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結婚詐欺師に騙されたふりをして教会送りになった私が、教会で結婚詐欺師と再会する話

作者: チェレステ

 乙女ゲーの主人公に転生した私が真っ先にしようと思ったのは、貴族の生活からの脱却だ。

 貴族の生活は見かけこそ華やかだけど、表裏では嫉妬・陰謀が渦巻いている。実際、私も色々な人に、色々な嫌がらせを受けた。四六時中そういった駆け引きばかり考えなければいけないから、頭がおかしくなりそうだった。

 なので、多少なりとも覚えている原作知識を利用して、あえて家から追放されることに決めた。追放されるのは余程のことだけど、良い方法を知っている。

 この乙女ゲーには序盤、主人公を騙そうとする結婚詐欺師が登場する。そいつと婚約を結び、結婚資金を持ち逃げされたら、騙された罰として教会へ追放される。そしてゲームオーバーだ。

 それでも、最後には一生慎ましく暮らしたというシステムメッセージが表示されるので、教会での生活は決して悪い環境ではないと思う。少なくとも、貴族の生活よりはマシなはずだ。

 ということで、結婚が視野に入る年齢に差し掛かってから、王都中の服屋を毎日見て回っている。何故か知らないけれど、結婚詐欺師は決まって服屋で遭遇するのだ。


「こんにちは、どんなお洋服をお探しなんですか?」


 三軒目の店で、金髪の男が話しかけてきた。

 運が良いのか悪いのか、ついに会えた。こいつが結婚詐欺師のレオ・ローレンスだ。

 衣装もそうだが、立ち振る舞いは貴族そのものだ。完璧に貴族を演じきっている。最初から全て知っていなければ、結婚詐欺師とは見抜けないだろう。


「青いドレスを探しているんです。気に入ったデザインが中々見つからなくて……」

「そうでしたか…… よろしければ、私にもドレスを探す手伝いをさせていただけませんか? お一人では何かと大変でしょう」

「あの…… 失礼ですが、貴方は?」

「申し遅れました。私はレオ・ローレンスと申します」


 レオはつらつらと自己紹介を始める。地方の領土を治める貴族の跡取りで、今は王都に観光に来ているそうだ。

 ゲームと全く同じことを言っているので、彼が結婚詐欺師である確信がより深まる。


「私はメアリ・ウェール。私で良ければ、どうかご一緒してください」

「ええ、是非とも」


 私は騙されるフリをして、レオと一緒に店内を見て回った。会話の中、楽しそうな笑顔を貼り付けるのも忘れない。

 時々、私の顔色を窺うような視線を感じた。私が騙せる相手かどうか、見極めているのだろう。


「こんなに楽しい会話をできたのは久しぶりです。メアリさん、よろしければまたお会いしませんか?」


 来た。ここが分岐点だ。

 断れば、レオは二度と姿を現さない。他のターゲットを探しに行くのだろう。

 逆に頷けば、レオは本腰を入れて私を騙そうとしてくる。

 当然、私の返答は決まっている。


「はい、喜んで」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 次に会う約束をして、私は屋敷に帰った。

 レオは多分、私のことを絶好のカモだと思っているはずだ。逆に私に利用されているとは、夢にも思わないだろう。

 それに私は、やられっぱなしで終わるつもりはない。必ずレオの正体を掴んで、結婚資金を持ち逃げした後に捕まえてやるのだ。

 







 レオとレストランで食事をした、その帰り道。

 何が美味しかったとか、そんな他愛のない話をしながら並んで歩く。

 月日は流れ、私とレオは付き合っていると言っていい関係まで進んだ。レオに婚約の話を持ち掛けられるのも、時間の問題だろう。


「レオさん、サラダだけで本当に足りたんですか?」

「ええ、元から少食なので……」


 レオは少食と言っているけれど、単に食事代を浮かせただけだろう。メニューを見た後の短い硬直を、私は見逃さなかった。

 私たちが食事をしたのは貴族御用達の高級レストランなので、結婚詐欺なんて不安定な方法で稼いでいるレオには大打撃だろう。

 それでも好感度を稼ぐためか、その場の会計は全てレオが支払った。人を騙すのも大変だ。


「……メアリさん、実はプレゼントがあるんです。メアリさんに似合うと思って、つい勝手に買ってしまって。受け取ってくれませんか?」


 帰る間際、レオから青いドレスを渡された。

 ゲームにも、レオから服を渡されるイベントは存在する。このイベント以外で同じ服をゲットするのは不可能で、どの店にも売っていない。そのことから、レオのオーダーメイドではないかと考察されている。

