はお団子にされ、白い首筋が露になっている。思わず齧りつきたくなるようなうなじ。そして全体的に可愛らしい。普段彼女の事はカッコイイ女性だと認識していた。それが彼女は嫌だと言う事も知っていた。
でも今は素直に思う。黒崎紬は、こんなにも可愛い女の子だったのか。
「中村君? あぁ、やっぱりシロクマの方が!」
「動くな! 動くと撃つ!」
「なっ!」
ビクっと動きを止める黒崎さん。店員さんは、そのやりとりを見てクスクスと笑いつつ、僕へと料金を払えとお代金表と書かれた紙を手渡してくる。
「しっかりね」
その言葉だけで僕は赤面してしまう。うぅ、しっかりせねば……。
そのまま料金を払い、彼女と共に店を出ると良い感じに日が沈み始めていた。
少し涼しくなっている。まだ明るいけど、ポツポツ、と祭用のちょうちん型の街灯もつき始めていた。
「中村君……お金、あとで返すよ」
「ヤダ」
「……ヤダとは?」
「絶対受け取らない」
「何故に!?」
「嫌なものは嫌なの!」
「子供か?!」
子供だ、僕はまだまだ子供だ。さっきの金だって、手伝い程度のバイトで貰った金の一部だ。知り合いの探偵に街に迷い込んだパンダを見つけて来いと言われた、非常に簡単なバイトの。
「なんかいい匂いするね」
彼女の言葉で、既に祭りが始まっている事に気付いた。この商店街をまっすぐ北上すると丘の上に神社がある。その神社までの道のりに出店が沢山出され、祭りのクライマックスは神社の裏手の浜辺から打ち上げられる花火。
「行こう、黒崎さん」
「うんむ」
僕らはゆっくり、祭りへと向かう。
※
店で借りた下駄が滅茶苦茶歩きずらい。それは彼女も同じらしく、二人共まるで登山するかのようなチョロチョロ歩きだ。ちなみに登山する際、大股で歩くと足がすぐに疲れてしまう為、小股でチョロチョロ歩くのをオススメする。
「すっかり暗くなってきたね」
現在午後八時。既に日は落ちたが不思議と時間の経過を感じない。ここはド田舎で、この時間帯になると街に人が居るなど在り得ないが……今日は夏祭り。当たり前のように人々は祭りを楽しむために外に出ている。
僕らはとりあえずと、出店でジュースを買って、一緒にタコヤキも。
一旦どこかで座って食べようという事になり、僕らは付近のベンチへと。ちなみに丘の上の神社まではまだまだ距離がある。あの長い坂道の中に、一体どれほどの出店があるのか……。あれを堪能しながら神社を目指していたらそれこそ朝になりそうだ。
「たこやきあけるねー。って……」
たこやきのパッケージを開けた彼女はギョっとする。そこには……紅ショウガとマヨネーズで書かれた……ゴリラ!
「なんでゴリラ?」
「さあ……」
たこ焼き屋の店主! ここはハートマークとか描くところだろうが! なんでゴリラとか妙に難度高い器用な真似しやがる! 凄いな!
「写メっとこー」
でも彼女は楽しそうだ。紅ショウガとマヨネーズで描かれたゴリラを楽しそうに眺めつつ、食べにくい……と呟きながら恐る恐る爪楊枝でたこ焼きを一つとる。
「はい、中村君、あーん」
「マジっすか」
うぅ、嬉しいけど恥ずかしい! 周りには人が……人が!
でも構わん! 男を見せろ俺! と、食べようとした瞬間、たこ焼きは逃げて、彼女の口へ。
「……黒崎さん?」
「フフゥ、甘いぞ若造。私からアーン、をしてほしければ、試練を乗り越えるのだ」
試練とは……?
