~第2章~
ガチャガチャ、カチャ。
運命ノートを購入して帰ってきた章吾は、静かに自宅の鍵を開けた。深夜1時をまわって、家で起きている者がいないのを知っているからだ。
再び静かに鍵を閉めると、2階にある自分の部屋へと足を運んだ。部屋の明かりを付け、カバンを降ろし、ベットに身を投げる。
「ふぅー、何か疲れたなぁ」
仰向けになり、少しの間、天井を見つめていた。
「そうだ、中……見てみよう」
おもむろに体を起こし、カバンに手を伸ばすと、中から先程購入したノートを取り出した。……あの運命ノートを。
しばらくそのノートを見つめる。裏を見たり、表を見たり、とにかくノート全体を見てみた。表紙に名前と日付を書く所があるだけの、何の代わり映えのしないノート。
「パッと見は普通のノートなんだけどなぁ」
まじまじとそれを見ていると、思い出したようにカバンから説明書を取り出した。
「コレがあるんだった」
少しワクワクしながら、そしてそれより少ない恐怖心を抑えながら、説明書を開いた。
「『本日は運命ノートをお買い上げ頂きまして、ありがとうございます』……」
章吾はその1文を読み、軽く吹いた。
「なんだコレ、普通の商品じゃん。ありがたみ薄れるなぁ」
章吾は小声を出して説明書の続きを読み始めた。
そこにはこう記されていた。
本日は運命ノートをお買い上げ頂きまして、ありがとうございます。
この説明書をお読みの上、正しくお使い下さい。
このノートは、購入された貴方様の運命が記されたノートでございます。
使い方は至って簡単。表紙に、貴方様の名前と、購入された日付を、黒色で、消えないモノで書くだけでございます。
しかし、このノートには少しルールがあります。
1、このノートに書かれた事は、必ず起こる今後の運命です。変えることは1部の例外を除き、出来ません。
2、このノートを購入された時にお支払い頂いた金額、1ヶ月分につき1度、書かれた運命を改ざんする事が可能です。
3、運命ノートに書かれているのは、購入されたノートの種類のみの運命です。
以上のルールを承諾された上で、正しくお使い下さい。
そこまで読んで、章吾は説明書を置き、再びノートを手に取った。
「…ホントかよ。運命が分かるってのは頭にあったけど、まさか改ざんまで出来るなんて。…2ヶ月分出して買ったから、2回は直せるって事か…。こりゃ、思った以上にいい買い物したかも」
先程までとは、既にノートを見る目が変わっていた。
机から黒のボールペンを取り出し、ノートの表紙に、自分の名前と日付を書いた。
するとノートは、薄っすらと赤く輝いた。
章吾は、恐る恐るノートを開いた。最初のページには、1番上に日付が書かれており、次いでページいっぱいに何か書かれていた。章吾はそれを読んでいく。雨が降り、どうこう等と書かれている中、気になる文を見つけた。
「『12月11日……羽山なつみとデートの約束をする!?』」
章吾は思わず大きな声を出してしまった。慌てて口に手をあて、ドアの方向に目をやった。
しんとしている。誰も起きなかったようだ。
目をノートに向け直し、もう1度読み直した。
「…ホントかよ。明日…てか、日付変わったからもう今日か。俺が23時上がりで、羽山は22時だったよな。…いつするんだろう。言われるのか?それとも俺から言うのか?言われる事はないだろうし…やっぱ俺が言うのか」
ブツブツと独り言を言いながら、ページをめくっていく。
どうやら、1ページ毎に1日の運命が、ある程度簡略化されて書かれているようだった。
章吾は他にも気になる所をいくつも見つけたが、最初の1つが気になって仕方なかった。そわそわしながらも、その日はもう眠ることにした。
朝、章吾はいつも9時には起きる。しかし、今日はいつもより早く起きた。時計を見るとまだ7時。緊張や不安で、あまり眠れなかったのだ。カーテンを開けると朝日が眩しかった。
下に降りると、いい匂いが鼻をくすぐる。急に腹が減ってきた。
「おはよう」
キッチンに行くと、母親が朝食を作り終えた所だった。
章吾の家族は父親、母親、3つ年の離れた妹の、4人家族で、全員が集まっていた。
「あら、おはよう。今日は早いのね」
「お兄ちゃんにしては珍しい。雨でも降るんじゃないの」
制服姿の妹が茶化す。章吾はノートの1文を思い出した。
「ああ、降るかもな」
妹は「えっ?」と言う顔をしていた。
「久しぶりに全員で朝食を摂るのも、いいもんだな」
父親が言うと、章吾もその通りといった具合にゆっくりうなずいた。
朝食を摂ると、父親は仕事、妹は学校、母親は主婦の仕事と、それぞれ別々になった。
章吾は、今日のバイトは14時からなので、適当に部屋で時間をつぶした。
「行ってきます」
章吾は玄関を開け、空を見た。
「雨…降んのかな。一応折りたたみ持って行くか」
玄関に置いてある自分の折りたたみ傘を1本カバンに入れ、家を出た。
バイト先の飲食店は、昼間はそれほどでもなかったが、夜は以外に客が集まった。仕事の忙しさに、一時ノートの事を完全に忘れていた。
22時。客も大分遠のき、羽山があがる時間になった。
「あっ、雨降ってる」
なつみが外を見て言った。
「うわっ、ホントだ。昼間はあんなに晴れてたのにな」
章吾が近くに来て言った。
「どうしよう。傘なんて持ってきてないよ」
外を見つめながら眉を寄せる。章吾はその姿に目をやった。
「…お、俺、折りたたみの傘持ってきてるから、貸してやるよ」
なつみが章吾の方へ首を回し、顔を輝かせた。
「いいの!? でも、日高君はどうするの?」
「俺? ……俺はもう1本あるからヘーキ。俺のカバンに入ってるから、持ってけよ」
章吾は少し間を空け、ためらいながらも嘘をついた。
「ありがとう。それじゃあ借りてくね。お先に。お疲れ様」
「おぅ、お疲れ」
なつみは休憩室に戻っていった。
章吾は仕事に戻る。片付けやら何やらしている中で、帰るなつみの後姿を目で追った。
「あっ、デートの話なんて、少しも出なかったな…」
肩を落とし、残りの仕事を片付けた。
23時。章吾は仕事をあがった。外を見ると、まだ雨は降っている。休憩室に戻り、着替えてストーブで温まっていると、携帯電話がなった。
なつみからだ。
「もしもし」
嬉しい気持ちを抑えつつ、電話に出た。
「もしもし、日高君? エヘヘっ、そろそろあがりだと思って掛けちゃった。本当ありがとう。おかげで大事なレポート濡らさずに帰れたよ」
「そいつは良かったな」
「うん、でさ、お礼って言うのもアレだけど、15日、バイト休みでしょ。何か予定ある?」
「…いや、特には」
本当は買い物に行く予定だったのだが、もしやと言う考えが頭をよぎり、とっさにそう答えた。
「ホント!? じゃあ、良かったら一緒にご飯でも食べに行かない? 前から行きたかったお店があるの」
「…あぁ、いいよ」
心の中でガッツポーズを決めながら、平静を装い答えた。
「じゃあ、15日、12時にバイト先のお店で待ち合わせでいいかな」
「分かった」
「じゃあそれで、よろしくね!」
なつみは電話を切った。章吾は大声で叫びたいのをこらえて、1人喜びを噛み締めた。
「運命ノート、…本物だ」
章吾はノートを本物だと確信し、雨が降る夜の街を、濡れながら帰っていった。