 アイテムの説明欄には、主人公の趣味にピッタリの服と表示される。今渡された服は、ゲームと同じ服ではない。私の趣味に合った服だ。

 レオと遭遇するために、王都中の服屋を隈なく渡り歩いた。それに比例して、目にする服の数も多くなった。そんな私でも、ここまで私の趣味に合うドレスは初めて見る。


「……ありがとう、大切にします」


 レオ・ローレンスは結婚詐欺師だ。そんな男から贈り物をされても、喜ぶことはないと思っていたのに。

 次に会う日は、そのドレスを着た。

 レオは私の姿を一目見ると、嬉しそうに頬を緩めた。


「思ったとおりだ…… よく似合ってます」

「──」


 わからなくなった。レオは本当に、私を騙そうとしているのだろうか。金のために人を騙す、悪人なのだろうか。レオが姿を消す日まで、そんな疑問を抱き続けた。

 結局私は、レオの正体を何一つ知れなかった。

 だけど、それでいい。目的を果たしたら、レオのことはもう忘れよう。









 畑の土をひたすら掘り返し、野菜の苗を植える。顔や手が土で汚れ、朝からずっと屈んでいるせいで腰が痛い。

 貴族の暮らしが、随分と昔に感じる。それでも、戻りたいとは思わないけれど。

 レオに結婚資金を持ち逃げさせ、教会に追放されることに成功した。今の私はウェール家のお嬢様ではなく、ロレーヌ教会のシスターとして生きている。


「シスター・メアリ、作業は順調かしら?」

「マザー・エルディン」


 畑の様子を見に来た女性の名前は、マザー・エルディン。私以外に唯一いる、ロレーヌ教会のシスターだ。

 私のような訳ありではなく、自分から志し、長い間ロレーヌ教会に仕えている。


「そうね…… やっと半分まで終わったとこかしら」

「そんなに残ってるなら、私も手伝いましょうか」

「無茶しちゃダメよ。今日中には終わらせるから、教会に戻ってて」

「偶には体を動かさないと鈍っちゃうわ。お願いだから、何か手伝わせて」


 マザーにこうも頼み込まれると、断ろうとしていた気持ちが揺らぐ。

 正直な所、人手を借りたいと思っていた。それに、会話もしないで単純作業ばかりしてると、流石に飽きてくる。


「それじゃあ、ちょっと手伝ってもらおうかしら」

「ええ、任せなさい」


 私が土を掘り、マザーは野菜の苗を植える。

 二人がかりの作業で効率が格段に良くなり、会話をする余裕が生まれた。


「それにしても、早いものね。あなたがここに来て、もう半年かしら。最初は貴族のお嬢様がここの生活に馴染めるか心配だったけど、要らない心配だったわね」

「貴族の暮らしは、私の身の丈に合わなかったのよ。多少裕福でなくても、静かに暮らす方が私には合っているわ」

「メアリって、良い意味で貴族っぽくないわよね」

「ええ、そうよ。貴族の暮らしはとっても窮屈だったわ」


 今でこそ元気な姿を見せているけど、マザーはかつて重い病気を患っていた。

 薬で完治したそうだが、それはつい最近のこと。病み上がりのマザーに無理をさせたくないから、畑仕事の手伝いを断ろうとしたのだ。

 できるだけ体の負担がかからないよう、苗を植える役を頼んだけれど、それでも不安は残る。


「マザー、体調は本当に大丈夫なの?」

「もう、みんなそうやって私のことを病人扱いするんだから。レオンが買ってくれた薬で、今はすっかり元気よ」


 ロレーヌ教会は孤児院も兼ねている。マザーの愛情と教育が行き届いていて、どの子も素直な良い子ばかりだ。

 レオンさんは孤児院で育ち、今は王都へ出稼ぎに行っている。

 私はレオンさんに直接会ったことはないけど、マザーや子供たちから話を聞いていた。みんなに慕われていて、お兄ちゃんのような存在らしい。

 そもそも、レオンさんが出稼ぎに行った理由は、マザーの病気を治す薬を買うためだ。

 その薬は、ロレーヌ教会だけでは到底買えない高価な代物だった。それこそ、私が騙し取られた金額と同じくらいだろうか。

 普通に働くだけでは、絶対に稼げない額だ。レオンさんがどれだけ必死に働いたのか、想像もつかない。心の底から尊敬する。