「私にあーんして」
あぁ、はい……。
そのまま新しい爪楊枝でたこ焼きを刺して持ち上げつつ、彼女の口へと。
彼女の唇に視線が行ってしまう。
「あ、あーん……」
「あーん……あっつ!」
ジュースを飲むのだ! とポカリを差し出すと、彼女はポカリでたこ焼きを流し込みつつ、満面の笑みに。
「うーん、たこ焼きとポカリは合うね!」
マジか。たこ焼きとポカリあうのか……では僕も……
「はい、あーん」
今度は僕へとたこ焼きを刺し出してくれる彼女。
僕は大きく口をあけ、今度こそ彼女のあーんを……受け入れる事が出来た。
「おいしい?」
「おいひい……あついけど……うん、おいしい……」
舌が火傷しそうだ。しかしこれがいい。あつあつのたこ焼きを、ハフハフいいながら食べるのが美味しいのだ。しかも彼女にあーんしてもらった物だし……。
「あ、中村君! 見て見て! 珍しい出店があるよ!」
「え? どこどこ……?」
「ほら、あそこあそこ、本格派の射的だって!」
本格派の射的……?
なんぞそれ。しかし彼女は目をキラキラさせながらそちらへと視線を注いでいる。
これは行くしかない。
「やる?」
「やるやるー」
たこ焼きを持ちつつ、射的場へと向かうべく立ち上がる。
その時、彼女は若干……立ちにくそうだった。女性の浴衣がどういうのか知らないけど……これは……手を差し出すべきなのでは……。
やばい、手汗は大丈夫か? べったべったか? 分からない、自分の手がどういう状態なのか分からない! しかしここしかチャンスは無いような気がする、ここを逃したら……
「黒崎さん……」
「ん? ぁ、ありがとー」
きゅ……と差しだした僕の手を握ってくれる彼女。
細い、柔らかい手が僕の手に。やばい、なんかいい方がいちいちいやらしい!
駄目だ、煩悩を捨てよ、僕は今日、彼女のために……
そっと立ち上がる黒崎さん。
あぁ、もう離さないと……って、あれ、黒崎さん離してくれない。
「黒崎さん……?」
「何?」
「い、いや、なんでも……」
そっと僕は黒崎さんの手を握り返す。
やばい……なんか……心の中に暖かい物が……
※
まずい、まずいまずいまずい!
手離した方がいい? 中村君が差し出してくれた手が滅茶苦茶嬉しくてつい握ってしまったけども……離すタイミングを逃した! このまま握っててもいいのか?!
どうする、今更離すか? しかし中村君は私の手をこれでもかと握ってくれている!
この状況で離すとか空気読めって感じだけど、っていうか……中村君ってそうなのか?!
この私に……こ、恋しちゃってるのか?!
いやいやいやいやいや! 自意識過剰か?!
男の子ってみんなこんな生き物かもしれない! 思い出せ、この祭りに誘われた時の軽いノリを!
あの流れで中村君が実は私の事好きでしたーなんて……都合よすぎるだろ!
うぅ、しかし離したくない、離せない!
私も中村君の事好きなのか? いや、中村君は私にとってただの……クラスメイト! それ以上でもそれ以下でも……
だがこの気持ちはなんだ。乙女心が……なんか腹の底からせりあがってくるような……
腹の底からってなんだ、もっと可愛い表現の仕方あるだろ作者! っていうか中村君より私の方がなんか語り口逞しくない?! もっと少女らしく……
「いらっしゃいませ」
どぎまぎしながら射的屋の前へ。他に客は居ない。
というか……この射的の銃……なんか本格過ぎない? これってゲームとかでよく見る……アサルトライフル?
「十発で三百円です。やりますか?」
「あ、はい……」
「では装填しますのでお待ちを」
というか店員さん……金髪ポニーテールで目も青い。もしかしないでも海外の方?
店員さんはガシャ! とかカシャン! とか小気味いい音を鳴らしつつ、銃へと玉を装填……。
なんか怖い。その銃……本当に射的用?
「では男の方から。気を付けて下さい、反動で転倒しないように。舐めてると怪我しますよ」
えっ、いや、これ絶対射的じゃ……
「ゴルァー! ヴァスコード! てめえ店出すなっつっただろうが!」
そこへ駆けこんでくるグリズリー。黒いクマさんだ!
「いえ、ちゃんと神主の許可はとりましたよ。射的してもいいと……」
「射的じゃねえ! 軍で使用する訓練用のゴム弾だろうが! 当たり所悪いと人間も殺せるわ!」
ひぃぃぃぃ! そんなブツだったの?!
「大丈夫です。私が監督役として……」
「だから心配なんだよ! 店今すぐたため! 働きたかったら俺がコキつかってやるよ!」
そのまま銃を没収され、そのまま店員さんはグリズリーに引きずられて連れていかれてしまう。
なんだったんだ……。
「と、とりあえず……いこっか」
中村君は冷や汗を垂らしながら私へと振り向き、手を繋ぎ直して……
ここだ、離すなら……ここだ。
私と中村君はそんな仲じゃない、中村君に迷惑が掛かる前に、私から手を離さないと……
「……うん」
しかしそのまま繋いでしまった。
何故だ、繋ぎたかったから?
子供の頃、よく兄に手を繋いでとせがんでいた。兄は恥ずかしがって繋いでくれなくて、私は無理やりに兄の手を取った。兄は私の手を振りほどいたりはしなかったけど、ずっと周りの目を気にするようにしていた。
だから……私は無意識に手を繋ぐのは迷惑になるとでも思っていたのだろうか。
中村君と兄は違う。兄は可愛い猫の写真集を妹に見られまいと布団の中に隠す程の恥ずかしがり屋。
そうだ、兄と中村君は……違う。
もっと中村君を……信頼するんだ。
「あ、花火……」
その時、空に打ち上げられた花火に、そこに居た人が皆見上げる。
皆、同じ方向を見て、綺麗に咲く花火をみている。
勿論、私も、中村君も。
「綺麗だね」
「綺麗クマ……」
「なんでその語尾?!」
「な、なんとなく……」
やばい、なんでこんなに恥ずかしい……いや、ドキドキしてるんだ?
もう駄目だ、消えたい、もう……
「ねえ、あそこのカップル凄い背高いね。女の子の方が高いー」
「あ、凄いね」
ビクっと背筋が震える。
そんな声がどこからか聞こえてきた。
私の方が背が高い。
私は……嫌だ、背が高いのが、嫌なんだ。
そんな目で私を見るな、私を……みるな……
「たーまーやー!!!!!!!!!」
その時、中村君が滅茶苦茶叫んだ。
誰もが中村君を注目する。
ど、どうした?!
※
「たーまーやー!!!!!!!!」
思い切り叫んだ。
彼女の気持ちは分かっていたから。どこからか聞こえた、身長に対する声。
それはきっと、嫌がらせでも悪口でもなく、ただ単純に凄いと思っただけだろう。
彼女は身長が高い。他の人間から見れば、それは短所なわけがない。長所にしかならいと思う筈だ。
実際僕もそうだ。
もっと身長がほしい。そう思うのは至極当然の事。でも彼女にとって、その言葉は苦痛以外の何者でもない。
僕と彼女は違う。当たり前だ、この地球にいる誰もが、違う生き物だ。誰一人として、同じ種類の人間なんていない。僕らは誰もが唯一無二の存在だ。
「な、中村君?」
「僕は……! 貴方の事が好きです! ずっと、ずっと、高校入学の時からずっと、好きでした!」
花火の音に負けじと、僕は叫んだ。
もうこうせざるとえない、と思った。
彼女の身長に対するコンプレックス……はさておき、とりあえず僕は叫びたかっただけだ。
「マジか」
「真の男現る」
「リア充爆発しろ……」
様々な声が聞こえる中、僕は彼女しか見えていなかった。
呆然と目を見開いて、僕を見てくる彼女。
その時間が長い。ずっと、一時間以上見つめ合っていたような気もする。
まるで時が止まったかのような、そう思えるような……
「……N君?」
彼女はそう呟いた。
僕はそっと頷く。
「穴に入りたい……」
「僕も……」
「一緒に……子熊をモフモフしたい……」
「僕も……」
「でもでも、お母さんクマが帰ってきたら怒られるかも……」
「僕も……一緒に謝るよ」
一際おおきな花火が上がった。
心臓に直接衝撃を与えられたかのような……そんな凄まじい音に、僕は思わず空を見上げ……そうになった時
ふわっと……彼女が僕に体を預けてくる。
「ご、ごめん……音がびっくりして……」
「う、うん……大丈夫……」
僕は彼女を支えながら、空を見上げた。
今は誰も僕らを見ていない。ただ空で続けてあげる巨大な打ち上げ花火を見上げているのみ。
だから、今しかないと思った。
僕は最後の勇気を振り絞って……
「……嫌……だった?」
「……ぜ、ぜんぜん……嫌じゃないクマ……」
しまらないけど、それが彼女のいいところだと……今は思う。
僕らはただ、打ち上げ花火を見上げながら……