「そうそう! あの子からね、手紙が来たの。もう少ししたら、ロレーヌ教会に帰れるかもしれないって」

「本当? レオンさんには、マザーを助けてくれたお礼を言いたかったの。会えるのが楽しみだわ」


 このときの私には、知る由もなかった。

 レオンさんと出会うことが、何を意味するのかを。







 最近、子供たちが妙にソワソワしている。

 理由については簡単に察しがつく。レオンさんが帰ってくるのを、心待ちにしているのだ。

 私が外から帰ったとき、子供たちは慌ただしい足音を立てながら玄関で出迎える。その後、露骨にガッカリした表情を浮かべられるのがワンセットだ。マザーが交じっていたのは苦笑いするしかなかった。

 そんな調子で待ち続けるのも疲れたのか、今ではすっかり普段通りの生活に戻った。

 ただ、待ち人は忘れた頃にやって来るものだ。

 この日は、吸い込まれるような青空だった。

 青空の下で干していた子供たちの服を、脇に抱えているカゴに入れる。ふんわりと、優しいお日様の匂いが漂う。


「ずっと不思議に思っていたんだけど、こんなに良い服をどこで買ってるの?」


 隣で新しい洗濯物を干すマザーに聞いてみる。

 ロレーヌ教会にあまりお金はない。なので、基本的に節約して生活している。それなのに、子供たちが着ている服だけは妙に質が良い。

 手に取るだけでも、しっかりとした作りなのがわかる。服を広げてまじまじと見ていると、マザーは誇らしそうに笑った。


「これはね、全部レオンの手作りなのよ。あの子は昔から手先が器用でね、特に裁縫が得意だったの。よく子供たちに可愛い服を作ってくれたわ」

「そうなの!? 意外な一面ね……」


 今手に持っている服を、まじまじと観察する。

 どこからどう見ても、ショーウィンドウに展示されている服にしか見えない。


「裁縫の腕を活かして、仕立て屋で働いているみたいなんだけど…… 元気にしているかしら」

「私、どこかで会ってるかもしれないわ。王都中の服屋を歩き回っていたし」

「もしそうだったら、運命を感じるわね。あの子の特徴は…… そうね、綺麗な金髪かしら。それと、顔が良いって村でも評判だったのよ。心当たりはあるかしら?」

「う〜ん、どうだったかしら……」


 そんな人がいたか思い返していると、外で遊んでいる子供たちの声が耳に届いた。


「何かあったのかしら。ちょっと様子を見てくるわ」

「ええ、お願い。私は残りの洗濯物を干してるわ」


 カゴを小脇に抱え、子供たちの様子を見に行く。悲鳴って感じではなさそうだから、危ないことにはなっていないと思うけれど。


「あれ? もしかして君、新しいシスターさ──」


 子供たちに囲まれている「彼」を視界に捉えた瞬間、洗濯物を入れていたカゴが地面に落ちる。

 洗ったばかりの服が土で汚れたけど、今の私はそんなことを気にする余裕はなかった。

 それは「彼」も同じだった。信じられないという顔で、私を見ている。

 神様がいるとしたら、とんでもなく性格が悪いに違いない。仮にも神様に仕える身だけど、そう思わずにはいられなかった。


「えっ、は……? なんっ…… で、ここに……!?」

「レオ……」


 私を騙した結婚詐欺師、レオ・ローレンスがそこにいた。









 当時の俺には、金が必要だった。それも迅速に。

 赤ん坊の頃に捨てられ、孤児院で育った俺にとって、マザーは母親のような存在だ。本当の親を覚えていなくても、寂しいと思ったことはない。

 ある日、マザーが病気に罹った。

 薬があれば治る病気だけど、ロレーヌ教会の蓄えだけではとても買えない額だった。

 それなら俺が、孤児院を出て薬を買えばいい。働ける年齢なのは俺だけだ。裁縫の腕を買われて、王都の仕立て屋に住み込みで働けることになった。マザーに育ててもらった恩を、今こそ返すつもりでいた。

 だけど、現実はそんなに甘くなかった。

 毎日必死で働いても、薬を買える額には全然届かない。普通の手段では無理だと思い知らされる。マザーの病気は日に日に悪化していく。このままでは薬を買う前に、マザーが死んでしまう。

 いっそ薬を盗んでしまおうかと思ったけれど、厳重に保管されているので無理だ。仮に盗めたとしても、きっとすぐに捕まってしまうだろう。

 短時間で大金を得るには、どうすればいいのか。考えて、考え抜いて、ある手段に行き着いた。

 結婚詐欺で、金持ちから金を騙し取るしかない。

 仕事で一度だけ、寸法合わせでタキシードを着たことがある。会う人会う人が、俺のことを貴族と勘違いしていた。

 衣装は自分で作った。礼儀作法は死ぬ気で勉強した。レオ・ローレンス(貴族の男)を演じるために必要なことは、思いつく限り全部やった。

 鉛のように重い足で彷徨い歩いた先で、メアリさんと出会った。

 メアリさんは優しい女性だった。俺が徹夜して作った服も、彼女は喜んで着てくれた。罪悪感で吐きそうになるのを堪えながら、俺は彼女を騙し続けた。

 薬は買えたが、喜べるはずもなかった。堕ちるところまで堕ちてしまった虚しさがあるだけだった。真っ当に稼いだ金で薬を買えたら、胸を張れていたのだろうか。

 ロレーヌ教会に薬を届けた後は、ほとぼりが冷めるまで各地に逃げ回った。結局俺は、死ぬのが怖かったのだ。今も憲兵が俺を探しているんじゃないかと思うと、生きた心地がしなかった。

 それでも心の片隅では、犯した罪を償おうとせず、無様に逃げ回る自分に嫌気が差していた。そしてその想いは、日に日に大きくなっていく。

 心はいつまでも宙ぶらりんで、マザーに会えば踏ん切りがつくんじゃないかと思った。だから俺は、ロレーヌ教会に足を運んだ。

 マザーの病気が発覚したとき、俺はこの世界に神はいないと思った。誰よりも優しくて、信心深いマザーが苦しむことに納得できなかった。神が救ってくれないのなら、俺が救うしかないと決意した。

 だけど今は、神の存在をこれでもかと思い知らされている。

 マザーから教わっていたはずだ。神様はずっと見ている。悪いことをすれば、いつか必ず自分に返ってくると。


「申し訳ありませんでした!!」


 教会の空き部屋で、俺はメアリさんに土下座した。

 再会した瞬間に、みんなの前で糾弾されることも覚悟した。しかし、そうはならなかった。メアリさんは俺と初対面ということにしてくれた。

 俺が今、どんな想いでいるのか聞き出したいのかもしれない。


「レオは俺です。メアリさんを騙したのは、俺なんです……! 本当に申し訳ありません!」


 言い訳するつもりはない。赦しを乞うつもりもない。俺が裁かれるべき人間であることは、俺自身が誰よりも自覚している。


「どんな罰でも受けます、どんな償いもします! ですがどうか、どうかこれだけは信じてください! ロレーヌ教会の人たちは、何も関係ないんです! 裁くのは俺だけにしてください!」


 俺はどれだけ残酷に処刑されてもいい。死ねと言われたら、今すぐ死のう。

 ただ、俺が勝手にしたことに巻き込まれて、ロレーヌ教会のみんなまで罰を受けることは、絶対にあってはならない。

 散々騙して、メアリさんの人生をめちゃくちゃにした。それでも信じてもらおうだなんて、虫がいい話なのはわかっている。

 信じてもらわなければならない。たとえ、この命を引き換えにしても。


「顔を上げてください」


 メアリさんに言われるまま、恐る恐る顔を上げる。メアリさんはきっと、憎しみの篭った目で俺を見下ろしているはずだ。

 次の瞬間、俺は目を疑った。メアリさんは床に膝を着き、俺に微笑みかけていたのだ。その姿は、神に祈りを捧げるマザーと重なって見えた。


「私が騙し取られたお金が、マザーの薬とほぼ同額なのは単なる偶然と思っていました。レオンさんがロレーヌ教会に現れるまでは。マザーを助けるために、あんなことをしたんですね?」


 俺は黙って頷いた。

 メアリさんから騙し取った金は、誓って薬を買うこと以外に使っていない。

 それが俺の、せめてものけじめだった。


「ずっと、お礼を言いたかったんです。マザーを助けてくれてありがとう。よく頑張りましたね」


 メアリさんは、震える俺の手を握った。

 誰かに褒められたかったわけじゃない。マザーの病気を治せるなら、世界中から忌み嫌われる覚悟でいた…… いたはずだった。

 震えは、止まっていた。

 ロレーヌ教会のみんなに危険が及びかけて、やっと死ぬ覚悟ができるような俺だけど。今なら、そうじゃなくても振り下ろされる断罪の刃を受け入れることができる。

 

「レオンさん、どうか自首しようだなんて考えないでくださいね」


 まるで、俺の心を見透かした言葉だった。

 ロレーヌ教会は、王都から遠く離れている。ここにいれば、見つかることはほぼないだろう。

 だけどそれは、何の罰も受けないまま、のうのうと生きることを意味する。これまで考えなかったわけじゃないけど、今の俺ならそれは間違いだと言える。


「自首したら、レオンさんは間違いなく処刑されます。マザーを救ってくれたあなたが死ぬのを、私は見たくないです」

「でも、それだと…… 俺は、なんの罰も受けずに生きることになります! そんなの、赦されるはずが──」

「あなたはもう、十分に罰を受けました。神の名の下に…… いえ、たとえ神があなたを赦さなくても、私があなたを赦します」


 視界が涙で滲む。泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、咄嗟に下を向いてしまう。ぽつぽつと、涙が床に落ちる。

 俺は一生、この日のことを忘れない。

 神に誓おう。メアリさんのために、俺は残りの人生を使うことを。

 メアリさんの柔らかい手の温もりを感じながら、俺は声を押し殺して泣いた。








 びっくりした。二度ある人生の中で、一番にびっくりした。結婚詐欺師レオ・ローレンスの正体が、レオンさんだなんて思いもしなかった。

 レオンさんは、私を騙していたことをすごく気に病んでいた。私は騙されたフリをしていたんだけど、正直に理由を話しても混乱するだけなので、シスターっぽく赦してみた。

 我ながら良い雰囲気を出せた。レオンさんも泣いて喜んでいたし、一件落着だ。

 それにしても、騙されたのが私で良かった。もし…… もしレオンさんが処刑されて、マザーも病気で死んでしまったら、あまりにも救われない。

 結果的に、最悪の未来を回避できたのは良いことなんだけど──


「メアリさん、洗濯なら俺がやります!」

「買い出しなら俺が!!」

「掃除なら俺が!!」


 こんな感じで、レオンさんは毎日私の仕事を手伝うというか、掻っ攫っている。

 今日は、私の代わりに教会の掃除をしてもらっている。罪滅ぼしのつもりなんだろうけど、ここまでしてもらうのは逆に申し訳ない。


「私を騙していたことに負い目を感じて、手伝わなくていいんですよ? 前にも言いましたけど、私は全然気にしてないですから」

「メアリさんこそお気になさらず。俺がしたいからしているんで!」

「……じゃ、じゃあお願いします」


 満面の笑みでそう言われたら、断れない。

 手持ち無沙汰になった私は、その場に立ち尽くす。

 いつのまにか子供たちが私の隣に来て、レオンさんを生暖かい目で眺めていた。


「ねえねえねえ、メアリお姉ちゃん。レオン兄に一目惚れされたんじゃないの〜? 毎日毎日、仕事手伝ってもらってるじゃん!」

「露骨だからって引かないであげてね? レオン兄も色々大変で、まだ恋愛のれの字も知らないだろうから」

「初恋…… かしらねえ。私も青春時代を思い出すわ」

「言いたい放題ね、あなたたち」


 レオンさんが結婚詐欺をしていたことは、ロレーヌ教会のみんなには秘密にしている。

 薬を買うためとはいえ、レオンさんがそんなことをしていたと知ったら、ショックを受けるに決まっている。病は気からと言うし、マザーの病気が再発しないとも限らない。

 

「ほらほら、からかってないでレオンさんのお手伝いでもしなさい。私もこっそり手伝うから」

「「「はーい」」」


 マザーと子供たちはどこか嬉しそうに、レオンさんを手伝いに行った。

 この先の未来が、どうなるのかわからない。

 私が赦しても、レオンさんの罪は消えない。万が一憲兵に見つかれば、処刑台に連行されるだろう。

 もしそうなったら、私は全力でレオンさんを庇うつもりでいる。レオンさんは善い人だ。死なせたくないのは、紛うことなき私の本心だ。

 だけど私は、未来をそんなに悲観していない。

 エンディングの最後の一文を思い出す。ロレーヌ教会で一生慎ましく暮らせるのなら、レオンさんが処刑されたりしないはずだ。

 このまま私の人生が、ゲームのシナリオどおりに進む保証はない。神様の機嫌を損ねないように、これからも誠心誠意祈りを捧げよう。

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[一言] ひぇええこのお話好きィ!
[良い点] 読ませていただきました、面白かったです!
[気になる点] タイトル間違えてない?
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